第六話 神殺しの素質


 不思議な集落だった。

 女の子との出会いが少ないから、生贄の娘を助けては育て始めた――。

 黒角のガルスはそう話したが……いささか甘やかしすぎたのではないだろうか。明らかに女性の立場が強く、生贄の女の子は神の子のように大切な扱いを受けている。


「子どもを産むのは女だ。男は一度にたくさんの女に子どもを宿すことができるけど、女はいちど子どもを宿したら……産むまでは、もう子どもを宿せない。だから、男より大切なんだ」


 歓迎メシの野菜を小気味よいリズムで切っていたガルスは「まあ、そういう感じだ」とヴァルターの質問に答えたのが、ちょっと印象的だった。

 帰るべき村も、信じていた両親もなくなってしまった幼い女の子であるから、まわりが優しくしてあげるのは当然なのだろうけれども――ルグナの強いリーダーシップを目の当たりにするたびに、ガルスはどうしてルグナと結婚したのだろうかと不思議に思う。

 女性たちが強い口調で男性たちを使いながら、円滑な生活が築かれている。

 男性たちは粗野な山賊として名の知れた黒角のガルスの一族であるにもかかわらず、彼らは妻たちに支配されている。

 イゼル・ア・ムーナの信仰もなければ、貧富の格差もない。

 それなのに、極めて円滑に生活のあれこれが行われているように見えた。

 リリスに「ちょいちょい、迷える少年よ。こっちこっち」と呼ばれたのは、生真面目なセレナが女たちに混じって夕食の支度にとりかかった時だった。


「未来のあたしの旦那よ。そろそろ大切な本題を相談しようじゃないのォ」


 集落を囲う木柵の外に連れ出されたヴァルターは、リリスの言葉に「あのさ」と前置いてから、真っ向から反論した。


「リリスには感謝してるけど……、その未来の旦那とか、そういうの、よくわからない。そもそも僕はキミに会った事もないし、好かれる理由もわからない。もちろん、僕はキミの事をすごい人だとは思うけど……恋心があるかっていうと、ちょっと違っ――いてっ!」


 ヴァルターが反論するとリリスが足元に落ちていた小石を投げてきた。

 額に当たった小石がぽとりと足元に落ちたのを認めて、ヴァルターはリリスへ鋭く視線を向けた。


「あんた、本当に自分自身が何者かわかってないの?」


 これまでのリリスとは別人のような口ぶりで彼女は問いかけてきた。

 真剣さと言うよりは、凄みの効いた詰問に近い口調だった。


「えっ、ぼ、僕は……ただの落ちこぼれで、王国騎士になれなかった怖がりで、ただ現実から逃げ出したくって、セレナにいつも迷惑ばっかりかけてて――」

「違う、ばかたれ」


 リリスは断言するように強く言いきって、ヴァルターの片手を強引に掴んだ。

 少女の柔らかい両手に左手を取られて驚いたが、それ以上にリリスが「いくよ?」と挑むように訴えかけた瞬間――強烈な雷撃のような青白い迸りが周囲の雑木林や湿った地面に迸った。

 バチバチッという強烈な音でありながら、ググググ、という呻きのような地鳴りまで聞こえた。

 パッとリリスが手を離すとそれらの『異常』はおさまった。


「な、なに……、なにしたの!」

「あんたのチカラがちゃんと残ってることを証明しただけ」

「わかんない、わかんないよ! 僕にチカラがある? ウソだ! そんなわけないじゃないか! だって、僕は落ちこぼれだったし、ずっとずっと授業や試験じゃ最下位だったんだよ!」


