第3話 運命の出会い
「二手に分かれて探しましょう」
フラッテはソラノにそう告げた。
なぜわざわざ二手に分かれて探すのか、その理由は簡単だった。
日本でクラン志望の天使を見つけられる場所など、一つしかない。
そしてその場所にもし悪魔であるフラッテが入り込んだ日には、一瞬にして殺されてしまうことが容易に想像できるからだ。
「ソラノ、あなたに探してきて欲しい場所は『国立天使養成学園』、東京に設立された天使の学校よ」
「天使の学校? そんなのあるんだ」
フラッテだって勿論、宵闇の王を打倒せんとする上でギルドを作ろうと考えたこともある。
だからこそソラノがギルドを設立しようとしたとき、条件をスラスラと言えたのだ。
ソラノがギルド設立を諦めた理由は、未成年であるから。
そしてフラッテがギルド設立を諦めたのは、この天使を仲間にするという条件が無理難題すぎたからだ。
天使は悪魔と同様に、魔力を可視化して見る事のできる種族である。
そして魔力には色がある。
天使の魔力は白く、悪魔の魔力は黒い。
フラッテは魔力制御が得意で、その黒色を限りなく薄くすることは出来る。
特に他種族の魔力の色は識別がしにくいので、悪魔以外にならばそうそう気づかれない自信もある。
しかし、天使養成学園の教師を務める老獪な天使たちの監視を掻い潜れるほどのものではない。
特に最年長の上級天使であり、校長でもあるハデンは眼が良いと聞く。
ゆえに不可能。
しかし、ソラノが仲間になったことで前提条件は大きく覆る。
はっきり言って、宵闇の王を討伐するという目標は馬鹿げている。
この宣言を聞いても付いてきてくれる天使がいるとするのなら、経験の浅く若い天使だろう。
フラッテの魔力制御で充分欺ける範囲内だ。
ソラノに対して種族を明かさなかったのは、そんな理由も含まれていた。
彼女は純粋で、おばかで、隠し事や嘘が下手だ。
すぐにボロが出て、フラッテが悪魔だと気づかれてしまうだろう。
そうなればギルドは崩壊、それを報告されれば2度と天使養成学園の地を踏むことはできない。
だが、フラッテはいずれ来たるであろうチャンスのために何年も魔力制御を磨いてきたのだ。
そこらの天使に見破られるような偽装ではない。
「天使養成学園はギルド、またはギルド設立者からスカウトを受けるための施設よ。学園とは銘打っているものの、面接会場のような側面が近いわね」
天使養成学園はスカウトされることを目的とする天使たちの集まる場所だ。
そのため、一般人が見学に訪れることも容易である。
悪魔でさえ無ければ比較的簡単に入り込める場所なのである。
「そこで一人、仲間をスカウトしてきてちょうだい。けど、怪我をしそうならすぐに帰ってくるのよ」
わかった! と元気に頷くソラノの頭を撫でて、フラッテは最後に釘を刺した。
天使養成学園がどのような場所なのか、その実態はフラッテの知るところではない。悪魔だから勝手に危険な場所だと思っているだけで、恐らく安全な場所だろう。
それでも、もし学園内で問題が起きたとき、フラッテは助けに向かえないのだ。
無闇に傷つくくらいなら、諦めて何事もなく帰ってきて欲しい。
フラッテにとって、すでにソラノはそれほど愛おしい存在であった。
それに、天使を見つける方法が他に無いわけじゃない。
道端を歩いている天使を見つけて直接声をかけ、ギルドが設立された事例だってあるのだ。
まあ、天使は悪魔以上に数の少ない希少種族であるから、その可能性はかなり低いが。
「フラッテはどこを探すの?」
ソラノの質問に、フラッテは微笑む。
「ギルド設立の手続きを先に済ませておくわ。あなたが天使を連れて帰ってきたときに、すぐ動けるようにね」
そう、色々と言ったものの。
フラッテは根本でソラノのことを信じている。
この子は馬鹿で、考え無しだけど。
ソラノの勇気に、慈愛に、覚悟に、動かされる者は絶対にいる。
私のようにね、とフラッテは笑った。
「ありがとうフラッテ。絶対にスカウトしてくるよ!」
ソラノはいよいよギルド設立が現実味を帯びてきたようで、気合十分といった様子だ。
「それじゃあ作戦開始ね」
ソラノとフラッテは頷き合い、行動を開始したのだった。
◆
「お、大阪より更に都会って感じだぁ」
私は人生で初めて訪れる東京の景色に、思わず感嘆した。
いくつものビルが立ち並び、その一つ一つがとんでもなくオシャレだ。
ものすごく“東京”って感じがする景色に、否応なくテンションが上がってしまう。
大阪からここまで電車賃一万五千円、全てフラッテが出してくれた。
というか今回の遠征費は全てフラッテが負担してくれている。
大人なんだからこれくらい出すわよ、とはフラッテの言葉。
これは絶対にスカウトして帰らないと……、と私はぶるぶる震えて大金を受け取ったのである。
「えっと、天使養成学園は、っと」
スマホを片手に睨めっこしながら、トコトコ歩く。
なぜスマホのマップはこんなにも見にくいのか。
