最終話~幽霊に相談~

看護師をしている私〈島田〉は一人、誰もいない病室で立ち尽くしている。


周りを見渡すが、暗くただ窓から入る月の光だけが、少々だが部屋を照らしている。


音は何もなく、まるで宇宙空間にいるかのようだ。


まぁ宇宙空間に行ったことはないのだが。


ここにいる理由はただ一つ。


とある幽霊に会うからだ。


この病院に勤務して早十五年。


現在では看護副師長になっている私は、様々な責任を担いながら仕事を行っている。


上司である看護師長は、かなり厳しい人間であり、周りからの評価も薄い。


増しては自分の仕事は棚に上げて、人には残業を押し付けているため、部下からは〈押し付け看護師〉と言われている。


そんなストレスだらけの中で、日々患者の命を救うべく奔走している。


看護師長は〈患者は客だ〉と言っていたが、私は違う。


救うべき人間がそこにいるのに、客扱いなのは自分はいかがなものかと思っている。


それを言われたため、相談をするべく、私はここにいるのだ。


しばらくすると、後ろに気配を感じた。


それも完全に後ろで誰かが、私を脅かそうとしている。


私はくだらないことはあまり好きではないため、素っ気ない口調で


「脅かすのなら無駄よ。後ろにいることは知ってるからね」


すると、後ろから舌打ちをする音が聞こえ


「つまんないの」


そう言って小柄の男性が目線に現れた。


この男性は元患者であり、二か月前に末期の肺がんでこの世を去っている。


それに元々この病院で幹部経験のある男性でもあり、看護師長のことも院長のことも色々と詳しく知っている。


幽霊なのは分かっているのだが、この病院の裏側をすべて知っているため、私にとってはかなり頼りになる存在なのだ。


私は近くのソファに座り


「そんなに私を脅かしたいの?」


「いや、別に」


そう言って男性はベッドに腰を掛けた。


「私ね、ちょっとあなたの知恵を借りたいなと思ってきたんだけど、そんなことするなら帰るわよ」


男性は慌てた口調で


「ちょっと待て。悪かったよ」


「冗談よ」


男性は安堵した表情になり


「それで、どうしたの?」


「あなた、この病院の幹部だったよね」


「そうだけど」


「患者のことはどう思っていた? ただの客?」


「そんなこと思ってるわけないだろ。俺は患者こそ、大切な命だ。守るべく、ただ医者としているだけ。権力とか金とか考えたことないよ」


「ならいいんだけど」


「誰がそんなこと言ってたんだ」


「看護師長よ」


「あぁ、あいつか」


「患者は金だってさ」


「そんなこと言ってたのか」


「そう」


私は、この男性がどのような今まで実績を積んできたか分からないが、彼の目を見ればわかる。


患者に対しては真っすぐな目であり、今の言葉でさえも、嘘で固めている言葉とは思えないのだ。


私はだからこそ、彼を信用している。


すると男性が悩んだ表情をしてから、私の顔をじっと見て


「知ってるか? 看護師長の裏の顔」


「裏の顔?」


「看護師長は、大体定時になると絶対に帰るだろ。どんなに仕事が忙しくても」


「確かにそうね」


言われてみれば大体定時だ。


それも帰る際はかなり表情を和らげながらも、ナースステーションを後にする。


仕事中はまるで鬼の顔みたいに、眉間にしわを寄せており、目は睨みつけるような表情になっているのだが、帰るときは大体がそうだ。


噂では〈ホストに金を貢いでいる〉と聞いたこともあるのだが、それを男性に説明をすると


「それは違う。もっと大きな問題だ」


「え?」


「看護師というのは、ストレスが溜まる仕事なのは分かっている。でも、流石に薬に手を出したらな」


そう言って男性は立ち上がり、外を眺め始めた。


今の言葉は本当なのかと耳を疑った。


薬と言っても、睡眠薬や色々なストレス発散薬はあるのは当然知っているが、男性の顔を見る限り、それではなさそうだ。


私は戸惑いながらも


「薬ってどういうこと?」


「もちろん、違法薬物だ。名前はコカイン」


「コカイン?!」


「これも俺が幽霊だから知っている情報だし、恐らく俺が生きている頃から使っているんだろう。あれは常習だな」