 するとリリスとは周囲の地面に視線を這わせてから、こぶし大の石の前にしゃがみこんだ。

 さきほどの小石よりも大きな石である。あれを投げつけられたら、きっとケガをする……とヴァルターは身構えたが、リリスは「この石で、やってみ」と切り出した。


「や、やるって……?」

「魔素流動の試験よ。エレメント・フロー・チェックってやつ。あんたらは『属性判断テスト』とかって言うんだっけ? 学校でやったでしょ?」


 ごくりとヴァルターは生唾を飲み込んだ。

 属性判断テストは課題で何度もやった。

 石に手のひらを添えて、ぐっと魔力を込める。それをやれと言うのだ。

 ヴァルターは緊張しながら「なにも起こらないよ。魔法なんて使えないんだから」と予防線を張ったが。


「つべこべ言わずに、この石でやんな」


 強引に言われて、しぶしぶ石に対してしゃがみこんだ。

 ぐっと手を広げ、魔力を込める。

 それをリリスはじっと見つめるが……石にはなんの変化も起きなかった。


「くはァ……やっぱり、ダメだァ。いくら魔力を注いでも、魔導石になんの変化も起きないんだ。僕には才能がないから――」

「あほたれ」


 リリスはそう言ってから、石をつま先で蹴って軽く掘り返し、それを手で持ち上げた。

 ちょうど地面に埋もれていた部分を上にして。


「見てみ。地面に埋もれていた部分に、顕著な反応が起きてる。どんなふうになってる?」

「えっ、あっ……なんか、ぼろぼろになってる。虫に食われたっていうか、スカスカっていうか……」

「これが、あんたの属性判定よ。イゼル・ア・ムーナの馬鹿どもは、表面しか見ないから大切な部分を見落としてたわけ」

「ちょちょちょ、待ってよ! こんな石の変化は教本にもなかった! これはなんなのさ!」


 この問いかけにリリスは持っていた石を地面に落とした。

 ヴァルターの魔力によって変質したカスカスの石は地面に落ちるなり、ぼろろと崩れて。


「イゼル・ア・ムーナを討つ者の素質――神殺しの、チカラ」

「か、神殺し……?」

「あんたが自在に自分の力を使えないのも無理ないよ。教わってないから。あんたはほかの連中とは違う。『逆の』性質を持ってる」


 そこまでリリスは言って、腰に両手を添えて胸を張った。おっぱいが、やっぱりでかい。


「ま、あたしに任しときな。このリリス様があんたのチカラを百五十パーセント、いいんや、三百パーセントまで引き出してあげる! まず、そのためには結婚ね! 旦那になることが、第一の条件――って、おい、聞いてるか?」

「えっ、あっ、うん、聞いてる」


 自分の両手をそわそわとヴァルターは見つめては、ぐっぐっと力を込めるが、いつもとなんら変わらない。


「でも、ぐおーとか、ぎゅうううんとか、ぜんぜん起きないけど」

「――ったくさ。そう言うんじゃないんだって。ヴァルターはね、負の属性を統べる『闇』の魔属性を持っているの。学校でやったっしょー? 属性表を暗記しなさい、みたいなやァつ。まァもっとも……正の属性しか世界に存在しないと定義するイゼル・ア・ムーナの世界観では、負の属性は教えられないか。ヴァルターのチカラは禁忌の扱いだもんね。もちろん、わたしのチカラも」


 そう言ってリリスは別の石にぐっと魔力を込める。

 彼女もエレメント・フロー・チェックで石に目立った変化が起きない。またつま先で石を軽く掘り返すと……地中に埋まっていた石の部分が大きく膨張していた。


「イゼル・ア・ムーナの正の属性は『光』を筆頭に『火・水・風』の三種。一方で、あたしらの負の属性はあんたの『闇』をアタマに『地・雷・氷』の三種――。んで、あたしは『地』の素質を持ってるわけ」


 言われてみれば、ライベンはエレメント・フロー・チェックで派手に石が焼けた。あれは火属性の反応だ。セレナは石のなかから湧水があった。これは水属性の典型的な反応――。


「じゃ、じゃあ……僕にも魔法の力があるの?」

「あるに決まってるじゃない! それも普通の人間が獲得できない『闇属性』の素質がちゃんとある。幼いころに魔法が得意だった時期とかないの?」

「あ、あった気がする……」

「たぶん、あんたの属性が『闇属性』だと知って、イゼル・ア・ム―ナの神官どもが、必死にあんたのチカラに栓をしたのよ。封印みたいな呪文ね。さっき、あんたの手を握ったらそんな感じしたから、封を剝がしてやればきれいに魔法を打てるようになるよ」

