第23話 ~僕とサウダージ~

いつの間には空の隅はオレンジ色になっていた。空には一つだけ星が輝いている。

僕は最初の砂浜にもどり、さっきの隠れ家にあった布を地面に広げた。

さっき手に入れた宝物は日が当たらないところに置いた。


「この布を使って寝る場所をつくろう」


もとは白い布だったのだろうが、ひどく汚かった。

ところどころ茶色で、カビのような薄い緑色のものがついていた。海水で洗うと少しはマシになった。これと木の蔓を組み合わせ、ハンモックをつくった。


地面に寝るのは怖い…。


毒グモやサソリのような危険生物がいるかもしれないからだ。

砂漠にすむガラガラヘビは砂に隠れていると図鑑で読んだことがある。

それを考えたら砂浜で寝るのも怖い。

ハンモックで寝れば、少しはこの危険を回避できるかもしれないと考えた。


「暗くなったらここで寝よう…」


海を見ながらボーっとしていた。さっきの1枚の写真が気になっていた。

あの船長にとって宝とはなんだったんだろうか?

金銀財宝のことか? 娘のことか…?


「バカだなぁ、僕は…」


考えたって答えが出るわけではないのに…。あの写真は僕に父さんを思い出させた。

父さんが口ずさむ歌は『サウダージ』という言葉を耳にした。

言葉の意味は『郷愁・切なさ・愛』など…。

多くの意味を持つ言葉だったと思う。どこの国の言葉かは忘れたけど…。


「故郷に寄せる思いか…今の僕にピッタリの言葉だなぁ…」


サウダージといい、アゲハ蝶といい…。


「父さん…今はなにをしているだろうか…?」


丸かった太陽はいつのまにか、

スーパーに売っているカマボコのようなかたちをしていた。


(もうすぐ夜になる…)


今まで夜が怖いなんて思ったこともなかった。

カノンさんからもらった腕時計がほのかに光っているだけで他には何もない。


「もっと使い方を聞いておけばよかった…」


明かりのない生活が心細い。

やがて、水平線の際の部分だけオレンジ色になっていた。

マジックアワーというやつだ。

太陽が沈んだ後、少しの時間だけ見ることが出来る貴重なもの。

けれど感動できなかった。

芸術鑑賞というものは、衣食住が足りて成り立つものだとこのとき知った。


完全に夜になった。


頭上では星が瞬いている。海は暗く、細波が静かに広がっている。

面には銀の月がユラユラ浮かんでいる。

水面の月は夜空の月と違い、まるで幽霊のようだ。

いろんなものがおっかなく見えてくる。

まわりにだれもいないとなおさらそう感じる。


(……これからずっと独りなのか…?)


僕は、今砂浜に膝を抱えて座っている。今まで一人になることなんて怖くなかった。

一人でお留守番なんてよくあることだった。でもそれは、『ゴールのある独りの時間』だったからだ。いつかは両親が帰ってきてくれるという安心感があったから耐えられた。でもこんな終わりの見えない孤独の時間をはじめて味わった。

サバイバルの本を読んだりテレビなどを見たりして、知識には自信があったが、全然うまくいかなかった。知ってることと、できることは違うことを思い知った。


(……………………)


無力感、焦り、不安…そんな感情が僕の頭の中で一つの大波となって

一気に押し寄せる。いつか読んだマンガのように……

そのうち髪やヒゲが伸び、顔がモジャモジャになって

茶色いズボン一枚で原始人のように暮らしていくんだろうか…。


(……ん?)


ポケットには拾ったコインがあった。

このコインが高価だとしても…なんの意味もないじゃないか…。

こんなものより話し相手が欲しい…。気が狂いそうだ。

だれでもいいから今は近くにいてほしい。


「くそっ!」


僕は真っ黒な海に向かってコインを投げた。宝石もぜんぶ投げた。


「宝なんてなんの価値もないじゃないか! ここには僕しかいないんだから」


ボチャン!


