第5話
マミィ=ディハマドはミイラ男である。
「ミ、ミイラ男ですか?」
「えぇ。ディハマドさんから直接聞いたわけではありませんが」
「マムは見ての通り変人だからね。自分の興味が無い話題だと基本無口なんだよ」
「そうなんですね」
テストが終わり、明花の事件も無事に収束し、とりあえずは平穏な日常を取り戻した流人。
そんな彼は今、麗子と明花の二人からマミィの情報を聞いていた。
マミィ=ディハマド。
背丈は190センチを超えており、身体は服の上からでも分かるほど痩せ細っている。
いかにも不健康なその見た目は、切裂麗子を除いて二年四組で一番人間からかけ離れていると言っても過言ではない。
「ディハマドくんは包帯を操ってますけど、ミイラ男にそんな力あるんですか?」
「いえ、私も詳しくは……」
「キリキリに分からないんじゃ、あたしにも分からないね」
「そうですか……」
吸太郎や明花とは違い、マミィの力は謎に包まれている。
「うーん、謎が多いんですね」
「そうですね……あの、野間さん」
「はい? どうしました?」
言いにくそうに話を切り出す麗子。
流人は不思議そうに彼女を見つめる。
「別に、無理にこのクラス全員と、誰も彼もと仲良くならなくてもいいんですよ?」
麗子のその忠告は、前のような人間とバケモノとの話ではない。人間と人間の間でも起こりうる問題である。
「確かにクラスメートのことを知ってほしいとお願いしたのは私ですが、野間さんの身に危険が及ぶことまで想像が及んでいませんでした。それに……」
「それに?」
「……最近、予期していない
麗子の言う『予期していない輩』。言うまでもなくAEOMで流人達を襲った玖牙一華のことだ。
ディハマドとは違う意味で、彼女もまた謎に包まれた存在である。
「私も彼らについて調べてはいますが、私達に敵対しているのは明らかです。慎重になるに越したことはないかと」
「そう、ですかね」
「キリキリの言うことも一理あるよ。まぁ、るっぴーのおかげで力を制御できるようになっためーちゃんには、何も言えないんだけどね」
流人を擁護するように明花は笑顔を見せる。
ショッピングモールの一件の後から、明花の力が暴走することは無くなった。
「大丈夫です、切裂さん。めーちゃん。僕はこれまでも無理なんかしてきてないし、これからもするつもりはないよ」
麗子と明花の動きが同時に止まる。
二人の目は見開かれ、驚いた顔で流人を見つめている。
「……それ、本気で言ってます?」
「へ?」
「無駄だよキリキリ。るっぴーはあたし達が思ってたより大分変な子だから」
「え、え?」
溜め息を吐かれ、二人からジト目で睨まれる心当たりは、流人には無かった。
「なんと言うか、るっぴー変わったよね」
「そ、そうかな?」
「そうだよ! 最初にお昼食べたときは挙動不審でどっか行っちゃうし!」
「あれは! その、緊張してて……」
「今は結構明るくなったし、めーちゃんは嬉しいよ」
笑顔の明花に、不思議そうな顔で流人は首を傾げる。本人には変わった自覚も無いのである。
「野間さん! 話は変わりますが、どうして急にディハマドさんのことを聞きに来たのですか?」
「あー……それは……」
流人は廊下に目をやる。
「「……あ」」
麗子と明花の声が重なる。
教室の扉の隙間から、痩せ細った顔と血走った目が見えた。
「あれは……ビックリしますね」
「二週間くらい前からああなので、もう慣れちゃいました」
「おーい! マムー」
明花が手を振ると、マミィは何も言わずに扉の前から立ち去ってしまう。
「声をかけようにも逃げられるし、授業が終わるとすぐにどこかに行っちゃうから、まだちゃんと話せてないんです」
「なるほど。では図書館に行ってみてはどうでしょう?」
