第2話・生命反応検知
「汚らわしい
村の人間なら誰もが羽目を外す収穫祭の夜。
壁の外からは村民達の歓声が聞こえてくる中、両親と一緒に村長の家に呼び出されたエアは、氷のように冷たい声を突き付けられた。
「一体どういうことですか! エアは普通の子です!」
額には汗が滲んでおり、焦っているのが見て取れた。
村長が放った言葉の意味は理解出来なかったが、とても恐ろしい内容だったということは幼いエアの頭でもはっきりと分かった。
「隠し立てしても無駄だ。こやつに
(ひっ……!?)
鋭い瞳でエアを
右目とは異なり、眼球の無い空っぽな空間を。
「
「そんな。エアは別に悪い子ではありません!」
今度は父親が反論する。
だが、対する老人は唇を大きく舐めると大きな息を吐いた。
「村長である私に歯向かうのか? 何なら貴様ら家族ごと皆殺しにしてもいいのだぞ?」
(え……?)
あまりにも無慈悲な台詞だった。
まるで人を人と思ってない暴論の連続に、
部屋の隅には副村長やその伴侶もいたものの、村長に逆らうことが怖いのか、ただただ目を伏せたまま黙っていた。
「この村から出ていけエア! お前は災いを生む子である!」
「それなら私達も一緒にっ!」
「ならん! エアを産み落とした貴様らも罪深き存在だ!」
「えぇ!?」
「外の世界に害悪をこれ以上出すわけにはいかん!」
老人が放つ理不尽を前にして、母親が泣き崩れるのをエアは見た。
次に視界に入ったのは、激昂して村長に掴みかかった父。
だが、すぐに間に入った側近達の手によって一方的に返り討ちに遭っていた。
そんな両親を見た途端、エアの瞳からは自然と涙が溢れ出て、言葉にならない声を喚き散らしていた。
甲高い声色で何度も両親を呼び続ける。
喉が裂けようが、肺が痛もうが必死に。
下劣な笑みを浮かべる老害の高笑いが耳に入ろうともお構いなしに。
エアは溢れ出る感情を両親に届けたのだ。
しかし抵抗むなしく――、
「親を愛しているのなら、二度とこの村に足を踏み入れんことだな」
エアは呆気無く村の外に捨てられた。
「待って、待ってっ!!」
エアを荒野に放ち、居場所へと戻ろうとする村長と側近達を呼び止めようとする。
「う、あ!?」
だが、ほんの少し振り返った村長の濁った眼を見た途端、エアは無駄だと悟った。
気持ちで訴えられるのは同じ人間だけ。
エアの目に映る相手の目は、まるで魔物のそれだったのだ。
「う、うぁ! うああああああああああああああああああああっっっっ!!」
エアは雄叫びを上げながら無我夢中で荒野を駆けた。
張り裂けそうな心を必死に押し殺しながら懸命に。
両親に抱きつきたい。
昨日まで普通に過ごしていた村に戻りたい。
自分も収穫祭で歓喜の輪に入りたい。
溢れ出る気持ちが涙となって零れ落ちていく。
それでも村とは逆方向に走っていたのは、自分が戻れば大好きな人達に迷惑を掛けてしまうと考えたからだ。
「はぁ、はぁ……んくっ。はぁ」
十数分ほど疾走し、村の明りがすっかり小さくなった頃。
段々と歩幅が短くなったエアは、土の上に
額から汗が噴き出る。
喉もカラカラで、息を吐くほどに水分への欲求が押し寄せて来た。
(みず、のみたい)
整いきっていない呼吸のままエアは再び立ち上がった。
村長の家での一件もあり、乾き切った唇は酷く不愉快だった。
あと30分程度歩けば使われなくなった古井戸があったはず。
そう思い、エアは重い足を引きずった。
途中、やはり瞳からは大粒の涙が零れた。
拭っても拭っても押し寄せる奔流にくじけそうになりながらも、一心不乱に前を目指す。
機械のガラクタが無造作に置かれた山が近くにあったが、目もくれずに砂と石ころだらけの乾いた道をエアは駆け抜けた。
いつかまた両親と再会することを胸に秘めて。
「水、……水!」
(あった!)
