第48話「再会の彼方と、“ふたりの願い”」

 ゼルファの峡谷を後にして数日、ミサとレティアは最後の目的地とされる《星の階(きざはし)》へと向かっていた。

 そこは遥かな高地に存在する、空と大地を結ぶ祈りの聖域。

 古より交渉の終着点として語り継がれてきたが、そこに到達した者の記録は、ほとんど残されていない。


 「この場所には、“交渉者たちの記憶”が還るって言われてるの」


 ミサの声はどこか遠くを見ていた。


 「つまり、あんたの旅も、ここでひと区切りになるってことか」


 レティアの言葉に、ミサはゆっくり首を振った。


 「ううん。ここは“終わり”じゃない。きっと“これから始める場所”」


 その言葉が、風の中にすっと溶けていく。


 星の階は、雲を突き抜けた先にあった。

 崖の縁に築かれた無数の石段。それは空へと続いていた。

 ふたりはその一段一段を、確かめるように登っていった。


 やがて、雲の上に出たとき——

 そこには、満天の星が広がる青白い台座があった。


 中央には、一対の椅子。

 そして、その背後に淡く光る鏡が浮かんでいた。


 「これは……」


 ミサが鏡に手をかざすと、《終誓の風》と《未来契約》が反応する。

 鏡の奥には、かつて彼女が交渉した魂たちの姿が、一瞬ずつ映り込んでいく。


 少年、少女、兵士、学者、神官、そして名もなき魂たち——

 ミサが“言葉を交わした”すべての存在。


 それらの記憶が、今、彼女にひとつの問いを返す。


 『——あなた自身は、何を願いますか?』


 その問いに、ミサの喉が震える。


 「わたしは……ずっと誰かの願いを叶えるために、交渉してきた。でも本当は、わたしも——」


 レティアが、そっと彼女の手を取る。


 「言っていい。これは“お前の交渉”だ」


 ミサは息を飲み、そして静かに言葉を紡いだ。


 「わたしは、あなたと生きていたい。交渉の終わりじゃなく、これからの日々をあなたと“交わし合って”生きていきたい」


 レティアの瞳に、わずかに涙が浮かぶ。


 「……それ、交渉成立だな」


 ふたりは抱き合う。


 それは、契約ではない。

 祈りでもない。

 ふたりだけの、揺るがぬ選択だった。


 その瞬間、鏡が強く光を放ち、台座に新たな契約の印が刻まれる。


▶ 最終契約:《共永の誓(コモン・エターニア)》を獲得。

 ——魂と魂が交わり合い、対話の未来を“共に生きる選択”として定義する究極の契約。


 星の階の空に、ふたりの影が浮かび上がる。

 それは、交渉を重ね、愛を育んできたふたりが選び取った、かけがえのない現在だった。


 ミサは、最後にひとつの言葉を胸に刻んだ。


 「わたしはもう、ひとりじゃない。これからも、誰かと想いを交わしていける」


 そして、レティアがそっと囁く。


 「お前が選んだ言葉は、世界に届くよ。……私の隣で、ずっと」


 ふたりは並んで、星の光を浴びながら未来を見つめた。


 それは“交渉”という旅の終わりであり、“ふたりの人生”の始まりだった。



Fin


 ご愛読ありがとうございました。次回のエピローグで終話となります。

ほかにも執筆していますので、そちらも是非よろしくお願いいたします。

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