ゴブリンとの連戦、目覚める力
ダンジョンの入口で軽く深呼吸をしてから、僕たちは階段をゆっくりと降りていった。
今日も、昨日と同じように冷たく湿った空気が肌をなでる。
変わらない闇の中。だけど、心持ちは昨日よりずっと落ち着いていた。
「小さき光よ、我らの進むべき道を照らせ。フェアリーライト」
レインの呪文とともに、杖の先に淡い光が灯る。
ダンジョンの闇を柔らかく照らし出す。
「よし、今日も右側にいこう。」
「ええ、昨日の道をもう一度いくのよね」
昨日と同じルートに足を踏み入れた。
一度行ったことある道というのはそれだけで少しだけ安心できる。
しばらく歩くと昨日戦闘があった場所に差し掛かる。
「ゴブリンの死体がなくなっているね」
小声でいった。
「多分、ダンジョンが吸収したんだわ」
「なるほど」
ダンジョンが死体を吸収する。
初めて聞いた話で、詳しく聞いてみたがった後にしよう。
今は悠長に長話している余裕はない。
しばらくすると、遠くに1体のゴブリンらしき影が見えた。
相手もこちらに気づいて身構える。
「ハルト、お願い!」
「任せて」
盾を構える。
レインが少し後ろに下がり、集中に入った。
ゴブリンが飛び上がるようにして、襲い掛かってきた。
昨日のゴブリンと同じ攻撃方法だ。
後ろに下がりたくなる気持ちを我慢して、あえて一歩踏み込む。
踏み込みの勢いを利用して、盾を斜めに構え――弾く!
ガン、と乾いた音。
ゴブリンを前方に弾くことができた。
反動で僕も半歩下がる。
ゴブリンと僕の間に2mほどの空間ができた。
「……燃え上がれ、灯火の子――」
完璧なタイミングだ。
「ファイアーボール!」
レインの頭上に赤い魔法陣が浮かび上がり、
次の瞬間、それは燃え上がる火球に変化した。
火球を見たゴブリンは、背を向け逃げようとする。
その背中に火球が一直線に飛び、ゴブリンを炎が包んだ。
叫び声とともに、ゴブリンは地面に崩れ落ちる。
「ナイス、レイン!」
「ハルトもバッチリよ! 今の連携、完璧じゃない?」
僕たちは顔を見合わせて笑い合った。
だが、まだダンジョンのなか油断はできない。
昨日買ったばかりのナイフを腰のベルトから外す。
レインも油断なく周囲を警戒してくれている。
うつ伏せに倒れているゴブリンを蹴り上げるようにして、ひっくり返した。
左手を使って、ゴブリンの右耳を引っ張り、右手のナイフで切り落とす。
あっという間に右耳を採取することができた。
自分がこのような行動を躊躇なくできることに、複雑な気持ちがこみ上げる。
だが、今は深く考えないようにして、耳を皮袋にしまった。
その後、ざっとゴブリンを観察し、右手に握ったままのナイフを無理やり引きはがしてリュックに入れる。
「終わったよ。次にいこう。」
レインに声をかける。
少し進むと曲がり角にたどり着いた。
昨日の探索より奥に進んだことになる。
左側に曲がっているが、曲がった先がどうなっているのか、この位置からではわからない。
「僕が先に様子を見てみる。問題なければ手招きをするからついてきて。」
「わかったわ。気を付けてね、ハルト」
恐る恐る、角の先を確認する。
フェアリーライトを使っているレインが少し離れているので、遠くまで確認できないが、
特に問題なさそうだ。
レインに向かって手招きをする。
さらに進んでいくと、壁際にうずくまるゴブリンを発見する。
こちらにはまだ気づいていない。
もしかしたら寝ているのかも。
「チャンスね。先制するわ」
「お願い」
レインが魔力を練り上げ、火球を撃ち出す。
直撃。ゴブリンは一声上げて、その場でのたうち回ったが、すぐに動かなくなった。
レインに目線で合図して、ショートソードを鞘にいれ、剥ぎ取りナイフを取り出す。
耳を剥ぎ取ろうと死体に近づいて、腰を下ろしたその時――
「ハルト、やめて! 来るわ!」
レインが鋭い声を上げる。
視線を上げると、通路の奥からもう1体のゴブリンが現れ、こちらに向かってくる。
片手には棍棒を握っていた。
僕は即座に立ち上がり、ナイフを手放し、ショートソードを引き抜く。
ゴブリンは突っ込んでくる勢いをそのままに棍棒を振りかぶってくる。
盾で受け止める。
多少の衝撃はあるが、盾はビクともしない。
お返しとばかりに、大きく踏み込んで切りつける。
刃が相手の首筋から右胸にかけて大きく食い込む。
「ぎ、ぎぃ」
ゴブリンは数度痙攣して、そのまま動かなくなった。
後ろでレインが大きく息を吐いたのがわかった。
集中状態を意図的に解除して、魔力を霧散させたのだろう。
「すごいわ、ハルト。一撃ね!」
「ありがとう、レイン。自分でもちょっと驚いている」
多分、相手が刃物を持っていなかったのが幸いした。
おかげであまり怖がらずに大きく踏み込むことができた。
でも、浮かれてばかりもいられない。
「よし、さっさと剥ぎ取っちゃおう。
レイン、警戒をよろしく。」
「分かったわ」
レインが小さく頷く
まずは棍棒を持っていたゴブリンの耳を取る。
だいぶ慣れてきた。
ざっくりと見たが棍棒以外は特に何も持っていなかった。
棍棒は流石に換金は難しそうなので、そのままにし、先ほど剥ぎ取ろうとしたゴブリンに取り掛かる。
こちらも、特に何も持っていなさそうなので耳だけ手早く剥ぎ取る。
これで3体分だ。
「終わったよ、レイン。
問題はなさそう?」
「そうね、周囲には今のところゴブリンはいないようね。」
「よし、じゃあ残りは3体だね。
魔法の残り回数は大丈夫かな?」
「そうね、さっきの魔力は霧散させるしかなかったから
全部で4回分の魔力を使ったわ。
余裕を見ても後3,4発は大丈夫よ」
「よし、じゃあ先に進もう。」
しばらく進むと、道が再び分岐する。T字路だ。
僕たちはまた右の道を選んだ。
その後は、しばらく歩いたがゴブリンとは遭遇しない。
「……少し行き過ぎてない?」
「うん、ちょっと深いかも」
不安がよぎったその時――前方から足音が聞こえた。
ゴブリンだ。
しかも2体!