「まっ、まっ待って! 待ってよ! じゃあ、僕は意図的に魔法を封じられていたって言うの? その状態で、僕は魔法の授業やら試験を受けていたってコト――!?」

「あたしから見た限りじゃ、そうね。だから、急いで魔力を制御する方法を会得して、来るべき戦いに備える必要がある。少なくとも、いまは追われる身でしょ。騎士団の連中が、あんた達を追ってくることは明白なんだから、準備ぐらい整えておきなさい」


 ふふん、とリリスは鼻を鳴らして、にっこりと笑う。


「安心しなさーい! このわたし、リリス様が手取り足取り……優しく手ほどきしてあげるから! これはね、セレナにゃできないことなんだかんね!」


 そう言ってリリスが腕を広げて「ほら、わたしの胸に額を当てて」と促してきた。

 ヴァルターはゆっくりと両膝をついて、彼女の身長に視線を合わせ――。


「うぇっ……!? ちょっと待って、いま、なんて言ったの?」

「ほら、さっさとして。あんたの額に刻まれてる封魔の聖痕を消してあげるから」


 彼女はヴァルターの額に指を触れるが「ンあァ、やっぱ強烈なの刻まれてンなァ」と再び腕を広げた。


「ほら、さっさと顔をこっちに寄せて」

「で、で、でもっ、そのっ、胸にッ――!!!」

「魔力の根源は胸にあるって、学校で習ったでしょうが!」

「そそそ、そうだっけぇっ……むぐうっ!」


 ぎゅっとリリスに抱きしめられて、ヴァルターは鼻も口も塞がれた。

 あの大きな胸は想像以上に柔らかく、しっとりとしていて、汗とも柑橘系とも違うふんわりとした心地よい匂いがした。それは肌の匂いであり、ドレスの匂いであり、彼女が発する不思議な魔力の匂いだったのかもしれない。

 リリスの鼓動が眉間に響く。

 温かいリリスの魔力に包まれているようで、心地よかった。


「――んっ、ンンッ……ぐうううっ!!!」


 リリスの呻きに合わせてヴァルターもぐっと瞼を強く瞑った。

 その瞼を貫くように白い閃光が走ったかと思うと……ヴァルターの頭を押さえつけるリリスの拘束が解かれた。

 額に聖灰のような白い粉が浮いているのを指で確認する。


「守護天使紋で、ご丁寧に正の三属性で封じてやがった。こりゃあ、個人がどうこうしても魔力の出力はあがんないよね。どう、気分はよくなった?」

「わ、わかんないよ。まだ、さっきのいまだもの……」


 両頬にリリスのゆったりとした胸の膨らみがあり、少し視線をあげるとリリスの童顔が間近にあった。鼻と口の間にある産毛や吐息の匂いまでわかる距離だ。

 なんだか、リリスってかわいいな……。

 そう思ったときだった。


「あらあら、姿が見当たらないと思ったらこんなところで乳繰り合って――」


 ぺしぺしと山賊が愛用するこん棒のようなものを手にひきつった笑みを浮かべるセレナが立っていた。


「ひあっ!」


 思わずヴァルターはリリスから離れた。


「ままま、待ってセレナ! これにはワケがあるんだ。その、大切な儀式というか、僕を鍛え直してもらっていたというか――!!! つ、つ、強くなりたかったんだ! 本当のチカラが欲しくって、誰にもいじめられない力が――ねえ、そうだよね、リリスぅ!」

「んもぉー、ヴァルターってばぁ、むらむら~って来たからっておっぱいおっぱいするんだものぉ……十五夜の月まで、オアズケなんだぞぉ~~」


 腰をくねらせてリリスは煽り立てるような口調で言葉を吐いた。


「えっ、あっ、なんでっ……いあっ、あの、ちがっ、セレナッ、これは違っ――!!! あああああっっっ!!!」


 こん棒が背中を打ち、脛を打ち、肘を打つ。

 そのたびに、ヴァルターは悲鳴を上げた。

 額には無力化された封魔の紋章の名残があったが……どうやら、まだ魔力は戻ってきていないようだった。


「ヴァルターの、ばかああーっッッ!!!」


 セレナの怒声に合わせて、山賊のこん棒がヴァルターの尻を強打した。

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