第四話 紅の魔女
痩せた少女は古びた天蓋付きの輿に乗せられ、ゆらゆらと波間に漂う流木のように山道を登っていく。赤や青や緑や白の布が天蓋から靡いている。
髪の毛が解かれ、背中まで薄茶色の髪の毛が伸びている。
輿は山道の中腹で立ち止まった。
そこは崖の一部が剥き出しになっている岩地で、イゼル・ア・ムーナを象徴する木製の十字があちこちに掲げられていた。その掲げられた十字のしたには、天然の岩肌とは異なる鮮やかな茶色い岩肌が、ぽつりぽつりと横並びに続いていた。
茂みのなかで身を潜めてヴァルターとセレナは様子をうかがっていたが――。
「石灰封印の生贄だったのね」
「石灰封印――?」
「見て、あの子の額を。白いもので『浄化の印』を描いているでしょ。あれは灰と泥を混ぜたもので……いま、ザガートが手渡した鈴が見える? あれを持たせて棺に入れて――」
ごくり、とヴァルターはつばを飲み込んだ。
その先は解説されずとも理解ができた。
鈴を手渡され、木製の箱に押し込まれた。それにふたを閉めて、釘を打ち込んで固定する。
岩肌にぐっぽりと長方形の孔が見える。
生きた少女の入った棺を大人たちが取り囲み、歌と祈りを捧げながら崖地の横穴に押し込んでいく。そうして出入口を石灰で埋め、竹を突っ込んだ。
もの悲しい、しゃん……しゃん……という音が、崖のなかからわずかに聞こえる。
生贄の両親と思われる夫婦が、人垣の外で身を寄せ合っている。
母親が「いやっ、やっぱり嫌ッ――!!!」と儀式に割り込もうとしたとき、村人たちの容赦ない拳と「やめないか! イゼル・ア・ムーナへの祈りの時間だぞ!」という怒声が降り注いだ。
一方的な信仰の暴力に、生贄の母親は大きな声で泣き――諦めたように父親が彼女の身体を抱きしめた。仕方ないんだ、という具合に。
「なんだか、見ていられない!」
沈んだ声のセレナにヴァルターはむっつりと黙るしかなかった。
貧しい村でもイゼル・ア・ムーナの信仰を強く保つために、お手軽な生贄方法が古来から実践されている。バカげた愚行だ。
「とにかく、村の人たちがいなくなったら掘り返そう。今日のうちなら、石灰もそこまで硬くならないはずだ」
「でも、ふたりで……?」
「やるしかないよ! だって、あのままじゃ、本当にあの子が死んじゃうよ!」
ふたを固定された木箱のなかで女の子は震えているに違いない。
生きているのに棺に入れられ、おまけに崖の横穴に押し込まれて安置される。ずっとずっと暗い世界で、涙も光も風もない、暗黒の世界で果てていくのだ。
想像しただけでも、ぞっとした。
それを信仰の儀式として、平然とやってのける大人たちの心境にも……辟易する。
「ヴァルター。腹が立つのはわかるけど、ザガートさんたちが立ち去ってからにして。一時的だったけど『お世話になった』のは間違いないんだから」
セレナの言葉に「わかってる」と頷きつつも「でも、間違ってる。こんなの」と憤りはおさまらなかった。
ザガートを筆頭に村の大人たちが、祈りを捧げて山道をくだり始めた。
そこに残ったのは小さな鈴の音――。
両親は罪人のように腰縄で縛られ、立ち去っていく村人の群れにまぎれて消えていった。
ヴァルターは山道へ躍り出て、素手で祠となった岩肌にとりついた。
ばらばらと祈りとともに積まれた小石を取り除き、まだ緩く固まり切っていない石灰の泥をかきだしていく。
「わたしも手伝う!」
セレナと横並びでふたりは泥をかき出し、少女の入っている木箱に手が届いた。
それを引っ張り出そうと奮闘するが、うまく指がかからない。箱を孔に入れるときは簡単だが、孔から出すときが非常に面倒くさい。
「どいて!」
セレナは近くに落ちていた石を手に取り、木箱の側面を叩いた。
みしっ……と歪んだ木箱に幾度か打撃をくわえて、手の取っ掛かりを作る。ふたりは裂けた穴を頼りにずるずると木箱を祠の孔から引きずり出す。
少女の荒い息遣いと鈴の音が、小さな穴から鼓動のようにはっきりと聞こえた。
生きてるんだ、この子は!