「図書室? この高校にそんな教室あったんだね」
「るっぴー、一応うちも私立高校だよ」
学級崩壊どころか学校崩壊している私立楊ノ下高校。普通に考えて図書館が存在しているかどうかも怪しい。
「ディハマドさんは授業以外では大体あそこにいますから、一度行ってみてはいかがですか?」
「そうですね。ありがとうございます」
「ふーん……」
にやついた顔の明花は麗子を見つめている。
その視線に気づいた麗子は、いぶかしげに明花を見つめ返した。
「……何ですか、透堂さん」
「いやぁ? あからさまだなって思っただけだよ?」
「もう……」
不機嫌そうに拗ねる麗子を見て、明花は何も言わず、ただ心底愉快そうに笑みを浮かべる。
流人だけが何のことか分からず、ただただ不思議そうな顔で二人の顔を見つめていた。
私立楊ノ下高校には基本的に綺麗な教室は存在しない。
ほとんどの教室の窓は割られ、校舎の至る所に落書きがされ、挙げ句外壁に『喧嘩上等』と書かれている高校に普通の教室が存在すると考える方がおかしいだろう。
しかし、そんな楊ノ下高校にも例外的に綺麗な場所はある。
一つは二年四組の教室。教室から廊下にかけて、落書きどころか埃一つ落ちていない。
これは言わずもがな、学校における彼らの力の大きさを表している。
「そしてもう一つがこの図書館だ。何故だか分かるかるっぴー殿?」
「さ、さぁ……分からない、です」
「それはこの地が人類の存続のために必要だからだ。人生と思想つまりは知恵と知能。そんな知的な行いからは縁遠い粗雑な輩から先人が残していった人生を守ってきたからだ。無論我がその番人である」
「そ、そっか……」
放課後、図書館を訪ねてきた流人に、マミィ=ディハマドは読んでいた本から目を離すこともなく、開口一番そんなことを早口で
「そして問おう。番人が
「あ、えっと……次の期末テストの勉強に。中間テストの成績は良くも悪くもなかったから」
「現状に満足せず行動することは良いことだ」
「あ、ありがとう?」
綺麗に掃除された机の上にテキストを広げ、勉強を始めることしかできない。
流人とマミィしかいない空間に、ペンを走らせる音と本のページをめくる音だけが響き渡る。
「るっぴー殿はめーちゃん殿の暴走を止めたそうだな。透明化の暴走。つまりは不可視を超えた真の透過。暴走の抑制まで可能になったことからもおそらく彼女は『透明人間』ではなく『不可視人間』といった認識を自身の脳内で再び力が定義づけたのだろう。しかし一体どうやってやったのだ」
「えっと……い、一個ずつ説明しますね」
マミィの情報量の多さに困惑しつつも、流人はショッピングモールでの一件を順序立てて説明した。
「なるほど。素晴らしい手際の良さだ。賞賛に値する」
「あ、ありがとうございます?」
口調は確かに偉そうだが、この間にも彼は本から一切目を離していない。
気になった流人は会話を途切れさせないため、マミィに質問してみた。
「ねぇ、ディハマドくん。いつも何を読んでるの?」
「その質問には答えられない。他の質問にしてくれ」
間髪入れず返ってきた答えに思わずたじろぐ。
ただの雑談とは思えないほど、マミィの纏う雰囲気は異質だった。
その空気が流人に、彼の意に沿う質問を強制させる。
「えっと……ディハマドくんはいつもここで何をしてるの?」
「愚問。知を蓄えている」
確かに、図書館ですることと言ったら読書以外ないだろう。
「じゃ、じゃあ、ディハマドくんはいつも家では何をしてるの?」
「我に家は無い。ここに住んでいる」
何でも無いかのようにマミィはそう告げる。
「ディ、ディハマドくんは、何者なの?」
「我はマミィ=ディハマド。それ以外の何者でもない」
