第五話 新たな時代の守護天使
息が詰まる。
書記官のロルフ・エクスナ―は腰を抜かして、震えながら儀式の様を見守っていた。
祈り、聖水、肉を焼く聖印の刻印――。
浄化の槍が掲げられ、心臓をえぐり、黒い流血が神聖なる器に溜まっていく。
そして、現れる。
――守護天使、イゼル・ア・ムーナ。
光の魔素と言われる、神の領域。
青白い光をまとった面長の女天使は、黄色く輝く聖体に薄絹の衣をまとって降臨した。
天使の手にアレクシス・フォーンが『浄化の槍』を両手で掲げる。
ロルフの視界に刻まれた『正常ではあるが、異常で、超常的な光景』だ。
神殿書庫で禁書として扱われていた『降臨の儀』に関する記述のとおり。
だからこそ、ロルフの網膜には記憶として焼き付いていた。
焼き付いていたのに――。
「ハァハァ……。これが、チカラか。光を得た、神のチカラか」
祭壇で贄として開胸し、激しい流血を起こしていたライベンはゆっくりと身を起こす。
衝撃波で身体が損壊してしまった数名の神官の遺体が転がり、アレクシス・フォーンは「ああああ、ああああああ!!!」と悲鳴のような驚嘆をあげながら「いけない、ああ、いけない!」と喚いている。
祭壇に光が反射して、妖しく白銀と黄金が輝く。しとやかさが美徳とされる装飾が、悪趣味な色に。
断片的な記憶。
雷雨の明滅に刻まれた断章のカケラ。
降臨する守護天使がライベンの腕によって引きずり込まれ、その胸と首に突き立てられた鋭い刃物の輝き。
「びゃああっううっ……!!!」
耳の奥を引っ掻きまわすような、怪物の悲鳴が……天使の声だと理解したとき、すでにあたりは黄金の流血に濡れ、次第に赤黒い体液となってしみこんでいく。
赤いじゅうたんに横たわる守護天使は、黒々しい血のなかで痙攣していた。
腰から伸びるふたつの翼が、ひくひくと……瀕死の鳥のように震えていた。
浄化の槍を手にしたライベンは、裂けた胸に手を押し当てて意識を集中させた。
肉が盛り上がりながら、その傷が一挙に塞がる。
「まさか……」
思わずロルフは呻く。
あんな奇跡は見たことも、聞いたことも、読んだこともない。
ライベンが赤いじゅうたんを踏みしめながら、瀕死の守護天使へと近づく。
そうして振り上げられた浄化の槍が、無遠慮にイゼル・ア・ムーナの脳天を叩き割った。
飛び散る肉片と頭蓋の破片――。
薄暗い色にくすんだ光輪が、ライベンによって踏み壊された。
砕けた頭部に手を伸ばしたライベンは、その内容物を手にとって口に運んだ。
まるで夏野菜を貪る山の獣のように、彼は名実ともに『天使』とも『神』ともなるべく貪った。イゼル・ア・ムーナを――。
ロルフはがくがくと震えながら失禁する。
「こ、こんなことが……!!!」
歪な翼がライベンの首元から生えてくる。右翼と思われる骨格の翼は、成長不良の成虫のようにくるまった形でライベンの首を覆いつくした。まるで襟巻のように首元を覆った翼は、天族の証に他ならない。
ライベンは「くふっ、くふふふっ、くふふっふっふっ……!!!」と口元を赤く汚しながら笑い出した。
「ああ、最高だ。最高だぜ。これが、イゼル・ア・ムーナってか。これが守護天使のチカラか。ああ、最高だ。本当に最高だ」
浄化の槍を天に掲げて、青空が放つ光の祝福を全身に受けたライベンは。
「なーんでも、出来そうな気がするなァ。この王国を、俺様の王国に……作り変えてやるぜ」
そこまで言ってから、黄色と青色が明滅する一対の目でロルフを見据えた。
殺される。
そう思った矢先に、ライベンは言った。
「王族と貴族を集めろ。おまえは見届け人だ、ロルフ。楽しい見世物をやろうじゃねえか」
ふはっ、ふはははははっ……!!!
ライベンの高笑いに震えながら、ロルフはよろよろと立ち上がった。
どうしていいのかわからない。
ただ「おやめください、ああ、おやめください。なんという事だ。こんな愚か――」と神に祈るように額の前で手を握り合わせるアレクシス・フォーンの首が、すぱんっと宙に舞った瞬間――もうロルフは選択肢を持ち合わせていないことを理解した。
この世界は変わった。
守護天使・イゼル・ア・ムーナの時代は終わり、新たなる光の時代が到来しようとしていた。
とてつもない痛みと流血を経て、新時代の扉が開くのだ。
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