第19話 ~僕とカルセドニー艦長~
「レイジくんはいるか? 彼と2人で話がしたい。私の部屋で話をしよう」
「はい」
(僕、なにかやってしまったのかな…?)
「カタくならんでいい。世間話をするだけだ」
僕は艦長の後をついていった。
ブリッジの後を通り抜けると、サーディンの家と同じくらいの部屋があった。
(艦長室…?)
その部屋の左右の壁にはどっしりとした本棚がならび、本がすき間なく並んでいる。
座り心地の良さそうなソファが向かい合わせにおいてあり、中央に置かれた大きなテーブルには日に焼けた新聞や雑誌が置いてある。
(つまりここは艦長にとって書斎の間か…)
こじんまりとしているけれど上品にまとめられている。
「電子書籍のようなものはおいていないのですか?」
「わたしは古いタイプの人間でね。実物と電子書籍を使い分けているのだ」
「そうなんですか…それにしても上品な部屋ですね」
無意識にサーディンの部屋とくらべてしまった。
(やはり部屋というのは、その人の内面だな……)
「ここにある本は好きに見ていい」
僕は黙礼して本棚に近づいた。ご自由にとはいっても…なんて書いてあるかはわからなかった。世界中の言語で書かれた科学、哲学、文学、芸術、政治や経済の本がずらりと並んでいる。これらの本をすべて読破しているなら、艦長は学校の先生もできるだろう。
次に彼はさらに奥にあるドアを開けた。ドアの向こうは豪華なシャンデリアの光に照らされたサロンであった。絵画をはじめとする芸術作品や天然の宝石や標本が、ところせましとならべられている。美術館と博物館を合わせたようだ。絵画には、だれでも一度は目にしたことがある絵画が20品ほどあった。大理石やブロンズでできた見事な彫刻も置かれている。本物か贋作かはわからない。しかし、シャンデリアの照明もあいまって、すべての作品が輝いて見えた。
(この部屋は…宝の部屋だ…!)
「これってぜんぶ本物なんですか?」
「わからんよ。でもどっちでもいいんだ。芸術品のデータはもうあるからな。
データさえあれば、オルテンシアでいくらでも複製できる」
「そうなんですね…」
「俗な男と笑ってくれ。ものに囲まれていないと落ち着かんのだ」
「いえいえ。…音楽にも詳しいんですね」
僕は壁際の大きなパイプオルガンを指さした。
「ただのインテリアさ。そういえば、久しく弾いていないな…シキに頼んで自動演奏モードも入れてもらったんだが、やり方はどうだったかな…」
サロンにあるのは芸術品だけというわけではなかった。部屋の中央にはシャコガイを模した噴水があった。そのまわりのガラスケースには見たことないような珍しい標本が収められていた。僕がつくった昆虫採集の標本など比べ物にならないくらいに…それは美しい。この標本を夏休みの宿題として学校に提出したら、最優秀賞を取れると思う。サンゴも貝も海の植物もすべて彼が採取したものなのだろう。他のガラスケースにはこれまた美しい真珠が収められていた。緑、黄、青といった見たことのない色のもあれば、ダチョウの卵くらい大きい真珠もある。
「これは?」
「ピンクパールというらしい。小さな砂粒が…長い年月をかけて、こんなふうになる。…気に入ったかね?」
「はい。でも本棚やパイプオルガンがあると大きな衝撃がきたら、運が悪ければ艦長はペシャンコになっちゃうんじゃないですか?」
僕は場を和ませようと冗談を言ったつもりだった。
しかし、艦長はキョトンとした。めずらしい表情を見た気がする。
「ガークから聞いていないのかい? まあいい。今度教えるか」
要領を得ない会話だったので、別の話題をふることにした。
「あ、あなたは、艦長でありながらいろんな分野に精通しているんですね」
「多芸は無芸というさ。…ただ、こうした芸術にかこまれていると…心が落ち着くときがあるのだ。緊張ばかりの航海を忘れさせてくれる」
ここの品々はいったいどれくらいの価値があるのだろう。
