椅子の緑深くへ
ToKi
第一回
五井からは、大多喜街道のすぐ横を小湊鉄道が走る。牛久駅が近くなると辺りは山に囲まれており夏になると、随分、むんむんしていて息苦しい。
馬立を少し越えたとこまで車を走らせ、洋食レストランか何かだと思うけれど、ログハウスになっていて。ぼくはいつも通り過ぎる。
牛久駅のすぐ手前には廃れてしまったが商店街がある。店仕舞いをしていない店は幾つあっただろうかと思い返してみても、どれも開いてるという印象はない、シャッターが閉まっているというのでもなくて、どの店もガラス戸が閉まっている、中は雑然としていて。
小さい電気屋がまだお婆ちゃんと息子だか孫だか忘れたが、ふたりでまだ営んでいる。最近では、慎ましくはあるが、業務スーパーが出来たらしいのだ。駅前にはマクドナルドがあってそこでチキンフィレバーガーを二つ三つ頼んでセレナに戻った。ケチって安物のタイヤを履かせているので、乗り心地が良いかと言われれば、慣れたらまあ、良くもないが悪くもない。とは言っても、いや、良くないですよと言ってもいいのだけれど。
従弟の家には始めて行く。せっかくだから来なよ。と言うので、何がせっかくなのか、「せっかく」だとか「だから」とか言う言葉を使う人間と言うものはいい加減なもので。
私がまったくつんぼではないことは、雑音が耳に入ってくることからはっきりわかる。なにしろここをほとんど沈黙が占めていいるとしても、それは完璧ではない。この場所ではじめて聞いた騒音を思い出すし、それからも頻繁にそれを聞いた。なにしろ、話の段取りのためにすぎないにしても、ここに滞在し始めたのがいつのことだったか、まがりなりにも知っておかなくてはならない。[ⅰ]
コスモ石油のガソリンスタンドを目印に左折してしばらく走らせていると、二階建ての家だと言っていたけれど、それだけでわかるわけがないと思っていたが平屋建てが殆どで、容易に検討がついた。今日は道が空いている、普段からこうなのか、と、家の前まで来て確認してみると、車で入れるらしかったので、そのまま静かに入れて停めた。家は親が建てたものらしく築三十年は建っている、玄関は引き戸で縁側もあるいし格好としてもけっこう悪くないんじゃないかと思って、車から降りると弱いチリチリという音がして、振り向くと、お婆さんが自転車で通りかかったらしい。
玄関のチャイムをならすと、壮平の妻である真由さんが出て来て、ああ、いらっしゃいませ。暑いから入ってよ、と、白いシャツで横に青い線が幾つか入っている服を着ていて、まさか旦那とお揃いだったりしてと、バカなことを考えていたが、壮平は、深緑色のTシャツを着て、キッチンの方から出てきたので、ぼくは、違うんだと思わず口に出してしまった。
「違う?」
「ん?服よ…」
「服…?お揃いってことか」
「そう。違ったんだなと思ってさ」
「揃えるわけないだろ」
「そうかあ」
荘平はすこし待っててと言って、ペットボトルの冷えたコーヒーを持ってきた。
「もう酒はやめたの?」
「この人、ふつうに呑むよ」
「なんだあ。甘いコーヒーを買うくらいだからてっきりやめたと思ったのに」
「なんか偶にはなあ、飲みたくなって、買っておいてんだよ」
「あれ、シロミは二階?」
「二階だよ。寝てる、寝てる」
「今年は直哉が来てくれたから、預かってもらわなくて済んだよ」
[ⅰ]サミュエル・ベケット(著)、宇野邦一(訳)『名づけられないもの』(2019、河出書房新社)
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