2013/2/13

 私は今日も睡魔に負け、授業を聞き流す。


 今この瞬間が、最後の長い休暇だと思っているから。


 思い返しても、今まで必死に生きてきたと思う。


 高校で、理系に進むか文系に進むかの選択肢から始まった。


 当時の私はよく考えなかった。

 ただ、「理系に進めば、いざとなれば文系にも進める」という虫のいい話を真に受け、理系を選択した。


 本当に今でも後悔している。


 そんな虫のいい話はなかった。


 追加で勉強すれば、確かに文系にも進めたのかもしれないが、理系の科目だけでも精一杯だった。


 数学なんて得意ではなかった。

 化学なんて好きじゃなかった。

 物理なんて、習う前から体が拒否を起こし、生物を選んだ。


 理系に進んだのに、物理を選択しないという、将来の選択肢を狭める行為をした。

 選択肢を増やすために理系を選んだのに……。


 ただ、生物の授業だけは好きになれた。

 面倒な数字から離れられたからだろうか。


 とにかく、そんな感じで理系生活が始まったわけだが、まぁ難しい。

 興味のないものを勉強するわけだから、当然といえば当然なのだが……。


 それでもなんとか食らいついた。


 そして、高校3年生のセンター試験。


 結果は悪かった。

 いや、よく頑張ったと思うが、引っかかりそうな大学がほとんどない。


 唯一可能性のありそうな大学に願書を出し、合格する。


 とても遠い場所にある工業大学へ……。


 理系が嫌いなのに、工業大学へ進んだ。


 自分でも何がしたいのかわからなかったが、とにかく合格したという達成感でいっぱいだった。


 大学に進学してからも、苦痛の連続だった。


 避けていた物理を習うも、ちんぷんかんぷん。

 化学などの実験も嫌で仕方なかった。


 昔から細かい作業は苦手だ。手汗が出る。手が震える。

 まったくもって実験に不向きだった。


 そして、いつもよくわからない数字と向き合う。

 苦痛以外のなにものでもない。


 唯一の救いは、親からの仕送りが他の同期より多かったこと。

 バイトなんて、したいとこれっぽっちも思わなかった。

 「休みぐらい、ぐうたらさせてくれよ」である。


 休みの時間は、ゲーム、漫画、アニメ、読書(ライトノベル)と、好きなことだけをやった。

 すべて家の中で完結した。


 だから、大学4年間で外へ遊びに行ったことはない。


 友達もおらず、同級生とは会えば挨拶をするくらいの関係だ。

 気を使わなくてちょうど良かった。


 大学に来て良かったことは、親の呪縛から逃れ、自由気ままに生活できたことだけ。

 このおかげで人生が過ごしやすくなった。


 けれど、大学3年の後半から就活が始まった。


 自分が何をしたいのか、なにもわからなかった。

 わからないまま、なんとなく理系っぽいところにエントリーシートを送付した。


 どのくらい迷走していたかというと、海鮮の生臭さが嫌いなのに、海鮮の食品加工会社に応募したくらいだ。


 また、東日本大震災も就活に直撃した。


 ちょうど就活のため、実家に帰省していた時だった。


 内陸部に実家があったため、被害は地震だけだったが、すさまじい揺れだった。


 停電が起きていたから、当時の映像は逆に見なかった。


 スーパーに朝早くから並んで、食料を確保したり……。

 父が沿岸部の祖母の家に何度も様子見や物資を届けるため、一緒にガソリンスタンドに並んだ……。


 後から知ったが、親戚の家は津波の被害に遭っていた。

 身内では死者はいなかった。


 結局、帰省していたが、すべての就活の予定は白紙になったため、数日後、電車で丸1日かけて大学のある自宅へ帰った。


 帰ってようやく、被害映像を観た。


 観てこなかった映像だ。


 世の中の大半は、リアルタイムでこの映像を観ていたかと思うと、恐怖がこみ上げた。


 ある意味、内陸で、停電程度で困っていた私は幸せだったのかもしれない。


 しばらくして、また就活は再開された……。


 何がしたいのかわからず、また怠惰に生きてきた私には、自己アピールなんてなかった。


 そして、卒業はできたものの就活に失敗し、親に言われるがまま、地元の公務員の専門学校に入学した。


 夏前には、運よく就活が成功し、公務員の試験勉強はただの暇つぶしになった。


 授業もやる気が起きず、担任から「士気が下がるから辞めてくれないか」と打診される始末である。


 けれど、面接で「公務員の試験勉強をしている」と言った手前、卒業しないのは良くないのではないかと思い、今もやる気なく毎日通っている。