想像もつかない。そんなことを考えているうちに彼はまた口を開いた。
「どれもお金に換えられないさ。キミだって大事なものを部屋に飾るだろう? 男は…いくつになっても子どものようなものだ。集める対象が変わったにすぎんよ」
艦長はガラスケースに触れながら話を続ける。
「ガラスケースのものはすべて、私がこの海で入手してきたものばかりだ。これらはすべて努力の結晶であり…思い出の1ページさ」
僕は改めて貴重な品々に目をやった。すると彼は言った。
「サロンの見学はこれくらいにして、次を案内しようか」
彼のあとについてサロンを出た。その通路を進み、別の部屋に入った。
案内された部屋はさほど広くはなかった。ベッドと洗面台があり、ひととおりの生活ができる家具までそろったゼータクな部屋だった。必要最低限のものしか置いていないようだ。
「すわりたまえ」
彼はそういうと、静かに僕に話し始めた。テーブルにはたくさんの料理が並べられていた。まるでドラマで見た一流レストランの食事のようだ。席につき鼻で深呼吸をした。…とってもいいにおいだ。艦長に聞いてみた。
「どれも海でとれたもので作られているのですか」
「そうだ。長旅だからな。常に不測の事態を考えなければならない。したがって、食料や燃料などは温存しつつ、可能な限り現地調達だ」
「そっか。でも肉料理もありますね。これはオルテンシアから?」
「それはウミガメのヒレさ。この豚のシチューみたいなものはイルカの肝臓。陸の動物のものは一切ない。クルーには自称一流料理人がいる」
「自称、ですか…」
「できれば全部食べてみてほしい。これはクジラの肉でつくったクリーム。パンにつけて食べるイソギンジャムもあるよ。いい機会だ。子どもの意見も聞かせてくれないか?」
僕は好奇心にかられ、かたっぱしから食べていった。
パクパクパク…どれもメチャウマだった。そのあいだも艦長は話しかけてきた。
「不思議だろう? 普通では食べられない海生物も、我々は工夫して、特殊な機械を通すことで食べられるようにしたのだよ」
「スゴい!」
「海が与えるのは食料や燃料だけでなない。キミに貸しているその服はウニの棘や魚の骨が原料だ。船室のベッドは海草でできている。他にもイモガイの毒も採取し麻酔や鎮痛剤として使う。お酒は海草や生物をバランスよく配合し蒸留してつくる。インクはヤリイカやコウイカのスミからつくっているのだ。すべてとは言わんが、だいたいは海のもので作られている。すべて長年の研究成果のたまものだ」
「スゴいこだわりだ…海が好きなんですね」
「ああ。私には海がすべてだ。知っているだろう? 海は地球の七割を占めていて、陸よりも広大で生命にあふれている。暗闇の恐怖とあくなき道への探究…それが海だ。海にこそ本当の自由やロマンがあると、わたしは思っている」
「あくなき道とはいっても…けっこう探究は進んでいるのでしょう?」
「いや全然だよ…深海は未知の世界だ。人類が分かっていることというのは…」
彼はグラスの氷を指さしながら語るように話す。
「氷山の一角なんだろうな…」
そういって彼は残りのグラスの中身を飲み干した。
「そういえば、気になっていたんですが…船長ではなく艦長なんですね」
「どうした? 急に?」
僕が聞こうとしていることを、艦長はおそらくわかっている。
「僕は雑用している間に、武器庫のような部屋で『あるもの』をチラッと見ました。それは戦艦の主砲につめるような大きな砲弾でした」
「何が言いたいんだ?」
「このスターゲイザーって…正確には潜水艦ではなく戦艦なんですか?」
そこまで言うと、艦長はいきなり黙りこんだ。
それから何か考え事をして…やがて落ち着きを取り戻し、僕の方に向いて座った。
「キミを雑用係にしたのは間違いだったな…しかし、よく砲弾とわかったな」
「じいちゃんが元自衛官で…戦争について話してくれことが役に立ちました。おんなじ話を何回もしてくれたから…よく覚えています」