その返答を最後に、流人は再び黙り込んだ。
マミィ=ディハマドは変人である。この短い会話の中で流人はそれを悟っていた。
「……我のことを知りたいのか?」
「え?」
だからこそ、その言葉は意外なものだった。
「Q殿とめーちゃん殿との交流を深め友情を育んだるっぴー殿が次に接触を図るのは我だということは理解している。そして先ほどの質問からるっぴー殿が我のことを知りたいと感じているのだと推測。それを踏まえての提案だ。我のことを知りたいのか?」
「え、えっと……」
しかし、流人は誤解している。変人だから理解できないのではない。彼のことを誰も理解できないから変人なのだ。
「知りたい……です」
「ならば今日の二時にここへ来るがいい」
「二時って……夜?」
「当然だろう。深夜二時、この学校の図書館で集合だ。そうすれば全てを教えよう」
仮に変人を理解する者が現れたなら、変人は変人でなくなる。
「我のことだけではなく、この学校のことも」
時刻は夜の一時。流人は通学路を歩いていた。
普段とは印象が違う、夜の通学路。街灯と満月だけが夜道を照らし、人の気配は全く無い。
この時間では流石に不良達も帰ったようで、校舎の中にも校庭にも人は一人もいないようだった。
「んー、正門乗り越えるしかないかな……ってあれ?」
高校の周りを一周し、全ての門が完全に閉ざされていることを確認した流人は、再び正門へと戻ってきていた。
「誰かいる?」
校舎の中から一人の人影が出てくる。
近づいてくるにつれ、それが誰なのかが徐々に分かってきた。
月光に反射して輝く金色の髪と両耳に開けられた無数のピアス。
「Q? なんでここに?」
「マムに呼ばれてな。オレもよく分かってないんだが、とにかくるっぴーが来たら連れてくるよう言われてんだ」
「そ、そうなんだ……」
「ちょっと待ってろ。今ここ開けてやっから」
吸太郎はそう言うと驚くべき手際の良さで正門の鍵を開け、流人を中に招き入れる。
深夜だからだろうか、一歩足を踏み込んだ時点で独特の空気が流人を包んだ。
「なんか、寒いね。もうすぐ夏なのに」
「とりあえず中に入ろうぜ。ディハマドが待ってる」
「そ、そうだね」
歩き出した吸太郎に置いていかれないよう、流人も彼の後を追う。
荒れ果てた校舎の中は日中とはまた違った恐怖を煽った。
「Q、ディハマドくんはなんでQも呼んだんだろうね」
「さぁな、アイツの考えてることはオレにも分からねぇ」
「そっか……」
会話はすぐに途切れ、廊下を歩く二つの足音は反響し、静寂と不気味さが不快に混ざり合う。
「ふぁあ……」
「眠そうだね。Q」
「そりゃそうだろ。寝てるときにいきなりたたき起こされたんだからな。今何時だと思ってやがる」
「……ねぇ、Q。なんでディハマドくんはQを呼んだのかな?」
足音が止まる。流人も少し距離を置いて止まった。
「るっぴー、さっきから何度も同じ質問してるぞ? 寝ぼけてんのか?」
「寝ぼけてなんかないよ。ただ考えてるんだ。なんでここにいるのがめーちゃんでも切裂さんでもなくQなのか」
振り向いた吸太郎はどこか歪な笑みを浮かべている。緊張しているのか、表情筋がとても固い。
「何言ってんだよ、めーちゃん達は女の子だろ? こんな時間に呼び出せるわけないだろうが。変なこと言ってないで早く行くぞ」
流人は無言でスマホを取り出し、電話をかける。
静まりきった廊下を、無機質な呼び出し音が占拠した。
「……どこにかけてるんだ?」
吸太郎が口を開いたのとほぼ同時に、呼び出し音が止んだ。
吸太郎から目を離すことなく、流人は電話をスピーカーモードにする。
「もしもし」
電話の向こうはすぐに流人の問いかけに答えた。
