第4話 透明な覚醒 ―眠れる継承者―
【前回のあらすじ】
特別課題で地下室を調べたレイとリヴィアは、謎のコインと古い手紙を発見する。
そこに刻まれたのは「ベネヴォリア」という、誰も知らない名――。
全ての始まりは、静かに動き出していた。
*
レイはベッドから起き上がり、真剣な顔でリヴィアに尋ねた。
「どういうこと?」
リヴィアは勢いよく話し始めた。
「レイ、あの地下室、私たちが入るまでずっと人が出入りしてなかったんでしょ? もしそれが本当なら、もう一回地下室に行って説明する!」
そう言うなり、リヴィアはレイの手を引っ張って彼を立たせた。
二人は急いで地下室へと向かった。
地下室に降り立つと、リヴィアは中央に置かれた小物ケースを指差し、
説明を始めた。
「レイ、ここにあるものって全部古いものばかりよね? レイが見つけたとき、このケースはどんな状態だった?」
レイは思い返しながら慎重に答えた。
「確か…上蓋が割れてた。」
リヴィアは興奮を抑えきれずに言った。
「そう! 割れていた。でも、奇妙なのは、他のものはみんな埃だらけなのに、このコインとネックレスには全然埃がついてなかったの。おかしくない? これがその証拠よ!」
そう言うとリヴィアは小物ケースの中敷きを指でなぞり、埃で汚れた指先をレイに見せた。
レイは驚いた表情で、「確かに! コインを触ったとき、指は全然汚れなかった…。」と、彼女の指摘に納得した。
リヴィアは自信たっぷりに続けた。
「ほらね! やっぱりこのコインとネックレス、何か特別な意味があるはずよ!?絶対に!」
二人は謎めいた状況に心を奪われ、さらに調査を進める決意を固めたが、目の前にある不思議な事実から一歩も先に進めず、焦りと苛立ちを感じていた。
再びレイの部屋に戻った二人。
リヴィアは地下室から持ち出した古い本を片っ端から読み漁りながら
「お母さんが言ってた通り、この羊皮紙は中世のものらしいけど、どの史実を見ても『ベネヴォリア』なんて言葉は出てこないよ…」と呟いていた。
「一旦休憩しようか。何か食べ物を持ってくるよ!」と、レイは気分転換を提案し、キッチンへ向かった。
しばらくして、レイはリヴィアの好きなアールグレイの紅茶とクッキーを持って戻ってきた。
「はい、どうぞ!」と紅茶を差し出すと、リヴィアは嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「わー! ありがとう!」リヴィアは喜んで紅茶を受け取り、一口含んでリラックスした様子を見せた。
その時、彼女は手にしていたコインを何気なくレイに渡し、クッキーを口に運んだ。
しかし、次の瞬間、コインがレイの手の中で突如強烈な光を放ち始めた。
「えっ…?」驚きが広がる間もなく、部屋全体が眩い白い光に包まれ、二人の視界は真っ白に塗りつぶされた。
何も見えない空間が一瞬だけ広がり、そして静かに光が消えると、部屋は元通りになっていた。
「今のは何だったの!?」
リヴィアは驚きの声を上げ、レイに尋ねたが、返事はない。
奇妙に思い、彼女が振り返ると、そこには気を失って床に倒れているレイの姿があった。
そのすぐそばには、まだ微かに光を放つコインが転がっていた。
一方、リヴィアの母サビーナは、数人のチームメンバーを前に、レイが見つけた手紙を机の上に広げていた。
その指先はわずかに震えており、普段冷静な彼女の表情にも険しい影が差していた。サビーナが率いる極秘プロジェクト「BTAI」(Back to Ancient Influence)のメンバーたちも、部屋に漂う緊張感を肌で感じている。
彼女の隣には、副リーダーであるカリヴァン・ジェイドという男が立っていた。
彼は背の高い痩身で、深いグレーのスーツに身を包み、その落ち着いた佇まいからは知性と自信がにじみ出ていた。
