兄の他者不信
パタン、と扉が閉じられた後、僕はゆっくりと息を吐く。
若干顔色が悪いのを感じ取ったが、そこまで大事ではなさそうで一安心だった。
大丈夫。生きてる温度も、生きてる重みもちゃんとあった。大丈夫、大丈夫……。
「全く、過保護は嫌われるわよ」
僕が自分に言い聞かせていると、隣から母の呆れたような声がする。
「……過保護じゃありません」
「そう思ってるのはあなただけよ、もう……」
やれやれと言うように肩をすくめる母に、僕はふいとそっぽを向く。
「……ま、いいわ。話があるの。来なさい」
「……縁談ですか」
「あなたが選り好みするから大変なのよ。そのくせ希望は言わないし」
公爵邸の広い廊下を、僕たちは会話をしながらゆっくり歩き始める。
「選り好みしているわけではありません」
「あらそうなの? あなたの好みそうな令嬢を選んでるつもりだったのに尽く破談させていくから、理想が高いのかと思ったわ」
母は頬に手を当てながら笑う。僕は母のそんな愉悦の笑みをじっとり睨みながら、「理想なんかありません」と言い切った。
「……というか、僕の理想なんてどこから……、……ああ、待った、いいです言わなくて。どうりで線の細い歳下が多いわけだ」
「あら、ふふ。やっと気づいた?」
「余計な気を回さなくて結構です」
リーシャはリーシャだけだ。彼女の代わりなんかいないし、いらない。
「なら、どうして縁談を受け入れてくれないの? 好みのタイプは無いんでしょう?」
「……」
言いたくなかった。どうせまた、過保護だのなんだの言われることは目に見えていたのだから。
「ヒース」
僕が黙っていると、母の低い声が僕の名を呼んだ。
こういうときだけ、公爵夫人の威厳を見せるんだ、この人は。
「……『私も』って、言うんだ」
「なんですって?」
「リーシャを守りたい、支えたい、そばに居たい、と言うと、『私もお手伝いします』って」
「あらそう、良いじゃない」
良くない。
「良くない!」
「はぁ……何が?」
「他人に……頼りたくない。幼少期を共に過ごしたわけでもない義理の妹に、他人がどこまで尽くせる? 僕は一生をリーシャに捧げるつもりなんだ。その『一生』の間、その子が一瞬でもリーシャのことを『邪魔だ』なんて思うときがあったらどうする?」
そんなことになったら、僕はきっとそいつを殺してしまう。僕にとって、家族だけが一番大事な存在で、一瞬でも負の感情を僕の家族に向けられることが耐えられない。
「もう、妹想いもそこまでくると病気よ……」
……僕の家族には、当然母さんも父さんも入ってる。リーシャ以外には、伝えないけど。
「……まあでも、気持ちはわからなくもないわ。それで、あなたは婚約者に何を求めるの?」
「何も。僕に少しも興味が無い相手が理想です」
「仮面夫婦にでもなるつもり?」
「構いません」
母は呆れたような顔で僕を見る。だって、リーシャ以外の……家族以外の人間からの気持ちなんて、邪魔にしかならない。
「他には、無いの?」
「他……」
リーシャに尽くすのも、リーシャを守るのも、全部僕がやる。だから他人である婚約者にそれは求めない。だって所詮は他人なのだから。結局、一番にあの子を見捨てるのは他人なんだから。
心からリーシャや僕のことが好きで、僕がリーシャを第一に考えることに何の異議も唱えない。そんな都合の良い人間なんか、いるわけないんだから。
「……ありません」
僕はそう言って、話を終わらせた。
母は、
「そう」
とだけ言って、父の執務室の方へと向かって行った。
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