 ようやく、今日の授業も終わった。


 教員室に挨拶し、日誌を提出する。


 帰宅するため、専門学校の外に出ると、今日も寒い。


 大学は極寒の地だったのに、どうして地元も寒いのだろうか。

 -10℃くらいの違いを経験しているはずなのに……。


 ふうと吐いた息は白くなり、夜空へと消えていく。


 「帰りますか」と一人つぶやき、ヘッドホンを装着し、お気に入りの音楽でテンションを上げていく。


 そんな時、一人の女の子が目の前に現れ、紙袋を差し出してきた。


 なんだかわからず、ヘッドホンを耳から外すと、


 「受け取ってください」


 とだけ言われ、とりあえず受け取ると、彼女は小走りに去って行った。


 普段、勉強の時以外は眼鏡をしないため、顔もぼんやりとしか思い出せない。


 でも、同級生の高橋桃佳(ももか)さん……だっただろうか。


 自信がないものの、彼女はすでに視界から消え去り、どうしようもできない。


 なんだったんだろう、と考えつつ、再びヘッドホンを装着し駅へと向かう。


 そういえば、彼女……同じ行き先の電車だったよな?


 けれど、彼女はいなかった。

 まあ、違う車両だったのかもしれない。なにせ、30分に1本の電車だから……。


 今日はいつもより遅く駅に着いたせいか、すでに座席は満席で、仕方なく30分の道のりを立って電車に揺られる。


 揺られながらも考える。


 この紙袋には何が入っているのだろう。


 開ければわかるはずだが、開けずに家まで帰った。


 玄関を開け、台所にいる母に「ただいま」とだけ言う。


 「おかえり。もうすぐごはんだから」


 母の声を背中で受けながら、いつもより足早に2階の自室へ向かった。


 紙袋を開くと、かわいくラッピングされたチョコクッキーと手紙が入っていた。


 手紙を手に取り、紙袋は机に置いてベッドへ腰かける。


 手紙には、


 「ずっと蒼さんのことが好きでした。お返しはいりません。受け取ってもらえただけで十分嬉しいです。春からお勤めですね。お仕事頑張ってください」


 と書かれていた。


 ふと、心地よい懐かしさを感じた。


 あの時は、バレンタインの翌日。今回はバレンタインの前日。


 私に告白してくれる子は、当日が苦手なようだ。


 私は自然と笑みがこぼれた。それは、苦笑いなのか、懐かしさからの笑みなのか、自分でもよくわからなかった。


 私は何度も隅々までこの手紙を読んだ。

 また、紙袋の中を何度も確認した。


 けれど、渡してくれた主の名は、どこにも書かれていなかった。


 「なんだこれ……」


 渡してくれた彼女の顔は、なんとなくしか見えていない。


 眼鏡もしていなかったし、突然だったから、本当に高橋さんだったかも怪しくなってくる。


 こんなに悩ませられる贈り物は初めてだ。


 それに、手紙の文章は一方通行だった。


 高橋さんについて考えようとした時、母から「ご飯できたから降りてきて」と声がかかったため、紙袋を鞄の中にしまい、階段を降り夕食へ向かった。


 父は帰りが遅いため、母と二人だけ。


 特に会話もなく食べ終え、また自室へ向かった。


 高橋さん、かぁ……。


 彼女との関わりは特にない。


 けれど、入学してすぐの自己紹介の時、「合わないな」と思ったのは覚えている。


 いつも誰かの後ろについているような女の子。

 自分の意思より、他人を優先しそうな女の子。

 もじもじとした印象の女の子。

 声も小さい女の子。


 だから、はっきりとした性格を好ましいと感じる私には、ストレスが溜まりそうという印象しかなかった。


 なのに、どうして私なのだろうか。


 考えても答えは出ない。


 専門学校でも、極力人と関わらなかった。


 休み時間は、本を読んで過ごしていた。


 気を使われて、「お菓子食べますか?」と話を振られても、「いらない」と答えていたほど、コミュニケーションは皆無だった。


 ましてや、就活が終わってからは寝てばかり。


 好かれる要素は何もなかったはずだけど……。


 それにしても、どうしよう。これ。


 恋人は欲しかったが、相性は悪そうだし。

 そもそも「付き合ってください」とも言われていない。


 こんな中途半端なものを受け取って、考えて、答えは出なくて、ストレスが溜まるばかりだ。


 「明日、直接聞いてみよう」


 思考を放棄して、ゲームでもすることにした。

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