ヴァルターの胸に熱いものがこみ上げてきたとき――山頂方向から複数の馬の足音が響いてきた。
蹄の地響きは次第に近づき、馬の嘶きとともに緊張が走った。
「おうおうおう……先客とァ、予想外だったぜえ」
巨大な黒い馬に乗った、これまたバカでかい大男――。
動物の毛皮を肩に羽織った大男は背負った大斧の重量をものともさせない身のこなしで、馬から降りた。
「先を越されちまったのなら仕方がねえ――。ただァ、その木箱はオレたちがいただく!」
頭にかぶった黒い兜――。
そこから伸びる闘牛のようなふたつのツノ――。
セレナがスッと立ち上がり、剣を抜いた。
「黒角のガルス! まさか、こんなところを根城にしていたなんて――」
彼女の一言にヴァルターもハッとなった。
騎士の座学で見た顔だ。
彼は王国が指名手配している賞金首で、集落を襲っては人を誘拐している黒角のガルスだ。人相書きが印象的だったためか、それとも特徴的なツノつきの黒い兜のせいか、ヴァルターも「まずい……」と生唾を飲み込んだ。
ぞろぞろと集まってきた山賊の数は八名ほど――。
「んあっ……? なんだ、おまえどこかで見たことあるな……。ああ、一レクス金貨の賞金首じゃねえか」
ガルスの発言にヴァルターは「賞金首って……僕らが?」と聞き返してしまった。
「なんだか、嫌な予感がする」
セレナがぽつりと漏らしたとき、ガルスは「おん、間違いねえよ」と腰から取り出した羊皮紙を改めた。
「そっくりだ。人相書きに」そう前置いて、ガルスは大いに笑って「王国騎士のセレナ・フェルゴと無頼のヴァルター・ノクス! 俺とおまえらは似た者同士らしいが、仲良く手を握ってスープを囲う気はねえ!」
「あんたと似た者同士になった覚えはない!」
セレナが威勢よく吠えると黒角のガルスは首を竦める。まるで巨大なカメが首をすっこめたように見えたが……巨大な体躯のせいで小さくなったようには見えなかった。
「――たくよぉ、王国騎士団から追われる身とは。それも一レクス金貨も吹っ掛けられるとァ……とんでもねえ悪党だな、おめえらは。こりゃあ、王国騎士に引き渡して、賞金をがっぽりもらって、世のため、人のために頑張るしかねえな」
背中にしていた巨大な斧を構えたガルスに続いて、まわりの山賊たちも武器を手に取った。
「誰が、あんたなんかに負けるものですか!」
セレナは怒鳴り返したが、すでに騎馬の一団が駆けてきた。
二騎が時間差で彼女に襲い掛かる。一騎を寸前のところで躱したセレナは、次の一騎の攻撃を剣で受け止める。剣戟の火花が散り、耳障りな金属の音が響いた。
草原の小動物を捕食する猛禽類のように、二騎の山賊は交互にセレナへ襲い掛かる。
それを的確に躱し、受け止め、剣をふるう。馬の尻に切っ先が走ったとき、黒角のガルスが叫んだ。
「ええいっ、向こうのガキもひっとらえろ! それと木箱は必ず回収しろ!」
ヴァルターは腰に手を添えるが、そこには戦闘用の剣というよりは伐採で使うナタがあるだけだった。それも錆びて、歯もひどくこぼれているものだ。
とにかく、それを手にしたヴァルターだったが……セレナのように流麗な動きで剣を躱したりは出来なかった。
「うわっ!」
馬に乗った山賊の一撃をナタで受けると簡単に剣身が折れた。
「しまった!」
一方で、セレナも「きゃああっ!」と悲鳴があがった。
横っ飛びのように弾き飛ばされたセレナは、ぐっと剣を握って立ち上がる。
彼女が相対しているのは、黒角のガルスだった。
ぶうんぶうんと大斧をふるって「王国騎士も、この程度か――」野太い声で言い、再びガルスは斧を振り上げ、降ろした。
受け止めようとセレナは剣を構えたが、無理だと思いなおして身を捩る。
大斧の一撃に捕らえられたのは、彼女の持っている剣であり――剣は無情にも叩き割られてしまった。
剣もろともに地面を穿った大斧は、火焔の気配を残しながら再び振り上げられた。
火焔魔法をはらんだ強烈な一撃――。
「悪く思うな。俺たちも生きるの懸命なんだ」
ガルスが斧を振り上げてセレナに狙いをつける。
ヴァルターは飛び掛かって来た山賊を当身で弾き飛ばして――。
「セレナッ! 動いてっ!」
懸命に叫んでいた……が、その大斧はセレナを捉えるように振り下ろされた。