「来るわよ!」
レインが後方に下がり、僕は一歩前に出る。
1体が真っすぐ僕に向かって突っ込んできた。
盾で受け止める。衝撃は大きい。
だが、もう1体はレインの方へ向かおうと動き出す。
僕は剣を横に振って牽制しようとするが――
「くっ!」
最初の1体が再び体当たりを仕掛けてきた。
体勢を崩しかけ、なんとか踏ん張る。
視界の端で、もう1体が僕の横をすり抜けて――レインに向かう。
レインは目を閉じて集中していて、完全に無防備だ。
危ない!
――そう思った瞬間、声が出た。
「ウオオォォッ!!」
まるで獣のような、喉の奥から響く咆哮。
自分でも驚くほどの声だった。
すると、すり抜けたゴブリンが突然動きを止め、振り返った。
怒りを露わにして、僕の方へ引き返してくる。
単調な突進だったため、盾で受け流すことができた。
ゴブリンは勢いそのまま、前のめり転倒した。
しかし、すぐに獣のような俊敏性で立ち上がる。
「燃え上がれ、灯火の子! ファイアーボール!」
直後、レインの力強い詠唱が聞こえる。
立ち上がったばかりのゴブリンが炎に包まれて倒れる。
残る一体はキョロキョロ周りを見て、明らかに動揺している。
その隙を逃さず、僕が一撃を加える。
顔面を切りつけることに成功したが、まだ浅い。
反撃を警戒して盾を構えるが、なんとゴブリンはくるりと反転した。
逃げようとしてる――!
その瞬間を見逃さず、無防備な背中に剣を振り下ろした。
ゴブリンはそのままうつ伏せに倒れ、動かなくなった。
周囲は静寂を取り戻し、僕たちの荒い息だけが響いた。
「終わった……?」
「うん、そうみたいね」
僕らは呼吸を整えながら、素早く耳を剥ぎ取った。
レインが魔法で倒したゴブリンは手にナイフを持っていたので回収し、
斬りつけたゴブリンは何も持っておらず、素手だった。
「ねえ、ハルト。さっきの……あの咆哮」
レインがこちらを見ながら言った。
「あれは、たぶん“ウォークライ”だわ。敵を自分に引き寄せる技。冒険者の技よ」
「僕……知らないうちに……」
「たぶん“順応”したのよ。」
驚きと喜びが混じり合って、じわじわと胸にこみ上げてきた。
あの咆哮――確かに、ただの叫びなんかじゃなかった。
”順応”によって特別な力が目覚めたんだ。
しかも、それが敵を倒す力ではなく、
レインを守る力だったことが自分でも意外なほど嬉しかった。
しかし、まだ喜ぶのは早い。
「それ、めっちゃ嬉しいかも。
でも、早くここを離れたほうが良いかも、
少し奥に潜りすぎた気がする。」
「そうね、ちょっと怖くなってきたかも」
僕らは来た道をそのまま引き返した。
道を戻る途中、通路の隅でゴブリンが別のゴブリンの死体をあさっているのを見つけた。
漁っている死体はハルトが首筋を斬って倒した棍棒持ちのゴブリンだ。
まだ、こちらに気づいていない。
どうやら死んだゴブリンの手から棍棒を取ろうとして苦戦しているようだ。
「レイン」
小さな声で注意を促す。
レインは無言で小さく頷いた。
レインが集中を開始した。
大丈夫、まだ気づかれていない。
「燃え上がれ、灯火の子! ファイアーボール!」
ゴブリンがこちらに気づく。
だがもう遅い。
ファイアーボールが直撃し、ゴブリンは瞬時に倒れた。
「……これで6体目」
「今日の目標、達成ね」
レインがいつもより控えめで、それでも喜びを隠せない声で言った。
耳を剥ぎ取り、ゴブリンの死体を調べると、腰にぼろぼろの袋を付けていた。
中を見てみると汚れた銅貨が3枚入っていた。
「うそ、銅貨だ」
思わず声が出た。
「え、何枚!?」
レインは嬉しそうな声で聞いてきたが、しっかりと目線を下げず周囲を警戒してくれている。
「3枚、でも洗ったほうが良さそうだ」
汚れた袋をリュックに入れたくなかったので銅貨だけ取り出し、リュックに入れた。
「もう十分だ。帰ろう」
「そうね。」
その後はゴブリンとは遭遇せず、無事にダンジョンの外へ出ることができた。
レインは外に出るなり思いっきり体を伸ばし、深呼吸をして言った。
「目標達成ね!」
満面の笑顔だ。
青い空が僕たちを祝福しているようだった。
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