ようやく古井戸へと辿り着くと、乱雑に置かれていた古びた桶を奈落に落とす。
ぽちゃんと音がしたことに胸を撫で下ろすと、エアは全身の力を使ってロープを引っ張り、滑車を回転させた。
(みず……!)
地上に生還させた桶を井戸の縁に置くと、汲み上げた水は黄土色に濁ってしまっていた。
村民の利用がなくなったせいで、水質が悪くなっているようだ。
「んく……ん、ん、ん! ぷはぁ」
しかしそんなことはお構い無しとばかりに、エアは動物のように桶に顔を突っ込み中身を取り込んだ。
泥臭さと土の味がしたものの、不思議と気にならなかった。
(はぁ)
身体に水分が戻ったことで頭に掛かっていたもやもやが晴れてくる。
気分が多少落ち着いた分、胸の中にぽっかりと空いてしまった穴がより強く感じられた。
(おかあさん、おとうさん……)
ぎゅっと胸を抱き締める。
また涙腺が緩み始めたその時、
「――っ!!」
何かが砂を踏む音がはっきりと聞こえた。
慌てて顔を上げて周囲を確認する。
するとエアから約20メートルほど離れた位置に、エアよりも大きな狼の姿が視界に入った。
「魔物!? 逃げないとっ!」
掴んでいた桶を弾き、一目散に古井戸を後にする。
だが、魔物の方は既に捕捉済みなのか、凄まじい速さでエアと距離を詰めた。
背後から土煙が巻き上がり、深い殺気がエアの小さな体を貫く。
濁った朱い眼は逃げるエアを真っ直ぐに捉えていた。
(たすけて! だれかたすけて!)
この辺に存在する魔物は大人でも数人がかりで対処するものだ。
独り、ましてまだまだ小さな子供を捕食することなど、魔物にとっては朝飯前だろう。
「うっつぅ!?」
後ろから強い衝撃を受け、吹き飛ばされる。
背後から近寄ってきた狼に突進されたのだ。
このまま浮いた身体が地面にぶち当たれば、エアの運命は決まったようなものだ。
(おかあさん……!)
最愛の母のことを思い、地面への落下に身を備える。
だが、エアの思ったようにはならなかった。
「へ!? ふええええええええええええええええっ!?」
都合よく地面に空いていた穴に吸い込まれる幼女と狼。
「うっ、つあっ!?」
狭い穴でありながら不幸にも深かったようで、深淵へと落ちていく過程でエアは何度も外壁に体をぶつけた。
岩だけでなく、何か鋭いものも含まれていたのか皮膚が裂かれるような感覚もあった。
「っ、あっ!?」
そして幾度となく体をぶつけたところで、最後に台座のような物体にぶち当たり、胸部に激しい衝撃を受けた。
(……いったぁ)
数分ほど気を失っていたのだろうか。
全身鈍い痛みが走る中、エアはぼんやりとした意識の中で再び目を開いた。
真っ先に目に飛び込んできたのは、金属の天井。
落ちてきた穴からは、地上から細長い月の光が差し込んでいた。
(だめだ。からだうごかないや)
体の打ち所が悪かったのか、手を動かそうにも指一つ動かない。
右手の中には何か丸いすべすべとしたものがあり妙にチクチクとしたが、それがどういうものかを確認するほどの気力は無かった。
(あたし、ここでしぬのかな)
すぐ傍には一緒に落ちてきた魔物が寝ていた。
狼もまた落下によって大きな負傷を負ってしまったのか動く様子はなく、右目からは赤い液体が流れていた。
「おかあさん……おとうさん。ごめん、ね」
両親に謝罪の台詞を並べ、エアは目を閉じた。
もう息をするのも精一杯で、唯一感じることは右手の小さな温かみだけだった。
そうしてエアの意識は闇に
だが、彼女が意識を失ってから数秒後。
突如淡々とした音声が空間に響いた。
「生命反応検知……状態・負傷。応急処置を実行します」
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