「るっぴー? どうしたんだよこんな夜中に。別にオレは大丈夫だけどよ。半分吸血鬼だからこんな良い満月の夜は寝られなくてさぁ! 寝ずにゲームしてたんだ! 寝れないならるっぴーもどうよ? るっぴー? おーい、聞こえてるかー?」
「ごめん、またかけ直す」
「は? ちょっと待──」
目の前で黙り込む吸太郎を睨みつけ、静かに後退する。
「……驚いたナ。完璧に模倣したはずナノニ」
それは作り笑いを浮かべたまま、流人に近づいてくる。
「完璧? 確かに見た目はそっくりですが、仕草や発言が全然違いますよ」
「ほゥ? 一応聞いておこうカ。一体いつ気づいタ?」
「初めからですよ。正門も裏門も完全に戸締まりされていて、学校の周りに誰かが侵入してきた痕跡は無かった。それなのにあなたは校舎の中から出てきた」
「他には無いのかイ? まさかそれだけで決めつけたわけではないだロ?」
「もちろんですよ」
口を動かしながら、頭は逃走経路を考える。
学校の外に逃げるのは難しい。それならばマミィが待つ図書館に向かった方が早いだろうか。
しかし、この目の前の『吸太郎もどき』の正体が分からない以上、逃げ切ることが先決。
一歩一歩後ずさる流人。
「Qは吸血鬼なんです。夜が本来の活動時間。それなのに寝ているとこを起こされ、眠くて不機嫌だと言っているのは少し不自然だ。そして何より……」
「何よリ?」
「Qがめーちゃんを呼ぶときは、『明花ちゃん』って呼ぶんですよ」
それでも確証は無かった。だからこそ吸太郎に電話をかけたのだ。自宅で夜更かしをしているであろう悪友に。
「は、ははは、あはははははははははははははは」
壊れた人形のように、吸太郎の口から笑い声が溢れ出す。
流人は振り返って逃げようとするが、それは直立のまま明らかに人間でない挙動で流人に飛びかかる。そしてそのまま馬乗りに組み伏せられてしまった。
「あははははははははははははははははははは」
「あなたは誰なんですか! なんでQの姿をしてるんですか!」
それは答えることなく、ただただ抑揚の無い声で笑い続ける。
いつしかそれは笑い声ではなく、何人もの声が入り交じったような不協和音へと変貌を遂げていた。
「AHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHHAHAHAHAHHAHAHAHA」
流人が見上げたそれの顔は、右半分がもう吸太郎のものではなくなっていた。
彼を見下ろす生気の無い瞳。一切変わらない石でできた表情。
「せ、
流人の首を絞めるそれは、美術室においてある、端正な男性の顔を模倣した石膏像だった。
「が……あ……」
必死に抵抗するが石膏像の腕は、まるで最初からその形だったように、流人の首に食い込んで外れない。
頭に酸素が回っていかず、視界はぼやけていく。
「っ……」
瞬間、楊ノ下高校に転校してからの記憶が流人の脳内を駆け巡った。
転校初日に三年に拉致されたこと。
吸太郎と思いをぶつけ合ったこと。
明花と共にショッピングモールの三階から飛び降りたこと。
《あれ、なんか死にかけてばっかだな》
「AHAHAHAHAHAHA──」
そのとき、どこからか無数の包帯が飛んできた。
包帯は石膏像に絡みつき、勢いよく流人から引き剥がす。
「がはっ!」
咳き込みながらも空気をこれでもかと吸い込み、走馬灯から必死で遠ざかる。
まだぼやける視界の中、包帯が伸びてきた方向を見ると、見覚えのある人物と繭のような包帯の塊があった。
「ディ、ディハマド、くん?」
「ふむ、実に興味深いな。恐らくるっぴー殿の記憶を元に生成されたであろうQ殿の肉体。顔だけではなくその体格までも模倣しているとは。しかしどうやら身体能力やその特異性までは模倣しきれていないのか。それともQ殿の異能は血液に宿るもの故血液の無い石膏像には模倣は不可能だったのか。これが我やめーちゃん殿だったらまた話は変わってくるのだろうか」
