第三話 ラ・ファネラの灯


 その日の晩は野性的であるが、満足度の高い……久しぶりの食事になった。

 ラ・ファネラの集落で行われた宴会は、集落の男たちはもちろん、女性や子どもたちにも平等にふるまわれた。大牙猪の肉を丸焼きにした野性的なものから、自慢のご当地野菜を煮込んだシチュー、なかでも香料をふんだんにふりかけたスペアリブは絶品だった。

 一晩で食べきれない大半の肉は燻製にしたり、腸詰にしたりして集落の人々にザガートが率先して配っていた。

 集落の中心で丸々と焼かれる大牙猪を眺めながら、ヴァルターは「ザガートさんってすごい人だよね」とセレナに同意を求めた。


「ちょっとズル賢いところがあるけど……おおむね、いい村長さんなんじゃないの?」

「賞金を値切ったりしてくるから?」

「そういうトコ。でも、集落の人から見れば、いい村長さんなんだろうね。若いし、行動力もあるし、なにより頼りにされてるじゃない」


 村の子どもたちがザガートにまとわりついて、じゃれている。

 少女のことを高く持ち上げたり、男の子に腰をど突かれて「うおっぷっ! こらあー、肉やらないぞー!!!」と大袈裟に吠えている。

 村の子どもたちから慕われる若い村長――。


「なんか、うらやましいな。ラ・ファネラの集落は裕福じゃないかもしれないけど、どこか幸せそうに見えるんだ」

「そうね。でも、いいところもあれば悪いところもある」


 はむっ、と彼女は大ぶりな肉の塊を口に含んでむぐむぐしてから。


「それより、ヴァルターの魔法だけど……どうなの、なにか感覚はつかめた?」

「うーん、ぜんぜんだよ。うまく魔力が通ったと思うときは、ずばばばーって剣が走るんだけど……ほとんどはダメ。小さなナイフで大木を斬るみたいに、ぜんぜん歯が立たないんだ」

