孤独が僕らを引き寄せた
僕たちは銅貨4枚をテーブルに置いて、料理とお酒を頼んだ。
料理が運ばれてくると、しばらくは無言で夢中になって食べた。
レインも言っていたが、僕もお腹が空っぽになったかのように空腹だった。
腹の虫がようやく落ち着いたところで、ふと口を開いた。
「ねえ、レイン。今朝ちょっと言ってたけど……どうして家を飛び出して、冒険者になったの?」
レインは手にしていたジョッキをテーブルに置いて、ちょっと遠くを見るような顔をした。
それから、ぽつりぽつりと語り始めた。
「私が生まれたのは、ごく普通の農村だったの。本当に小さな、何の変哲もないところ。
……ただ、一つだけ変わっていたのが、村の外れの丘に、古い石の祠みたいな遺跡があったこと」
「へえ、遺跡が身近にあるってちょっと面白そうだね」
「どうかしら。
私は生まれたときからあったものだから、そんな珍しいものって感じでもなかったわ。
でも、ある日その遺跡を調査しに、魔法使いが村にやってきたの。
名前はエリスティナ。私に魔法を教えてくれた師匠よ」
懐かしそうに目を細めるレイン。
「その人が私を見て、“この子、魔力量が多い。練習すれば魔法が使えるようになる”って言ったの」
「なるほど、それはすごいね」
「でしょ? それで、遺跡の調査のあいだ、うちに泊まる代わりに、私に魔法を教えてくれることになったの」
「泊まる代わりに魔法の授業か。なんか、いい話だね」
「そう聞こえるかもしれないけど、最初は全然うまくいかなかったのよ。火花ひとつ出せなくて、何度も泣いた……
でも諦めずに練習してたら、ある日、ふっと火の玉が出たの」
「おお、初めてのファイアーボール?」
「そうよ。
そのときは、まだちっちゃな火花みたいな感じだったけどね。
でも、それが出た瞬間、本当に嬉しかった」
レインは小さく笑った。
「魔法が使えるようになった私は、すぐ村で話題になった。“魔法が使える娘”ってだけで、ね」
「そっか。小さな村なら、すぐにうわさが広まりそう」
「そうなの。しかも、魔力量ってわりと遺伝するから、いろんな家から縁談が来るようになってね。
中には貴族の家から、“うちの跡取りに嫁いでほしい”って話まであった」
「え、それって……すごくない?」
「全然すごくなんてないわよ。
だって私、自分で何かを成し遂げたわけでもないのにもの…。
魔力量があるってだけで、”価値がある”みたいに扱われるのが……嫌だった」
レインはジョッキを両手で揺らしながら、小さく息を吐いた。
「それに会ったこともない、顔も知らない相手と結婚なんてしたくない。
自分の未来は自分で決めたい。そう思って……村を出たの」
僕はしばらく、何も言えなかった。
「……すごいね、レイン」
「え?」
「怖くなかった? 村を出るって、しかも一人で。知らない街に来て、冒険者になるなんて……」
「怖かったよ。でも、自分で生きていくって決めたから」
レインは肩をすくめて言った。
「それにね、師匠が教えてくれた召喚魔法があったから。
だからこの街に来て、宿屋で部屋を取ったあと、すぐに召喚の準備を始めたの」
「……がっかりしたんじゃない? 召喚して出てきたのが、ただの人間だったから」
思わず聞いてしまった。
「最初はびっくりしたわよ。
だって師匠の召喚獣はサラマンダーだったんだもの。
私も、そういうのが来るのかと思ってた」
レインは笑いながら言った。
「でも、すぐにわかったの。
……私、寂しかったんだなって。
仲間が欲しかったの。
話して、笑いあえる誰かが」
そこまで言うと、恥ずかしくなったのか、レインは口をつぐんだ。
「……私の話はここまで! 次はハルトの番。どうして召喚獣の募集に応募したの?」
レインの声がちょっと上ずっている。
「僕の理由は、たぶんもっと単純かも。……失業したって言ったの、覚えてる?」
「ええ」
「僕は、小さなゲーム会社で働いてたんだ。
全員で10人くらいの、10人くらいのこぢんまりしたところさ。」
「ゲーム会社?」
「うん。説明するのが難しいんだけど……みんなでお芝居をして、それを見に来た人たちに楽しんでもらって、ちょっとだけお金をもらう。
そんな感じの仕事だった」
「なんだか素敵ね」
「僕もそう思う。……今じゃ、余計にね」
思わずため息が出る。
「でもね、うまくいかなくなったんだ。
だんだんお客さんが減っていって、
収入が足りなくなって……結局、解散するしかなかった」
言葉にしてみて、はじめて気づいた。
僕は、あの会社が、好きだったんだ。
一緒に働いてた仲間も、作ってたゲームも、遊んでくれるユーザーも、全部好きだった。
だから、そんな場所がなくなったことが、何より悔しかった。
そして自分が力になれなかった、その負い目もあった。
「仕事を失ったというより、“居場所”がなくなった。そんな気がしてた。
そんなときに見つけたのが、レイン、君の召喚獣募集だったんだ」
「たくさんの募集の中で、なぜレインの募集に心が惹かれたのか――今になってわかる気がするよ。
給料や待遇じゃなかった。
ただ、“ここにいていい”と思える場所が欲しかったんだ」
孤独が、僕たちを引き寄せたんだ。
「レイン、君に会えてよかったよ」
自分でも驚くほど素直に、口から言葉が出た。
ちょっと酔いが回っているのかもしれない。
「……私も、ハルトに会えてよかった」
レインはジョッキで顔を隠しながら言った。
顔も真っ赤にしている。
レインがそんなことをするから急に僕も恥ずかしくなってきた。
しばらく無言で見つめ合って――
「ぷっ」
どちらからともなく、笑いがこみ上げてきた。
「あはははは!」
何がそんなに可笑しいのか、自分たちでもよくわからなかったけど、
しばらくのあいだ、僕たちはお腹を抱えて笑い続けた。
食事を終える頃には、空もすっかり暗くなっていた。
今日もたくさん動いて、たくさん食べて、心地よい疲労感が全身に広がっている。
僕たちは連れ立って階段を上がり、宿の部屋へと戻った。
「じゃあ、おやすみ、ハルト」
「うん。おやすみ、レイン」
そう言って、僕が目を閉じようとしたとき、レインがぽつりと声をかけてきた。
「ねえ、明日の夜はどんな話をしようかしら?」
思わずくすりと笑ってしまった。
たぶん、話すことなんて自然に決まる。でも、こうして“明日の話”をすることが、なんだかとても安心できる。
「じゃあ、好きな食べ物の話でもしようか」
「ふふっ、いいわね、それ」
レインはにこりと笑ってベッドに潜り込んだ。
静かな夜が、部屋の中を包み込んでいった。
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