流人には目もくれず、包帯でグルグル巻きにされた石膏像の前で男はブツブツと独り言を呟いている。
「ん、るっぴー殿。無事か」
「本物のディハマドくんだ……」
自らの興味を第一に、他人の心配は後回し。まぎれもなくマミィ=ディハマド本人である。
「ディハマドくん、これ何なの?」
「石膏像だ。楊ノ下高校七不思議その十二『模倣する石膏像』」
「七不思議その十二って……それ七不思議じゃないのでは?」
「細かい説明は後だ。まずはこれを封印し美術室に収納する」
そう言うとマミィは右腕から紫色に光る包帯を、未だうごめいている繭に向けて一直線に飛ばす。
すると包帯はあっという間に全体を覆い、繭の動きを完全に止めた。
「封印完了。美術室に運び収納する」
「僕も一緒に運びます!」
「必要ない。るっぴー殿は先に図書室で待っていてくれ」
腕から飛ばした無数の包帯で石膏を持ち上げながら、マミィは軽く言い放ち、危険な目にあったばかりの流人を置いていく。
それがマミィ=ディハマドという人物なのだ。
「あ、は、はい……」
そして、こういうときには強く出られないのが野間流人なのであった。
「私立楊ノ下高校には七不思議がある。人間のるっぴー殿には分からないかもしれないが、それ自体には何の問題も無い。学校のような人が多く集まる不安定な場所には怪奇現象は付きものだからな。しかし、この楊ノ下高校の特異性は七不思議が多すぎる。いや、正確には七不思議になり損ねた、なりかけと言った方が正確だろうか。我が調べた限りでその数は百を超え、日に日に数を増している。それに伴い力を増した『七不思議もどき』達は先ほどの石膏像のように攻撃的になったりするのだ。そしてそれを封印するのが我の使命である」
「ちょっと整理する時間をください」
図書館に戻ってきたマミィは早口で『細かい説明』を行った。
百以上ある七不思議。楊ノ下高校の特異性。全てが現実離れしている。
「……この学校には危険な妖怪達が発生してて、それをディハマドくんが封印しているって認識で良い? 妖怪バスターみたいな」
「おおよそは間違っていない」
「そんなファンタジーな……というか、なんでそんなことを一人でしてるんですか?」
「理事長との交換条件だ。七不思議もどきを封じ続ける代わりに、我をここに住まわせてくれるというな」
「理事長先生の?」
楊ノ下高校の理事長といえば、莫大な資産を用いて気まぐれにこの学校を設立し、不良を野放しにしている道楽者。老人ということ以外、経歴も何もかもが不明の謎の人物。
様々な噂が、この学校の悪名以上に轟く人物なのだ。
「情報網を張り巡らし、我らのような存在をいつもどこからか集めてくる。まさに奇人だ」
「もしかして、二年四組って……」
「るっぴー殿が察した通りだ。Q殿もめーちゃん殿もキリキリ殿も、理事長が見つけてここに入学させた」
そして、その全てが道楽。
あのマミィに『奇人』と言わせるのも納得の人物である。
「いろいろ急すぎて頭が追いつかない……」
「焦る必要は無い。まだまだ夜は長いのだから」
「え?」
「次の七不思議もどきを封印しにいく。移動しながら詳しい説明をする。るっぴー殿にも付いてきてもらおう」
足早に図書室を出て行くマミィに、遅れないように流人もついていく。
そうして、まるで流れ作業のような妖怪退治が始まった。
「理事長が我々のような人ならざるものに理解がある理由は我も知らない。もともと謎の多い人物だからな」
「そ、そっか……」
池から飛び出して空を飛ぶ鯉を締め上げる。
「だからこそ、楊ノ下高校七不思議の一つなのだろうな」