ぎゅっと目を瞑るセレナの顔を大斧の影が覆った。
「ダメだあああっ!!! やめろおおおっッッ!!!」
――瞬間、足元がくんと上下に震えた。
轟音。
粉塵の渦。
耳を引き裂くような地響き――。
「うわあああっ」
「おおおおっ!」
「な、なんだっ――!?」
岩肌から落石が流れ落ち、山道だった地面がぐしょぐしょの泥道に、けれども一方で岩が隆起していた。
もうもうと立ち込める濃い土や砂の埃に「えほっ、げほっ」と咳き込んでいると……右足が地面のなかにずっぽりと沈んでいることに気づいた。
ヴァルターは「えっ……!?」と驚いた。
地面は硬いが、右足の足元だけがぐじゅぐじゅの沼のようになっていた。
膝下までぬかるんだ地面に埋もれた右足をやっとの思いで地上に出したとき――立ち込めていた砂ぼこりがゆっくりと落ち着き始めていた。
じゃり、じゃり、じゃり……と足音が響く。
土煙に咽る声のなかで、その足音はゆったりと響き――土煙のなかで異様な熱量を発していた。
赤黒い人影――。
未知の熱量と威圧感が、質量を含んで咳き込む山賊たちの間を歩いていた。
ヴァルターは赤黒い気配を発する人影に強烈な嫌悪のようなものを抱きながら、セレナの姿を探した。
地面に横たわるセレナを見つけ、慌てて彼女に駆け寄った。
「セレナッ、セレナッ!」
あの強烈な大斧の一撃を受けたのか――!?
彼女の額から頬、肩から腰から腕から足から……手で触れて、大きな傷や骨折の気配がない事を確かめていく……。
意識を失っているらしいセレナを強く抱きしめて。
「よかった……。よかった、セレナ」
ヴァルターは声を押し殺して涙を流した。
あの一撃を思い切り受けていたら、彼女は絶対に無事では済まなかった。
では、どうして――。
そんな疑問がよぎったとき、セレナの前に黒々とした岩の壁が立ちはだかっていることに気づいた。地面から垂直に隆起したらしい岩の壁は、ガルスの大斧を深く受け止めて佇んでいた。
その壁の向こうでガルスが「ぬああっ、ぬわあぁァッッ!!!」と情けない声を発していた。
壁を迂回すると――ガルスの巨体が地面にすっぽりと埋まっていた。それはヴァルターの右足が『沼』に落ちていたのと同様に、ガルスも沼にハマって動けなくなっていた。それも大きな沼で、彼は胸元までぐじゅぐじゅの地面に捕らえられていた。
馬たちはズタズタな地面に驚いて動き回ることができず、山賊たちもうめき声をあげながら局所的な天変地異に当惑していた。
「はいはい、そこまでそこまーで!」
串に刺したトカゲをかじりながら、背の小さい女の子はヴァルターのもとへ歩いてきた。
不思議なことに、この子の足元は地面が全く崩れていなかった。
長くてふんわりとした髪型の彼女は「ふんふんふ~ん♪」なんて鼻歌を歌いながら、身長とは不釣り合いな大きな胸を揺らしていた。
土埃がゆったりと晴れてくると大きく胸元が開いた服装にヴァルターはどきっとした。
童顔で低身長、それでいて髪の毛は長くて大人っぽくて……おっぱいが大きい。視線をどこに落ち着けていいのかわからない少女は、ヴァルターの前で立ち止まると「ひへへ」と盗賊のように笑った。
「探したよォー、もぅー!!! 人相書きとそっくりねえ。まァ、指名手配がかかってくれたおかげで、だいぶ楽に人探しができたわけだけれども」
ぐるりと周囲を見渡して、女の子は肩を寄せる。
「まっさか、こんな山賊にケンカを吹っ掛けなくってもいいんじゃない? だって、ほら、幼馴染の女の子が、危うくアタマをカチ割られて死んじゃうところだったわけだし」
物騒な口ぶりの彼女にヴァルターは警戒を強めた。
ぎゅっとセレナの身体を強く抱いて「彼女になにをする気だ!」と凄んでみせた。
女の子は刺繍が入ったコルセットに片手を添えて胸を張り。
「別にそっちの子に興味はないの。あたしはただあんた……そう、ヴァルターに用がある」
「ぼ、僕に用事……? というか、あんた誰なんだ!」
どぎまぎしながらヴァルターは返答する。
緊張しなくちゃいけない、警戒しなくちゃいけない、でもおっぱい。
そう、おっぱいに目が行ってしまう。