鋭い黒色の瞳で手紙をじっと見つめるその姿には、どこか異質なオーラがあり、自然と周囲を圧倒する雰囲気を持っている。
彼は、幅広い分野で数々の功績を残してきた人物であり、複雑な技術を現代の社会基盤に取り入れる手腕と、緻密な戦略によって、世界中の注目を集めた男だった。
そんな彼がサビーナと共にプロジェクトを組むようになったのは、もう10年以上も前のことだった。
二人はかつて大学の研究機関でライバルとして出会い、幾度となく衝突を繰り返してきた。しかし、技術革新という共通の目的のもとで互いの才能を認め合い、やがてタッグを組むようになった。
その後も、二人が手掛けたプロジェクトはすべて成功を収めている。サビーナにとってカリヴァンは、最大の競争相手でありながら、右腕ともいえる存在だった。
二人が率いるチームは、
『古代に存在したとされるある物質の影響力を、現代にどう再現するか』を追求する壮大なプロジェクトに取り組んでいた。
サビーナは手にした手紙を掲げ、
「この手紙、私たちのプロジェクトにとって重要な手掛かりになるかもしれないの。『古代の影響に戻る』というプロジェクト名にふさわしい発見よ!」と語った。
その声は冷静であったが、その奥に隠された興奮と好奇心が滲み出ていた。
しかし、副リーダーのカリヴァンは眉をひそめ、
「待て、サビーナ。この手の手紙なんて、珍しいものじゃない。世の中には無数にあるぞ。」と懐疑的な口調で反論した。
サビーナは自信に満ちた声で即座に応えた。
「カリヴァン、確かに似たようなものはたくさんあるわ。でもこの手紙は違うの。どちらも『記憶』と『鍵』の事を示している。これがただの偶然だとは思えない。」
カリヴァンは不機嫌そうに腕を組み、少し苛立ちを見せながら言った。
「仮にその手紙が本物だとしても、それだけじゃ不十分だ。俺たちには『鍵』が必要なんだ。見ろ、ここに何が書いてある?」
そう言いながら、研究室のホワイトボードに貼られた『大きな羊皮紙の地図』を指差した。
その羊皮紙は破れた断片を慎重につなぎ合わせてできたもので、国の内部地図のようなものが描かれていた。いくつかの地点には丸印が付けられており、何かの重要な場所を示しているようだった。
そして、地図の端には次のような言葉が記されていた。
『二つの光が重なり、鍵はその扉を開く。記憶が導く先に、全ての答えがある。』
その瞬間、チーム全員の視線が地図に集中し、部屋には緊張が走った。
サビーナもカリヴァンも、その言葉が持つ重みを感じ取っていた。
手紙の発見だけではなく、この『鍵』という存在がプロジェクトを前進させる重要な要素であることが、ますます明白になりつつあった。
その時、サビーナの電話が鳴り、彼女は白熱した議論を中断せざるを得なくなった。別プロジェクトの急ぎの進展報告を受け、サビーナは急いで研究室を後にした。
静まり返った研究室に残されたメンバーたちの間に、しばしの沈黙が漂う。その中で、一人の助手が手を挙げて言った。
「あの…一ついいですか? もしかすると、ここに書かれている『記憶』というのは『情報』のことなんじゃないでしょうか? そして、その情報が、この場所に行くための『鍵』を示しているのかもしれません。」
助手の提案に、カリヴァンは興味を示し、再び手紙を手に取って考え込んだ。
「『これは特別な記憶である。世界が再び動き出す。エル』…」彼はその言葉を繰り返し、小さく呟いた。
「『これ』は特別な記憶…? まさか!?この手紙じゃなく、この手紙と一緒にあった別の何かに重要な情報が隠されているということか…!?」カリヴァンの頭の中で、曖昧だった点が一つずつつながり、確信へと変わりつつあった。
彼は助手に向き直り、少し微笑んで言った。
「確かに、一理あるな。よし、各自でさらにその情報を探し出して報告してくれ。今日はもう遅い…解散だ。」