「え! 理事長先生も七不思議なの?」
「あぁ、だが理事長はこいつらとは違い、正真正銘の七不思議だ」
牙の生えたグランドピアノを締め上げる。
「これでも安定している方なのだ。不思議が七ついれば完全に安定するのだが、今は六つしかない」
「六つ? その七不思議は僕らを襲ったりしないの?」
「るっぴー殿は既に彼らと交流しているだろう?」
体育倉庫を縦横無尽に飛び回るダンベルを縛り上げる。
「口裂け女。吸血鬼。透明人間。彼らほど存在が強力な怪奇はいない。だからこそ理事長はこの学校に彼らを呼び寄せ、『七不思議』として安定を図ったのだろう」
「ちょ、ちょっと待って。いきなりいろんな情報が出てきて混乱してるんだけど……」
「我は話を短く簡潔に纏めるのは得意ではない。その辺りはキリキリ殿に聞くといい。二年四組の中であの委員長は理事長と最も付き合いが長い」
「……今度聞くよ。機会があれば」
トイレから出てきた赤いスカートの少女を縛り上げる。
「切裂さんで思い出したけど、ディハマドくんってミイラ男なの?」
「そうだが、少し違うとも言える。我はもともと七不思議の一つなのだ」
「……え?」
「『柳の下の
全力疾走する二宮金次郎像に包帯を
「ミイラ男じゃなかったんだ……」
「キリキリ殿とめーちゃん殿は知らない。これを知っているのは理事長だけだ」
「そうだったんだね、ありがとう。教えてくれて」
「気にすることはない」
二宮金次郎像は背中に背負ったジェットパックで上昇を始める。
「るっぴー殿、我にも一つ聞きたいことがある」
「……ねぇ、ディハマドくん。あの金次郎像に躱されまくってるけど大丈夫? 動きも変だし」
「うん? あぁ、大分危ないな。殺されるかもしれん。ところで我の質問というのはな──」
「後! 後にしよう!」
上昇しきった二宮金次郎像のジェットパックから、ミサイルが発射される。
流人は呑気なマミィの背中を押し、校舎の中へと逃げ込んだ。
瞬間、爆風と共に身体が壁に叩きつけられる。
「あ、あれ本当に七不思議? どう見てもロボットだよ!」
「『K―MIYAⅡ式』自立走行と飛行性能を兼ね備え、背中には対人ミサイルを積んだ最新鋭の機体……の幽霊だ」
「世界観があそこだけおかしい!」
「るっぴー殿、我の質問なのだが──」
「き、君はほんっとーに自由だな!」
ディハマドの自由人ぶりに、流人は怒りを通り越してもはや呆れていた。しかし、マミィに怒鳴りつけてもこの状況が好転するわけではない。
「とにかくあの殺人ロボットをなんとかしないと! 質問はその後で!」
「……心得た」
流石にミサイルを放つ存在を放置しておくわけにはいかないと思ったのか、マミィもロボット退治に動き出した。
「ディハマドくん、あのロボットについて何か知ってることはある?」
「奴は熱探知で対象を認識する。夜の闇に隠れて奇襲をかけることはできない」
「ホントに、なんでそんな性能まで搭載されてるのかな……」
「奴らの存在は他者によって確立される。つまりは奴らのステータスの形成は噂話に依存するのだ」
「じゃあ、どこかにロボット好きな生徒がいたってことか……やばい!」
暗闇の中で光る赤い目が、流人達の方を向いた。マミィの手を引き走り出す。
割れた窓から一発のミサイルが飛び込んでくる。そのまま急カーブして流人を追尾してきた。
「うそ! 追ってきた!」
「るっぴー殿はそのまま走れ」
マミィは放射状に包帯を張り巡らし、包帯でミサイルを絡め取る。
「ちょ、ディハマドくん!」
そしてミサイルを拘束したまま窓から外に飛び出し、暗闇の中でも迷うことなくロボットに向かって走り出す。
「その特性には興味があるが、まずは大人しくしてもらおうか」