すると鈍い音とともに、真っ暗な海に青白く光るところがあった。

それは投げた宝石が落ちたところだった。


「なんだ? 今の?」


とおくに目をやると、月夜にイルカが跳ねている姿が見られた。

ただそれだけなら珍しくもないが、イルカの跳ねたあとに青白い光の粒がキラキラと輝いて見えたのだ。海面ギリギリを泳いでいるイルカにも青白い光の砂のようなものが見える。


「病院で読んだあのルシ…なんとか?」


イルカは10匹くらいいて、跳ねたり潜ったりしていた。

漆黒と青白い光の粒がとても幻想的だった。

いくらか心が和らいだが、それでもなんとなく落ち着かなった。


「寝るか…」


ハンモックに寝転がった。満天の星々だ。夜空を見て、僕は妹が小さいころを思い出した。妹が宝石箱を床にぶちまけて泣き出し、かわりに僕が片付けることになったが…。妹のピンチだから頑張ってきたのに、今度は僕がピンチになってしまった。


「これからどうすればいいんだ…」


アレコレ考えながら、寝返りを打っていると、近くにサンゴ礁が見えた。

綺麗な月夜のおかげで真っ暗闇ではないのが救いだった。

よく見るとサンゴ礁の水たまりには色とりどりの魚が泳いでいる。

そんな生き物たちを、家族や友だちに重ね、思い出していた。


「みんなに…会いたいなぁ…」


悲しみの中眠りについた…。


「う…ん……ここは?」

「#$%&’?”|<!!」


次に目を覚ましたら、スターゲイザーの医務室だった。

周りには艦長とサーディンがいた。

サーディンが耳にワイヤレスイヤホンのようなものをつけてくれた。


「気が付いたか! レイジ!!」


僕は泣きながら、なにがあったかを艦長たちに話した。


「実は…かくかく…しかじかで……」

「そうか…大変だったな…おまえも…」

「でも、あの島…なんか変だったんだよ」

「なにが? 気にすんな。あんなトコに丸3日も一人でいたら変にもなるさ」

「…え? 僕丸2日も眠っていたの?」

「そうだよ」

「って、そうじゃなくて…生き物の生息が出鱈目だったんだよ。ジャングルと砂漠の生き物が混ざって住んでてさ。他にもツノの生えたペンギン、緑のアザラシとか…そんなことあるのかなぁ?」

「そういうのはガークのおっさんにでも聞けよ。俺はわかんねぇよ」

「そうだね、質問する相手を間違えたよ」

「な~んか、引っかかる言い方だな…」


アハハ…


みんなと話すのがこんなにありがたいものとは思わなかった…。


「でも…みんな無事だったんだ。よかった」

「ああ。あのあと乗組員全員が戦闘特化型ドリンクを飲んで奮闘してね。なんとか事なきを得たよ。ケガ人はでたが、殉職者なし。スターゲイザーも損傷甚大だが…失わずにすんだよ。補給と修理でキミの救出に時間がかかったな。すまない…」

「いえいえ…戦闘特化型ドリンク? そんなのもあるんだ」

「そうだよ。こういった緊急時のときは非常に便利なんだ。ただ…子どものキミには飲ませられなかった。どんな副作用があるかわからないからね」

「だから、僕を遠ざけたのか…」

「そーいうこった。ちなみに来る途中、薬の原料は手に入れたぜ?」

「そういえば、忘れてた…」

「ま、予想外のことが起こっちまったから、忘れるのも無理はねぇ」

「ん? ちょっと待って…宝は? 僕はあの島で宝を見つけたんだ!」


あのとき自暴自棄になってて、お宝を海に投げ捨てたんだった…。


「あ~時間がなかったからよ。悪い。おまえだけ担いできたわ」

「引き返してください! カルセドニー艦長ぉ!!」

「それはできない。よほどのことがない限り、航路を変えることはしないんだ」

「そ、そんなぁ…」


お宝は残念だったけど…命あっての物種だ。僕は安堵の息をした。




30分くらい経ったころ、ガークさんが着替えを持ってきてくれた。

ついでに、ナゾの島のことも聞いてみたけど…。


「ん~、孤独と恐怖のあまり、なにかに見まちがえたとか?」


(そ、そんな……!)


