第7話:おじさんとお母さん

 夜中、小夜は喉の渇きで目を覚ました。


 枕元の時計に目をやると、時刻は深夜2時すぎ。部屋は静まり返り、外はしんとした気配に包まれている。

 まだ真っ暗な天井をぼんやりと見つめながら、布団から抜け出す。


「……水、飲もう……」


 眠気でふらつく足を踏みしめながら、階段へと向かう。

 その途中、ふと耳に何かが届いた。


「……あっ……そこ……気持ちいい……!」


 思わず足を止める。声は、和室の方からだった。

 しかもその声は——母のものだった。


(……え? お母さん?)


 さらに、低く落ち着いた声が重なる。


「力、加減しますね」

「うん……大丈夫……ああ、そこ……すごい……!」


(ま、まさか!? 今のって……おじさん!?)


 眠気は吹き飛んだ。

 理解が追いつかない。混乱する頭に、次々ととんでもない妄想が浮かび上がる。


(ちょ、ちょっと待って!? それってつまり……!?

 えっ? 私が寝たあとに!? そんな展開アリ!?)


 赤面と動悸が止まらない。


(まさか、おじさんとお母さんが!?)


 頭の中に浮かぶのは、はだけた姿の母と、筋トレで引き締まったおじさんが……。


「だめだめだめ!!!」


 心の中で叫ぶ。


 でも、そのまま立ち去ることはできなかった。


(……気になる。ダメだってわかってても、気になる)


 小夜はそっと階段を降り、スリッパを脱いで、裸足でそろりそろりと和室へ向かう。


(お願い、音を立てないで……!)


 心臓がバクバクする。


 和室の前に立ち、息を殺す。


「すごいわ……なんだか、羽が生えたみたいに軽い……」

「異世界で……あ、いや、旅館のマッサージ師に教わったんです」


(今、“異世界”って言いかけた!?)


 目を見開き、小夜はそっと襖に手をかける。


(……ちょっとだけ。ちょっとだけだから)


 ほんの数センチだけ襖を開け、覗いたその先で——


 正座したおじさんが、母の肩を真剣な表情で揉んでいた。


 母はパジャマ姿で、目を閉じてうっとりとした表情を浮かべている。背中にタオルがかけられ、どう見てもただのマッサージだった。


(……マッサージかよ!!!)


 心の中でツッコミ。気が抜けると同時に、どっと疲れが押し寄せた。


 そっと襖を閉じ、物音を立てずにその場を離れる。


 台所へ行き、冷たい水をコップに注ぎ、ごくごくと飲み干した。


「……なんだったんだ、もう……」


 ため息混じりに呟く。


 自室に戻り、布団に潜り込む。

 でも、なかなか寝つけなかった。


 さっきの光景が、何度も脳裏をよぎる。


(肩揉みだった。普通に、肩揉みだった。でも……)


 母のうっとり顔。

 おじさんの真剣な眼差し。


 どうしてだろう、胸の奥がざわざわして、落ち着かない。


(……何これ、なんで私がこんなに気にしてるの?)


 枕に顔を埋めて、ぐるぐると考える。


 別に、おじさんは私のなんでもない人だし。

 マッサージくらい、母としたっていいはずだし。


(でも……なんか、イヤだったかも)


 その気持ちに気づいた瞬間、顔がまた熱くなった。


「……もー……寝よ……」


 布団をぎゅっと抱きしめ、無理やり目を閉じた。

 

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