方向音痴な私にはとてもじゃないけど使いこなせない。
結局徒歩10分の距離を30分かけて到着した。
「でっっっっかあぁ」
国立天使養成学園は、凄まじく巨大だった。
白銀に染められた荘厳な建物の周りを、翼を生やした天使たちが警備するように飛び回っている。
私の想像していた天国にぴたりと当てはまる様相で、興奮が止まらない。
少し気後れしたが、なんとか足を踏み出した。
「ごめんください。天使のスカウトにきました!」
私は門番さんに身分証を提示しながら話しかける。
「ほう、これは珍しい。小さなお客さんじゃ」
門番さんは優しげな目をしていて、なんか天使! って感じだ。
私が渡した身分証をさっと一瞥して、私のことを見つめてくる。
「これはこれは、本当に珍しい……」
門番さんが何を見ているのか分からないが、その声からは驚きが伝わってくる。
目を見開いて私を凝視する門番さんの顔は、なんだか面白い。
「あの、門番さん?」
「あ、あぁ、すまんのう」
フリーズしている時間が思ったより長かったので声をかけると、門番さんはやっと動き出した。
身分証を丁寧に私に返し、頭を撫でてくる。
なんか最近頭を撫でられることが多い。
身長の低さが身に染みるからそんなに嬉しく無いけど、あったかい気持ちにもなるからちょっとだけ好きだ。
「君に幸在らんことを」
それだけ言って、門番さんは私を通してくれた。
天使養成学園はとてつもなく広いけど、どうやらそれは階級ごとに校舎が分かれているのが理由らしかった。
東の方にいくと中級天使の棟が、西の方には下級天使の棟が、中央には上級天使の棟がそれぞれ立っている。
ふんふん、と大きな地図を見て頷いた。
フラッテから聞いた暗黙のルールを思い出す。
上級天使を勧誘していいのは、既に名の売れた大きなギルドだけらしい。
というか、上級天使はプライドが高いので、自分に相応しいと思える場所にしか所属したくないというのが理由のようだ。
上級天使の持つ力は恐ろしく高い。
時を止めたり、重力を操ったり、と世界の法則に干渉するものがほとんどだ。
最上級天使の存在は確認されていないので、実質的な天使の頂点に立つ存在らしい。
天使養成学園にも3人しかいないようで、それでも特別大きな校舎が与えられているのだからすごい待遇だ。
勧誘していいのは中級天使から。恐らく来てくれないだろうけど、とフラッテは言っていた。
中級天使だって凄まじい力を持つ。
嵐を巻き起こしたり、雷を落としたり、炎を操ったり。
果たしてまだ結成してもいない名無しのギルドに入ってくれるものだろうか。
思考を巡らせていても仕方ないか。
そう思って、私は東の方にある中級天使の棟に向かった。
天使養成学園には、スカウトマンの話は必ず一度聞かなければならないというルールが存在する。
授業中であってもそれは関係なく、スカウトに来た人間に呼ばれたなら離席が推奨されている、らしい。
天使養成学園は訓練より、スカウトされることを最優先にしている場所であるからだ。
そう中級天使棟の前にいるお兄さんに教えてもらった。
そして。
「帰れチビ。話になんねえ」
中級天使棟に入って、すぐに見つけた一人目に勧誘を掛けた結果。
帰ってきた一言目がこれだった。
「な、なんで!」
燃えるように逆立つ赤髪を掻き上げて、天使は私を睨みつける。
「宵闇の王を倒すだぁ? てめぇのようなチビに勝てるわけねえだろ。ここは冷やかしに来るような場所じゃねえ」
炎を幻視するような威圧感で詰め寄ってくる天使に、私は真っ向から睨み返す。
「冷やかしでも冗談でもない。この目を見て分かんないの」
じっ、と私は自分の目を人差し指で指した。
私は真剣だ。真剣に宵闇の王と戦おうとしているのだ。
私の真っ直ぐな目を見てうっ、と怯んだ天使はそのまま言い返すことなく私に背を向けた。
「本気かどうかなんて関係ねえな。俺はまだ死にたくない。特にお前のようなバカと心中なんて御免だぜ」
それだけ呟いて、赤髪の天使は去っていった。
むぅ、分かってはいたけど中々厳しい道になりそうだ。
その次に声をかけた天使もほとんど同じ反応を返してきた。
そしてその次も、もう一個次も。
私は中級天使棟のほとんどの天使に声をかけたが、全て断られた。
名の無いギルドに入るつもりがない天使が4割。
私の魔力量を見て、馬鹿にして断った天使が6割。
その全員が宵闇の王と戦うなんてあり得ない、と口にした。
自殺行為だ、諦めろ、と。
プライドの高い天使ですら、決して敵わないと認めるほどの強さなのだ。
残念だけど仕方ない。
本命は下級天使棟だ。
そう気合を入れ直して、私は中級天使棟を後にした。
「お前みたいな馬鹿が倒せるわけないだろ、さっさと諦めて帰れ」
どこかで聞いたことのあるセリフと共に、赤髪の少年天使がそう言った。
下級天使棟に入って声をかけた、一人目でこれである。
なぜみんな、私の言葉を聞くなり馬鹿と決めつけるのだろうか?