美しい赤黒いドレスのスリットから覗く太腿も、なんだか大人の女性としての魅力が溢れているのだが……その顔と身長が幼子のようでうまく精神的な着地が見いだせない。
もうもうと立ち込めていた砂ぼこりが落ち着き、黒角のガルスが再び大斧をふるって濁った空気を切り裂いた。
「な、な、なあっ、なんだァー、その小娘はッ! おまえらの仲間かぁ!」
ぶんぶんと頭上で斧を振り回した黒角のガルスに、ドレスの少女は「大地の精よ、アースグレイブっ!」と叫んだ。
「んだァ、てめっ……――ぐあっ、てえええっ!」
地面から突き出た岩の塊が、黒角のガルスの脛を直撃した。
脛を抱えるようにして地面を転がるガルスを冷ややかに見つめながら。
「あんたも血気盛んなのはいいけど、相手を選びなさいな」
謎の少女は全員を睥睨するように視線を巡らせてから。
「ちょっと全員に質問したいんだけどさ」
女の子は鞄から羊皮紙をぱさぱさと取り出した。
それは王国騎士団が公告している指名手配犯の概要で、人相書きや注釈などが書かれていた。
「ヴァルターにセレナ、それとガルス――。あんたらは全員、おてんとうさまのもとで宿帳に名前を書けない『悪人』って事になってる」
この一言にヴァルターが「違う、僕らは!」と意気込んだが、脛を強打したガルスが呻きながら。
「そ、そうだ。俺たちは悪事を働いたつもりはねえが、世間は俺たちを悪い奴だと触れ回ってる。あんたの言う通り、俺たちは関所を越えることも宿屋に泊まることも出来ねえ」
すると女の子は満足そうに「ふん!」とおっぱいを強調するように腕を組んで。
「なら、ここに居る全員はお互いに理解しあえる余地があるという事じゃない」
そう言って彼女はヴァルターをちらと見てから。
「あたしは彼を探して遠いところからえっちらおっちら歩いてきたの。もー、足もパンパンでどっかで休みたい。で、あんた達のアジトで世話になりたいんだけど、どう?」
すると黒角のガルスが「なんだと!」と啖呵を切った。
「生贄を奪おうとしていた奴らを、どうしてアジトに案内しなくちゃならんのだ!」
「違うっ! 先に襲ってきたのはお前たちの方じゃないか!」
ヴァルターの反論を耳にして、少女は「ふむふむ」と頷く。
「どーやら、話し合いの余地はありそうな感じね」
ガルスは脛を掌でスリスリしながら。
「うう、納得はいかんが――そこの祠に埋められた娘っ子……。あの子は俺たちが連れていくからな」
「ご勝手に」
少女の返答にヴァルターが「ダメだよ!」と割って入った。
「こいつらに生贄の女の子を渡したら、どんな目に遭うか!」
そう抗議している間にも、山賊たちが木箱を引きずり出し、女の子を封じていたふたを引っぺがした。
ぐったりとした女の子が男たちの手によって抱きかかえられる。
「おい、毛布と温かい飲み物を早く持ってこい!」
山賊の男はそう叫んで、額や顔に塗られた石灰の紋章を布で拭った。
その様子を目の当たりにして、ヴァルターは「えっ……?」と当惑する。
代わりに答えたのは、黒角のガルスだった。
「俺たちゃ山賊にゃあ、嫁入り前の娘っ子と出会う場がないんだ。男どもは高齢化していくし、嫁探しに山を降りられちまっちゃァ……頭数も減っていく。だから、あんなバカげた生贄を助けては、生活の面倒を見て……誰かの嫁さんになってもらうんだ」
「そ、そんな……」
ガルスは淋しそうに視線を落として。
「あの娘っ子をラ・ファネラに帰したっていい。でもそうしたら、あの娘っ子はどうなる? どうして戻って来たのかと問い詰められて、また生贄にされる。なァ、俺が言いたいのは生贄が残酷だってハナシじゃねえ。あんな年端もいかねえ娘っ子を『親が生贄として売っちまう世の中』が大っ嫌いってことなんだ」
巨大な図体のガルスは目頭を押さえながら「こんなひでえ話があるかよ」と声を詰まらせた。
一同の様子に、赤黒いドレスを着た少女が。
「どうやら、誤解のひとつはとけそうね」
そう宣言したとき、気を失っていたセレナが「うっ、うう……」と反応を示し、ゆっくりと眼を覚ました。
「なに、この牛みたいなおっぱいの女――?」
一瞬にして、空気が張り詰めた。
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