その細い腕のどこに力があるのか、マミィは包帯で繋いだミサイルを
金属と金属がぶつかる音がする。しかし、金次郎像はどこも欠けることなくそこに立っていた。
「中々に硬いな」
一度距離を取ろうとするが、金次郎像からの異音にマミィの足が止まってしまう。
それは好奇心からか、それとも恐怖心からか。
「ふむ、面白い」
金次郎像の口が大きく開き、奥から小さな砲台が出てくる。
光が一点に収束し、明らかにビームか何かが発射されそうだというのにマミィはそれを眺めている。
「ディハマドくん! 危ない!」
全力で走り、マミィを横から突き飛ばす流人。
二人が地面に激突したのとほぼ同時、熱と衝撃で更に吹き飛ばされる。
「こ、これは反則じゃないの……」
二人が先ほどまでいたところはレーザーにより地面もえぐり取られている。
明らかに桁違いな破壊力。食らえば人間の流人はもちろん、マミィでさえひとたまりもないだろう。
「るっぴー殿、そのまま走れと言ったはず……」
「置いていけるわけないでしょ! 早く立って!」
砲台を口の中にしまい、背中のミサイル発射口が再び開く。
「……るっぴー殿、一つ質問がある」
「そんなこと後で良いでしょ! 今は早く──」
細い手が流人の襟首を掴む。
「我にとっては重要なことだ! 答えてくれ野間流人!」
初めて見る焦ったようなマミィの顔。その血走った目からは、確かに真剣さが伝わってきた。
流人の頭からは、今の状況が一瞬だけ抜け落ちる。
腰を下ろし、目の前の少年の言葉を聞き逃さないように全神経を集中させる。
「うん、分かった。聞くよ」
不思議と今のマミィ=ディハマドのことなら理解できる気がした。
ゆっくりと、包帯だらけの少年は口を開く。
「友を作るためには、自分を変えなくてはならないのか?」
それは変人なんてものとはかけ離れた、あまりにも普通の疑問だった。
「我は七不思議の一つ。彼らとは違い、我の存在は非常に曖昧で不安定。だから我は我であるという証明が必要なのだ。存在を維持するために決して変わらない。変われない」
流人を掴んでいた手が離れる。細く、か弱い手が。
「家族も友も、我には存在しない。我には我しかいない。初めはそれを悲しいとは思わなかった。当然だ。そういうものとして受け入れてきた……だが、気づいてしまった。キリキリ殿を、Q殿を、めーちゃん殿を、そしてるっぴー殿を見ていると、たまらなく苦しくなるのだ。図書室で一人本を読んでいるときにも孤独を感じるようになってしまった」
いつもの彼と同じように捲し立てる。
「友が、無性に欲しくなった」
この彼はいつもと同じ彼なのだろうか。
「だが、我は変わってはならぬ。何者からも理解されないバケモノでなければ、我は存在できない。それでも諦めきれないのだ。だから問おう。我は変わらないと彼らとは友になれないのか? 教えてくれ」
荒い呼吸を繰り返すマミィ。そんな彼を見て流人は──
「ディハマドくん」
安堵していた。
「僕はディハマドくんのことを完全に理解できていない。でも、君が勘違いしているということは分かる。それも二つも」
見た目より圧倒的に軽いマミィの身体を持ち上げ、流人は立ち上がる。
「な、なにを……」
「まず一つ! 自分が変わっても、それは結局自分だってこと!」
流人は再び、目の前の脅威を見据える。
二宮金次郎像は高く飛び上がり、上空から流人達を狙っている。
「僕も皆と友達になって、いろんな人から変わったって言われたよ! でも違うんだ! 僕は変わってなんかいない!」
マミィを抱えたまま流人は走り出す。二人を追うように十数発ミサイルが発射された。
「きっとこれが僕なんだ! 吸血鬼と喧嘩したのも! 透明人間と一緒に飛び降りたのも! 誰かに変えられた僕じゃない、僕が決めた僕なんだ!」