全く理解しがたい。
「はぁ」
ここまでくると流石に私も疲れてきた。
全員が全員同じような反応をしてくるのである。
スカウト以前の問題で、私は天使という種族が実はとんでもなく臆病なのではないかと思い始めたのだ。
「ねえ、お前なんかがって言うけどさ」
だから私は少し、怒っているのです。
「それはあなたが怖がっているだけ。勝つ気の無い奴が言う言葉じゃない」
諦めろ、諦めろと。
私は諦めろという言葉が大嫌いだ。
諦めろ、なんて。
人が誰かに押し付ける言葉じゃないんだ。
それは自分で思うもの。
少なくとも、元から諦めているやつに言われる筋合いは無い。
「諦めろ、ってそんなに軽くないよ」
なんかもう、いいや。
こちらがスカウトする側だからずっと下手に出ていたけど。
もしかしたらその態度がダメだったのかもしれない。
そうだ、仲間になるんだ。
対等に言い合える仲じゃ無いとダメだ。
私は呆然とする天使を置いて、下級天使棟の奥へと進んだ。
背中を預け合えるような、そんな仲間を期待して。
◆
「ほー、ほけきょ!」
夕暮れの太陽を見ながら、私は叫んだ。
もう脳みそが疲れた。足も棒のようだ。
「ダメだったかぁ」
私はあのあと、三日間かけて下級天使棟にいた天使全員に声をかけて回った。
その結果総勢856人、全員から見事にお断りされてしまったのだ。
ダメで元々で上級天使棟にも向かったが、そこでは棟の前に立つ結構偉そうな教師に止められて、そもそも入れなかった。
フラッテの話はやはり正しかったらしい。
くぅ〜ここまでの遠征費のこともあるし、無成果で帰るわけにはいかない。
でも天使養成学園の天使には全員声を掛けたし、これ以上打つ手が……。
そんなことを考えながら肩を落としてトボトボ歩く。
「お、あの時の嬢ちゃんかの」
ふと声をかけられて顔を上げると、1日目に立っていた門番さんだった。
よくよく見ると今まで見てきた天使と違って翼が二対あるし、お爺ちゃんだし、もしかしてめちゃくちゃ強い天使なんじゃないだろうか。
1日目に来た時以来会えなかったので、少し気にしてはいたのだ。
「こんばんわ!」
門番さんに走り寄り、挨拶する。
門番さんは嬉しそうに破顔して、飴ちゃんをくれた。
私はお礼を言ってそれを舐めながら、相談してみることにした。
「門番さん、スカウト上手くいきません」
「そうかいそうかい。生徒のみなはもう少し、眼を磨かなければいかんのう」
門番さんは立派な顎髭を撫でて思案するように上を向いた。
そしてふと、閃いたように私を見やる。
「そういえば、校庭には行ったかね」
校庭?
そういえば、できるだけ多くの天使に声をかけるために校舎しか見回ってなかった。
校庭など行ったこともない。
「行ってないです、なにかあるんですか?」
門番さんはやっぱりか、と言わんばかりににやりと笑って、私の頭をまた撫でる。
「行ってみなさい。きっと良いことがある」
「わ、分かりました!」
もしかして、と逸る気持ちを胸に、私は門番さんに背を向けて走り出した。
そしてお礼を言っていなかったことに気がつき、慌てて急ブレーキをかけ、後ろを向く。
そこには誰もいなかった。
今までのやりとりが幻だったかのように、静けさに包まれている。
え、えぇ? と少し困惑したものの、一応空気に向かってお礼をしておく。
今にも体からはち切れそうな期待を胸に、私は校庭に向かって走り出した。
「はぁ、はぁ」
こ、この学校広すぎる!
魔力による軽い身体強化まで使ったのに、全力疾走で10分かかった。
おかげで校庭に着いたけど、辺りはだいぶ暗くなってきていた。
ほとんど落ち切った太陽を見て、私は少し不安になる。
こんな時間だ、殆どの天使は学校から帰宅している。
なのに、校庭に来てなんの意味があるというのか。
その疑問は、校庭の中央に立つ一人の天使を見た瞬間に氷解した。
あぁ、運命の出会いとはこういうことを言うのだろう。
夕暮れに照らされて、絹のような白髪は宝石のように輝いて。
人形のように整った顔立ち、身に纏うのは下級天使を表す制服。
私と同じ空色の瞳は何を映しているのか。
絵に描いたような天使。
一言で表すなら神秘、そんな少女が私を見つめていたのである。
「あんた……魔力すっっくないわね!」
「へ?」
そんな運命の出会いは、身に纏う神秘をぶち壊す一言目から始まったのだった。
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