「なんでコカインを」


「そりゃもちろん簡単な話だ。ストレス発散だよ」


それでも違法薬物を使っている時点で、看護師長の負けである。


自分の体も、経歴も傷つけるというのに何故そんなことを。


だが、見た目では使っているのが分からないところがかなりの怖い部分である。


だが、いくら看護師長・上司だからと言って見過ごすわけにはいかない。


「ねぇ、もしかして今日も行ってるかな」


「恐らく行っているとは思う。大体夜中までいるからな」


「嘘でしょ・・・」


「本当だ。だから最近家にも帰っていない。恐らく例の店からそのまま出勤しているのだろう」


「今から行けるかな」


「行くのか?」


「当たり前でしょ。付いて来てよ」


「えぇ・・・」


男性は嫌そうな顔をしたのだが、私は半分睨みを利かせた。


すると、男性は渋々ついてくることになった。


私が一人であんな場所に行くと、必ずしも巻き込まれるのだ。


以前、覚せい剤を使って緊急搬送された人がいる。


その人はミュージシャンをしており、かなり有名なバンドのベース担当をしていたのだが、バンドを脱退後、ソロミュージシャンとして名をはせていたが、音楽が作れないことの恐怖心により、覚せい剤を使用。


当然その後警察が病院に来て逮捕されたのだが、その時のあのミュージシャンの怯えている様子は一生忘れない。


警察に捕まることでどれだけ自分のキャリアなどを水の泡にするのか。


私はそれを目の前で感じていたため、違法薬物は絶対にしてはいけない。


使ったとしても、必ずしも良い未来を描けることはできない。


そう思い、看護師長には罪を償ってほしい。


部屋を出ようとすると、男性が


「ちょっと待て」


「何?」


「警察に電話しろ。病院にタレコミがあってそれで電話したと言えばいい。そのコカインを売りさばいている場所は〈世田谷区にある〈信条ビル〉一階〉だ。そうすれば君が行かなくてもいいだろ?」


「何? 心配してるの?」


「・・・もちろんだ」


「え?」


「幽霊でも、そんな感情はあるんだよ」


私は微笑みながらも男性に近づき


「ありがとう。確かに警察に電話したら私が行かなくても捕まるよね」


「うん」


「分かったわ。警察に電話しておく」


そう言って、ナースステーションに戻ることにした。


しばらく廊下を歩いていると、奥から一人の後輩女性看護師が歩いてきた。


「先輩。探してましたよ」


「どうしたの?」


「急患です。男性なんですけど、腹部から出血しております。どうやら刺されたみたいです」


「現在の容体は?」


「意識不明の重体です」


恐らく喧嘩だろう。


男女のもつれなのか、それとも友人同士の言い合いなのか知らないが、それで相手の腹部を刺すことは許されない。


刺された人には必ずでも生きていて欲しい。


これは一刻の猶予もない状態だが、私にはやらなければいけないこともあるため


「分かったわ。今行く。それと、ちょっと君に頼みたいことがあるの」


「なんですか?」


「警察に電話して、世田谷にある〈信条ビル〉一階でコカインを売りさばいている人がいて、それに看護師長が関与しているって」


「え? どこからそんな情報を」


「タレコミがあったの。お願いね」


そう言って私は廊下を走り始めた。



その後、刺された人は私の処置により、一命を取り留めた。


どうやら交際相手と別れる・別れないで喧嘩になり、女性側がナイフで刺して来たそうだ。


それと看護師長もコカイン使用の容疑で逮捕された。


私はその後事情聴取を受けたのだが、タレコミがあったと一貫して話しており、警察からは何も疑われることはなかった。


その後もまだあの男性とは関係を続けている。


今でもあの部屋に行くのが楽しみだ。


幽霊だからこそ出来る話を聞くために・・・



~終~

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ホラーへの扉~春の特別編2025 柿崎零華 @kakizakireika

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