2005/3/14
ホワイトデー。
結局、チョコは貰っていなかったため、特に用意はしなかった。
持っていくのは、決意と勇気のみ。
朝登校して、伊東さんを待つ。
周りはすっかり浮かれている。
受験も終わり、あとは結果発表と卒業式のみ。
今さら、学校でやることなんてない。
私は椅子に座り、外を見る。
若干の曇り空。
せめて晴れ空なら、背中を押してもらえるのに。
天気で気分を決めるなんて、中学生みたいだなと思い、こっそりと笑う。
伊東さんが「おはよう」と言いながら教室に入ってきた。
席に着くのを見計らって、私も動き出す。
「伊東さん。おはよう」
「山口くん。おはよ」
「今日、放課後、少し話せる?」
「えっ、話せるけど……」
彼女はクラスメイトがいる中で話を振られるなんて、予想外だったようだ。
とても驚いた顔をしていた。
「じゃあ、放課後。あの駐車場で待ってるから」
「うん。わかった」
伝え終えたので自席へ戻り、座ると、「なんだよあれ」と茶化される。
かっこうの獲物を見つけたようだ。
そんな雑音を適当に流し、放課後を待つ。
どうやら彼女も「なんなのあれ!?」と、周りの好奇心の的になっているようだ。
◇
先に駐車場へ着き、彼女を待つ。
彼女はなかなか来なかった。
この歳になっても緊張するものだ。
手汗が止まらないため、パンツで何度も手を拭く。
何度も深呼吸をし、空を眺める。
相変わらず、パッとしない雲行きだ。
「ごめんね。待ったよね!?」
彼女はバツが悪そうな顔をして、声をかけてきた。
「いいや。空……見てたから、待ってないよ」
「友達がさ……どこなの?って、なかなか離してくれなくて、遅れちゃった……」
「ごめんね。目立つような誘い方して」
「ううん。大丈夫」
「じゃあ本題、話すね」
「うん……」
「この一か月、私どうだった? 伊東さんが知ってる私だった? 伊東さんが好きな私だった?」
「……なんていうか、わからなくなった。いままで見てきた山口くんではなかったから」
「そうだよね。人がいきなり変わったよね。ほら、見て?」
お薬手帳を見せる。
「精神疾患なんだ。不安障害。まあ他にも理由があるんだけどね。だから、今の私を見てほしかった。伊東さんが好きな私なのかを」
「話し方もだけど、いろいろ変わったよね。前は“ぼく”って言ってたのに、今は“私”って。急に大人になったみたい」
「そうだね。合ってるよ。良くも悪くも大人になった」
「良くも悪くも?」
「うん。物事の見え方が変わった。いい表現で言えば“個性”だけど、個性が出た。けど、柔軟性はなくなった」
「それが“大人になった”ってことなの?」
「私の中ではそうなのかな……。また歳を取れば変わるのかもだけど」
「そうなんだ……」
「だからさ。ちゃんと見てほしかった。今の私を。見てくれた?」
「うん。見たよ」
「そう。一か月前、告白されて嬉しかった。でも、告白されたのは変わる前の私。だから、先延ばしにした。でも、私も1か月考えた。……やっぱり好きです。付き合ってくれませんか? まだ決めかねるなら……友達からでもいいので」
「……ひとつ聞いてもいい? 私が好きだった山口くんは、いなくなったのかな?」
「なんとも言えない。糧にはなっているから“いる”よ。でも、それが今の私かと言ったら、違うかな」
「そっか。なんだか難しいね……。好きで告白したのに、なんだかわかんなくなっちゃった。大人になるってなんなのかな? 私も大人になるのかな」
「いろいろ経験すれば、自然に大人になっていくと思うよ」
「山口くんは、なにを経験したの? だって、同じ中学生だよ。なにがあったの? 短期間で?」
「なんて言えばいいのかな。長い長い夢を見たのかな。歳を取って、仕事をして、結婚をして、子どもが生まれて、育てて……そんな、長い夢を見てきた感じかな」
「なにそれ?」
「わかんないよね。私だってわからないもの。大人になったと思ったら、中学生に戻ってた」
「浦島太郎が逆になったの?」
「ああ、そうかもね。いい表現」
「馬鹿にしてるの!?」
「してないよ。真摯に答えているつもりだよ」
「そう……」
「答え、出せそう?」
「うん。確かに山口くんは変わった。私の知らない山口くんだとも思う。だけど、根は変わっていないような気がする。優しい山口くん。ふとした時の笑顔は、やっぱり私の好きだった山口くんだった。だから、あの時と同じ気持ちです。好きです。だから、こちらこそお願いします」
「ありがとう……」
空を見る。相変わらず曇り空だ。けれど、雫が流れ落ちる。
これは嬉し涙なのだろうか。それとも、懺悔が終えた涙なのだろうか。
大人でも、自分の気持ちはわからないことがある。
そんなふうに思った。
「なんで、山口くんが泣いてるの?」
彼女は笑っていた。昔と変わらない、明るいひまわりみたいな笑顔。
「もうちょっとだけ待って。もうすぐ泣き止むと思うから」
けれど、しばらく私は泣いた。
彼女は優しく背中を撫でていてくれた。
「ごめん。お待たせ。じゃあ、一緒に帰ろうか」
「うん」
「手……つなごう」
「うん!」
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