第二回

 二階にエアコンはなく、絨毯もなく、絨毯がないおかげですっきりしている。西側の窓に向かって机が置いてある。原稿はここで書けるわけだから一階したの、ふたりの身体が染みついた場所に居座らなくて済む。と言うのも、ぼくがここへ来たのもふたりが留守の間、シロミを見ていてほしいというものだから、それなら毎年のように隣の坂本さんに預かって貰えばいいのにと、電話で話したときに言ったのだけれど、お孫さんが来ているらしくて、どうにも不安だから止したのだという。

 荘平は絵と音楽をしていて、鎌倉の方に画廊を持っている。それで画廊に置くのに、三月ばかり前、新潟で買ったブルーノ・タウトの椅子を受け取りに行くのと向こうで宇野さんという次に画廊で開こうとしているイベントの打ち合わせをするので二晩は留守にするというのだ。

 窓からはちょうど向かいの山が見える、まだそこまで古びていない平屋建てが幾つかありポツリ、ポツリと二階建てが建っている。所々、そこそこ育った木々がある。風が吹くと葉が捩れて白い裏側が見える。物置小屋の雨樋に小枝が溜まって雨に湿っている。

 西側の窓と北側の出窓を全開にしてこれで少しは涼めるだろうと、ガタが出ている網戸のことが気になるけれど、まあこんなもんかと思ってシロミを探しはじめた。シロミは白と黒のハチワレ猫で、八歳になるのだと思う。明日が来なければいいの、来るとか行くとかではなくて。動いている。動きが始まって。そんなことは馬鹿げている。いや、馬鹿げてはいない。明日が来て欲しい。明日も来てほしい。大きな手を後ろに隠して、爪は傷んでいるけど鋭いわけじゃない、壁の中でぼくのことを見ている。火を焚くのだ。すこしの雨でも白い煙が立ってしまうのだから。上に屋根を拵えて。狼煙をあげなくてもいい。なるべく目立たぬように。


 背後から 夜がお前をすっぽりつつんでいる

 夜がすっぽりとお前をつつんだ時こそ

 不思議の時

 火が 永遠の物語を始める時なのだ [ⅱ]


 二階の廊下は両端に出窓があるのにも関わらず、陽の光が入ってこないのだ。蒸し暑い、北側の出窓は開けてある、風が強いわけでもないのに窓のあるところまで近づいている間は、びゅーびゅー吹いている。


 白樺の皮へ火をつけると濡れたまま、カンテラの油煙のような真黒な煙を立てて、ボウボウ燃えた。Kさんは小枝から段々大きい枝をくべてたちまち燃しつけてしまった。その辺が急に明るくなった。それが前の小鳥島の森にまで映った。[ⅲ]


「シロミ、外だったよ」

「外!」

「ここから見えるかな」

 と、壮平がぼくが過ごすことになった階段を上ってすぐ左にある部屋の北側の窓から庭を見下ろしてしばらく探したが、あれ、居ない、と言って、ぼくらは階段を下りると、壮平が後から付けた猫用の入り口からシロミの頭が出て来て、ぼくが、シロミと呼ぶ、シロミは少ししてこちらを見て、また前を向くと階段を上って行く。

 ひとりで部屋に戻るとシロミが机の上で寝ていた。






[ⅱ]山尾三省 「火を焚きなさい」『びろう葉帽子の下で』〔新版〕(2020、野草社)


[ⅲ] 志賀直哉「焚火」『志賀直哉 ちくま日本文学021』(2022、筑摩書房)

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