結局、バナナ島で感じた僕の違和感は見間違いということになった。

ガークさんが持ってきた半袖、短パンに着替えた。


(ちょっとスースーするな…)


落ち着かない服装のまま、ドアの外で待っていたロイジーさんとガークさんと

3人で別の部屋に向かった。


「これから何するの?」

「なぁに心配はいらない。軽い健康診断と傷の手当てをするだけだから」

「そうねぇ、1時間くらいかしら」


目の前には、ジャムのビンのような形をした水槽が十ほど等間隔でならんで置いてあった。水槽の中は見えない。水槽の前にはそれぞれノートパソコンのような機械と連結している。


「これは?」

「アクアビットというメディカルマシンさ。入ればわかる」


僕は言われるがままに5段しかない階段を登り、そこから水槽に入った。

水槽といっても人間一人が入れるくらいの大きさしかない。サーディンの家にあった高性能洗濯機に似ていた。戦闘機のパイロットがつけるようなマスクをつけた。

そのマスクは機材とつながっていた。


「動かない方が早く終わるからじっとしといた方がいいよぉ」


そういうとなにやら、ガークさんはパソコンでカチャカチャし始めた。


「じゃ、またあとでね…」


ロイジーさんとガークさんは僕にバイバイする。すると、足元から緑色の温水が入ってきた。透きとおる綺麗な緑色の温水は徐々に水位が上がり、僕を包み込んだ。

あっという間に水槽は水でいっぱいになった。



(…とっても気持ちイイ!)



なんとも言えない不思議な感覚だった。なんて表現すればいいのだろうか?

体が冷えた状態で暖かい部屋に入ると、体がホンワカするけれど、

あれが続くような感覚…。

1時間くらいといっていたけど、僕はずっと入っていたいとさえ思った。


(………………………………………………)


僕は静かに目を閉じた。ゆっくりと息を吐き、ゆっくりと吸う。

ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ…

ただ数を数える。僕は無心になった。意味は心をもたないことである。

しかしこれは、何も考えないとか頭を空っぽにするということではない。

いま目のまえにあることに集中することである。

過去の失敗や、未来への空想も一切考えない。

じいちゃんのことも。妹のことも。

無事にここから帰れるのだろうか…などの他のことを、今は何も考えない…。

すると、いつかの夏の日のようないろんな音が聞こえてきた。



風の音がした。


風で木々が揺れる音がした。


飛行機が遠くで飛んでいるような音がした。


自分の皮膚の感覚を感じた。


呼吸音を感じた。


そして…



トクン…トクン…


最後に心臓の鼓動音を感じた。いきなり無心になるのではなく…。

心地よい経験から…最終的に無心になっていく…そんな感覚だった。

青い海の中へと潜るような感覚…。


深く…。


さらに深く。


どこまでも…


————遠くから声が聞こえる————



「…く、ん。お疲れさまでした。もう出てきていいよぉ」


ガークさんとロイジーさんが戻ってきた。まったく気づかなかった。

ずっと閉じていた眼を開くと、眼に映るものすべてが色鮮やかに見えた。

心身ともに軽くなったようだ。

それは『海に癒してもらった』というべきだろうか…?

ロイジーさんが僕に話しかけてきた。



「その…ごめんなさいね…」

「いや、いいんですよ。島のくらしも楽しかったし…」

「そうじゃなくて、その…お尻の傷…完全に傷は消えないって」


彼女は顔を赤らめて言う。


「…え?…お尻の?」


彼女は静かにうなずく。いや、傷が完治しないのは仕方がない。

そうじゃなくてこの人に知られたことがとても恥ずかしい。

僕は体中ムズがゆいような感覚になった。

恥ずかしさのあまり、母なる海と一体化したくなった。

無心だ、無心になりたい…。

少し離れた場所でガークさんと艦長がなにやら話している。


「カルセドニー艦長…」

「どうした?」

「さっきからオルテンシアとつながらないんです…」

「なにかあったのか…?」

「わかりません。思い過ごしならいいのですが…」

「そうだな、今回は妙なことが起きたから…さっさと帰ろう」

「了解っス!」

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