指示を受けた助手たちは、それぞれの持ち場に戻り、研究室は徐々に静まり返った。やがて、豆電球のかすかな光だけが灯る研究室には、カリヴァン一人が残されていた。
その静寂の中、カリヴァンは手元に隠し持っていた小さな羊皮紙を取り出した。そこには、チームの誰も知らない『情報』が描かれていた
――それは、先ほどの『地図に描かれた国の紋章と同じ刻印が施されたコインの絵』だった。
彼はその絵を見つめ、低く呟いた。
「そういうことか…」コインの絵が刻まれた羊皮紙は、ほのかな光を反射しながら、カリヴァンの手の中で静かに輝いていた。
「目を開けてみなさい…」
どこからともなく響く謎めいた声に促され、レイはゆっくりと目を覚ました。
すぐに、まるで夢の中にいるような違和感に気づいた。
体は宙に浮いているようで、周囲は白く果てしなく広がる空間だった。奥行きも、確かな形もない、現実とは違う異質な世界にいる。
ふとレイが見回すと、遠くに黄色く光る球体が現れ、それが徐々に近づいてくる。球体は次第に大きくなり、圧倒的な存在感を放ちながら、レイの目の前で静止した。
一瞬、驚いて目を閉じたレイ。だが、再びその声が響いた。
「君の世界に、危険な兆しを感じ取った。感情が乱れ、破壊的な力が生まれつつある。君の世界には、私を探している者がいる。だが、それが問題ではない。私の存在そのものが、君たちの現実に大きな影響を及ぼしているのだ。」
その声には威厳がありながらも、どこか穏やかさが混じっていた。
レイは混乱しながらも勇気を振り絞って尋ねた。
「感情? 脅威?一体、あなたは何者なんですか? なぜ僕に話しかけているんですか?」
球体は静かに応じた。
「私は、時の流れを超えて存在している。君たちの世界が何度も生まれ、滅びるのを見てきた。私の力は説明しがたいが、それが君の世界に影響を与えることは確かだ。しかし、今重要なのは、君が『選ばれた』ということだ。」
レイはますます困惑し、焦りを感じた。
「選ばれた? どうして僕なんだ!?」
球体は少し静かに光を落ち着かせ、
まるで考え込むように少し間を置いてから答えた。
「君が選ばれた理由は、君自身がこれから知ることになるだろう。君の中には、まだ自覚していない力がある。その力が、世界を救うために必要とされているのだ。恐れるな。君の役割は、君自身が受け入れるべき運命だ。」
その声には、どこか人間的な温かさが感じられ、レイは少しだけ心を落ち着けた。しかし、疑問は尽きない。
「僕に何ができるっていうんだ…?」
球体はさらに優しい光を放ち、語りかけた。
「君は、これからその答えを知ることになる。だが時間がない。すべてを知るための旅は、すでに始まっている。君には、その脅威を止める力が必要だ。準備はできているか?」
レイは戸惑いながらも、
「準備って…いや、まだ僕には何もわからない。僕は戻らないといけない…!」と言いかけた。
しかし、球体はレイの言葉を遮るように、再び強い光を放ち始めた。
「心配はいらない。全ては導かれるだろう。今は私の言葉を信じなさい。さあ、目覚める時だ。」
その瞬間、球体の光が一気に強まり、レイの意識はその光に包まれ、彼は再び深い闇の中へと引きずり込まれていった。
(……続く)
***
【次回予告】
──語られることのなかった始まりがある。
希望は、ある医者の手から生まれた。
彼が救った命、そのすべてが、やがて世界を変える力となる。
コインが導く先は、少年がまだ知らぬ、時を越えた記憶の中――
すべての真実は、ここから始まった。
レイは謎の球体によって過去の記憶へと誘われた。
過去に語られる壮絶な物語が今始まる。
次回『黄金の医者――希望が生まれる時――』
“その記憶が、世界の運命を書き換える。”
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