5 生体兵器
このままではスタミナがないアニタが力尽きるのが先か、体を動かすことに慣れてきた彼女に追いつかれて殺されるのが先か。
「こんな時に限って通風口とかないし!」
しゃあああ!
獣のような、叫びなのか呻きなのかわからない声を上げて一気にスピードを上げてきた。どうやら硬直していた筋肉がほぐれ体が動くようになってきたようだ。
落ちていた物を投げつけてみるものの、腕の一振りで粉砕されてしまった。
「腕力どうなってんの!?」
「殴って人体を壊せる位には力持ちですよ彼女!」
「聞けば聞くほど聞きたくない情報ばっかり!」
ああああ!!
思ったよりも近くから叫び声が聞こえて、驚いて思わず振り返ってしまった。
「!」
彼女はもう目の前にいた。本当に目と鼻の先という表現が正しいほどに。勢いよく走りすぎてうまくブレーキができなかったのだろう、腕を振り上げているので攻撃しようとしているのはわかる。しかしそれよりも体の方が先に接近してしまっているのだ。
殺されそうだというのにアニタが抱いた感想はなんともシンプルだ。
「泣きそう」
その言葉に彼女は目を見開いた。殺意に満ちた顔だというのに、その顔は今にも泣きそうな顔に見えたのだ。
敵意は向けられているが憎しみは向けられていない。殺意はあるが、殺意がない。そんな不思議な様子に見えた。
腕が降ろされる瞬間、死ぬのかなと冷静にそんなことを考えていた時。がっ! と彼女の首が後ろから鷲掴みにされた。そしてそのまま地面に叩き伏せられる。
「ぎゃう!?」
本当に獣のような声だ。そのまま地面に押さえつけていたのは、よく見知った顔。
「デル!」
「彼女に勝つってどうなってるんですか!?」
「私を差し置いて美少女と鬼ごっこすると良い度胸だ」
「ああもう、全員言ってることがバラバラ、俺がまとめるからちょっと待って!」
デルによって押さえつけられている彼女は無理矢理体を起こそうとしてくるものの。デルは彼女の両手両足を持ってきたワイヤーのようなもので後ろに縛り上げた。
よく見ればそれは宇宙船を停留させるときに使うワイヤーだ。メーカーの謳い文句を信じるなら戦闘艦が全力で発進してもちぎれない代物らしいが。それで縛られてもなおギチギチと音を立てて、今にも引きちぎらんばかりの動きを見せている姿にちょっとぞっとする。
「彼女を守るロボットと会って、兵器の彼女が目覚めて殺されそうになった! 水は彼女がいた部屋にあるから回収できる! デルは色々と器用なおっさん!」
「私の説明がひどく雑なのはともかく。ロボットまで美少女に追いかけ回されていたようだが」
「トモは全て記録をデリートされてますのでわかりません、トモを有効的存在とは認識してもらえなかったのは確かです」
「ふむ」
デルは何かを考え込むと彼女を荷物のように担ぎ上げる。終始彼女は暴れようとしているがその度にワイヤーが関節に食い込み、どうやら激痛らしく顔をしかめて徐々におとなしくなってきた。
「まずは水が先だ。この美少女については何も残っていないだろうが、見るだけ見てみるか」
「わかった。それと目隠ししていい? その人のこと」
「お前もそういうプレイに目覚めたか、私と語り合える日は近いな」
「ちゃうわ!」
そこは全力で否定した。
「セクハラ発言を認めましたよ! トモは彼女を守るためのロボットですから、彼女に害を成すものは許しません!」
未だアニタの腕の中に抱えられているトモは手足をブンブンと回している。全く迫力がないのだが、一応彼女を守る意思はあるようだ。
「あなたもなんてプレイを提案しているのですか!?」
「プレイってなに!? 俺はその人の目が怖いから目隠ししたいって言ったんだよ! なんかずっと俺のこと睨んでるんだけど!?」
そう、暴れ回る彼女は終始アニタを見つめ続けている。トモやデルには目もくれずアニタだけを。先程の泣きそうな顔はどこかに吹き飛んで今ははっきりと殺意が湧いている。
「ずいぶんと熱い視線だ」
「焼き殺されそうな勢いだよ」
「しかし目隠しは有効だ、視覚情報を絶たれるのは生物において命の危機を感じるには適している。野生動物も目が見えなくなったら聴覚と嗅覚に頼らざるを得ないから下手に動かんしな」
完全に野生動物扱いしているが、もはや間違っていない気がする。そこら辺にあった布を拝借して目隠しをすると先ほどよりもおとなしくはなった。
「一応確認するけど。本当に何もデータないの?」
アニタが改めてトモに問いかけるとトモは「はい」と言って俯いた。
「トモに残っているのは一つだけ。彼女を助けることです」
「そういえばその人の名前は?」
「解りません」
「それも残ってないの? なんか変な話だね」
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