「るっぴー殿……」
これまでの出来事が走馬灯のように脳内を駆け巡る。
そして再確認した。自分の行動は全て自分によって決定されてきたことを。
「君もそうだろ! 君は君の意志で、さらわれた僕を助けに来てくれたんだろ! めーちゃんのためにショッピングモールに向かったんだろ! 僕らのことをあだ名で呼んでるんだろ!」
何度も転びそうになりながらも、流人の足取りに迷いは無い。
「そしてもう一個……わぁ!」
抱えられていたマミィが流人の腕から空中に飛び上がる。
「話の邪魔だ」
マミィの両腕から放射状に飛ばした包帯が、流人の後を追ってきたミサイルに巻き付き締め壊した。
「凄い力……ってえ?」
包帯の一つが流人の身体に巻き付きそのまま引っ張られて、今度はマミィに担がれる。
「るっぴー殿がどこに向かっているのかは検討がつく。そこに行くまでに我のもう一つの勘違いを教えてくれ」
「二年四組の皆は、とっくに君のことを友達だと思ってるってことだよ」
一瞬、マミィは驚いた顔を流人に向けた。
「僕が言えたことじゃないけど、友達って自然にできるものなんじゃないかな。だからそのままのディハマドくんでも、上手くやれてると思うよ」
「……そうか。案外難しいものだな。友とは」
「うん、そうだね」
背後から接近する殺人ロボットがちっぽけな存在に思えるくらい、今の二人は安らかな気持ちだった。
「さて、そろそろ決着をつけようか」
「うん、ディハマドくんはそこに隠れて。
「るっぴー殿、差し支えなければ我のことは『マム』と呼んではもらえないだろうか」
「……人気なんだね。めーちゃんのあだ名って」
殺人ロボット『K―MIYAⅡ式』はゆっくりと着陸を開始する。
生物の熱を感知する目と、レーザーにミサイルまで搭載した近代兵器……の『七不思議もどき』。
それと相対するは人間、野間流人。
兵器なんてものは所持していない。持っているのは包帯が巻かれたラグビーボール状の何かだけ。
正真正銘、丸腰の男子高校生である。
「もっと近づいてこい……もっと……」
重量を感じさせる足取りで、殺人ロボットは一歩ずつ近づいてくる。
「今だ!」
流人はロボットに向けて、包帯に巻かれたラグビーボールのようなものを投げつけた。
しかし、それが届くことは無い。
ロボットの腕が水平に上がり、その指からマシンガンのように弾丸が飛び出して打ち落とした。
「そ、そんな物も搭載されてるんだ……」
一瞬で投げたそれはハチの巣にされ、ロボットは再び口を大きく開く。
光の凝縮。レーザーの発射準備であることは既に流人は知っている。
ターゲットにされた流人は大声で叫んだ。
「マム!」
流人が投げた物、ハチの巣にされた鯉が地面に落ちたのと同時に、池の中から包帯に巻かれた少年が立ち上がる。
「了解」
紫色に光る包帯を一直線に飛ばす。
「封印、完了」
あっという間に殺人ロボットは紫色の光に包まれ、動きが完全に停止した。
水中に隠れることで体温を誤魔化し、流人を囮にしての奇襲。
二人の信頼が無ければできないコンビネーションである。
「やったねマム!」
「るっぴー殿、我は友達作りというものが苦手だ」
「きゅ、急にどうしたの?」
包帯が巻き付いた右手を突き出すマミィ。枯れ枝のような腕が流人に握手を求めている。
「だから言葉にしておきたい。るっぴー殿、我と友達になってほしい」
「……それを言えるのが、君の凄いとこだよ」
流人もそれに応え、しっかりと彼の手を握った。
「こっちこそ、これからよろしくね!」
空が明るみ始め、妖怪達の時間が終わりを告げようとしていた。
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