「でも、最後の大牙猪をやっつけるときは、なかなか強い魔力がばあーって出ていたと思うけど……」

「そうかもしれない。でも、いまは全然だよ。なんなんだろうな、この感じ――。まったく不便だよ。ちゃんと魔法を使いこなせないなんて」

「魔力に問題があるのかな。ヴァルターの魔力って、わたしのそれとはちょっと違う感じがするし」


 なのかなァ、と小首をかしげたとき、大牙猪を焼く火の向こう側に一人の女の子を見つけた。

 それは集落の女の子なのだが、ほかの子どもたちとは違って浮かない顔をしている。

 少し気になってヴァルターが腰をあげようとしたとき、ザガートが「いやーいやー、おふたりさん!」と陽気に近づいてきた。

 集落の大人たちもヴァルターとセレナを囲って、乾杯の音頭がとられ、あれを食え、これを食えと食べ物が差し出された。

 そうした雑談のなかで、ヴァルターは「あの、ちょっといいですか?」と大牙猪を焼く炎の向こう側を指さした。


「あそこに女の子がいると思うのですが……あの子は、どうしてなにも食べていないのですか?」


 まさか、いじめられているのか。

 ヴァルターは自分も騎士団の宿舎で似たような扱いを受けた経験があるので、どこか他人事ではなかった。

 この質問に大人たちは目を伏せた。

 奇妙な沈黙が流れたと思ったら、ザガートが「ええ、食べません」と発言した。


「あの子は、山の災いがおさまったことを感謝するため――捧げられるからです」


 その一言にヴァルターとセレナは「えっ」と声を併せて驚いた。


「捧げるって……」


 ヴァルターが恐る恐るザガートに言葉を促した。

 彼はバツが悪そうに眉をひそめてから。


「イゼル・ア・ムーナへの供物です。ラ・ファネラの裏山にはエーデン・ホローという神域の横穴があります。そこに、あの娘を連れて行き……祈りを捧げさせるのです」

「じゃ、じゃあ……あの子は――」


 ヴァルターは慄きながら、色白で痩せた女の子に視線を向ける。彼女は炎の向こう側で踊る影に翻弄されながら膝を抱えたまま、動かない。

 ザガートは口を噤み「それ以上は、ご容赦ください。これは集落のしきたりなのです」と苦々しく述べた。

 するとセレナがスッと立ち上がり。


「今日はお暇するとしましょう。さ、ヴァルターいくよ」

「えっ、でも、まだお肉が……」

「ほら、いいから!」


 明らかにセレナの機嫌が悪い。

 無理もない。

 この村には人身御供の習慣があったのだ。それもイゼル・ア・ムーナへの感謝を示すための人身御供だ。

 あまりいい気分にはならない。

 セレナとふたりで座をあとにしたとき、ふと農民の尖った声が背中にぶつかった。


「文句があるなら、ラ・ファネラから出ていけ!」


 その一言にザガートが「やめなさい!」と叱責するが、ほかの村人たちからも不満のような声があふれ聞こえてきた。

 それは「疫病神」というコトバが混ぜられたものであったが――。


「あんたらは街から逃れてきた犯罪者だ! 知ってるんだぞ!」

「イゼル・ア・ムーナを信じない異教徒め! 人相書きそっくりだ!」

「邪教を信じる蛮族に、俺たちのなにがわかるんだ!」


 そうした言葉の嵐を浴びながら、セレナとヴァルターは宿としている空き家へと引っ込んだ。

 村人たちと対立するつもりはないが、あれほどひどい言葉を投げかけられるとは思わなかった。


 そもそも――。


「なんで、僕らが犯罪者なの? 異教徒とも言ってたよ……」


 ヴァルターの問いかけにセレナは「うーん」と考え込んで……。


「もしかして、ライベンが――」


 そこまで感想を述べて言葉を切り、彼女は「明日の朝にはここを出よう。あんまり長居もしてられないみたいだし」と荷物をまとめた始めた。



* *



 翌朝、まだ日も昇らぬうちにふたりは定宿を出た。

 足音を立てないよう街道へと出たのだが、妙な鈴の音が山から聞こえてくる。

 ふと見れば、わずかに松明の灯りが見えた。

 それは山道をゆったりと登っていく。


「あれって……」


 セレナの問いかけにヴァルターが「あの子なんじゃ……。生贄の――」と言葉を続けた。

 しばらくふたりは山道をゆっくりと動く松明の光を眺めていたが、ヴァルターは自然と街道から山道へ向かう道に歩みを進めていた。


「ちょっと、どこ行くの!」

「バカげてる! イゼル・ア・ムーナのご機嫌取りのために、なんで女の子が生贄にならなくちゃいけないんだ! おかしいよ」

「そうだけど……それが信仰なんだよ?」

「だったら、その信仰は間違ってる! ごめん、でも嫌なんだ! ああやっていじめられて、みんなからのけ者にされた子が、救いようのない最期を……僕は見たくない! 絶対に! なんかの救いがなくちゃ、おかしいじゃないか!」


 思わず本音が強く出た。

 セレナが「あっ……」と身を引いたので、ヴァルターも「ご、ごめん。セレナに強く言うのは、その、間違ってたよね。ごめんなさい」と謝った。

 彼女はわずかに間を置いてから。


「わたしも、最近は『守護天使ってなんだろう』って思うの。人を殺した人が王国騎士になる試験だって……冷静に考えたら、ちょっとおかしい気がする。でも、みんなはイゼル・ア・ムーナが定めたものだからって、考えもしない」

「セレナ……?」

「変だよね。王国騎士を目指してたのに、こんなこと言うなんて」


 当惑するセレナの手を取って、ヴァルターは「ううん!」と自信をもって顔を振った。


「嬉しいんだ。守護天使は正しい存在かもしれない。でも、絶対的な存在じゃない。僕の気持ちを理解してほしいとは思わないけど……セレナが、そういう信仰の迷いを持っててくれたのは、純粋にうれしいんだ。なんでかは、うまく言えないけど――」


 すると彼女は「……うん」と小さく頷いた。


「行こう。あの子を助けに! 助けるっていうか、生贄の子が洞窟とか檻に入れられてたら、解放してあげる事ぐらいしかできないけど――」


 ヴァルターはそこまで言ってから。


「集落の人たちだって、祈りの言葉を捧げたらラ・ファネラに帰っていくと思うんだ。そのあとで、こっそりと生贄の子どもを助け出す。剣のいらない救出作戦だ!」


 平和的に、楽をして目的を達成しよう、とヴァルターはセレナに促した。

 彼女は「そうね、そうしましょう!」と強く同意して、ふたりは小走りで山道へと向かった。


* *

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