「そうか、聡明なおじいさんだ。そうだな…キミのような男の子が、喜びそうな兵器もたくさん搭載されているよ。…見たいのか?」
「い、いえ。そういうわけでは…ふと気になっただけです。ああ、でも、そういえば、けっこう古いタイプの兵器も載せているんですね。この戦艦は最新鋭だと聞いていたので、兵器も最新鋭ばかりだと思っていました」
僕は会話をつなげるだけで精一杯だった。
「いろんな戦いを想定して、いろんな兵器を持っていく。ただ、それだけのことさ。必ずしも最新鋭が最強とは限らんよ」
あ、そうか…納得した。僕だってゲームをするときは、炎や水タイプなどいろんなタイプのモンスターを連れていくし。そういう意味では戦艦も同じか…。
「戦い方を工夫すれば、旧型が最新型に勝つこともある」
そこも…僕の大好きなゲームと同じだ。
「実はな…私も元ランディアンだ」
「え? でも、肌が…」
「肌の色は、簡易的な外科手術で変えられるんだ」
(そんなことができるんだ…)
「戦争ばかりするランディアンがイヤになって、マリーシアンになったというのに…海底でも小競り合いが続いているんだからな。住む場所を変えても、人間を間引いても…戦争というものは、なくならないのかもしれんな…マリーシアンにはランディアンを見下すヤツもいるが…わたしから見れば、肌の色が違うだけで、やっていることは大して変わらない気がしてくるよ…」
艦長は僕じゃなく、遠くを見るような表情で見て言った。ふと艦長は我に返った。
「陸上でも海底でも戦争か…キミなら次はどこに逃げる?」
「宇宙…ですかね…」
「そうだ、だからスターゲイザーを潜水艦から宇宙戦艦に改造したんだ」
シレっとスゴいことを聞いてしまった…。
あのグラスには自白剤でも入っていたんだろうか…?
「ガークさんの言ってたことはホントだったのか…」
「そうだ。考えてみたまえ。海中での戦闘しか想定していないのなら、砲弾なんていらないだろう?」
「あ、そうか。ってか、いいんですか? そんなこと僕に喋って…?」
「…もうここまできたら一緒だよ。ただ、むやみやたらに言いふらさんでくれ」
「は、はい!でも、名まえがスターゲイザーだから、宇宙戦艦でも不思議じゃないのか…」
つぶやくように言ったのが、聞こえていたのか、艦長は僕の目のまえに3Dホログラフを出した。そこには…茶色のオバケのような顔をした魚が映っていた。
「うげ…なんですか? 急に」
「この魚がスターゲイザーの由来で…私の座右の銘でもある」
「…え? こんな魚が?」
ハッキリ言って、グロい。こげ茶のボディ。
つきでた二つの目。そしてギザギザの歯。
妹が見たら泣きそうなお顔立ちである。
「そうだ。キミの国ではミシマオコゼという名の魚だったかな?ふだんは体の下半分が地中に埋まっていて、あまり動かない。だが目はいつも上を見ている。この姿勢が星を見ているようだから『スターゲイザー』と名付けられたそうだ」
「ナルホド…『常に上を見る』という姿勢を、座右の銘にしている…わけですね」
「そうだ。人間は何歳になっても向上心を忘れてはならん、ということだ。座右の銘というより、心構えのほうが的確な表現だったかな」
カルセドニー艦長はニヤついた表情で言う。
「いかん、いかん。歳を重ねるとどうも、ムダ話が多くなるな…」
「いえ、ムダではありません。僕は勉強になりました。カルセドニー艦長」
「殊勝な心掛けだ。そう言ってもらえると助かるよ」
カルセドニー艦長は、最初あまりしゃべらず、怖いイメージがあった。
しかし、こうして食事や世間話をすることで少し打ち解けた気がする。
(…ってか、お酒が入ると饒舌になるな、この人…)
でも『常に上を見る』…か。僕もこの艦長の精神を見習おうと思った。
…と、思ったその矢先に僕はテーブルの端に足をぶつけて転んでしまった。
「いっ、てて」
「むぅ、たまには下を向いて生きた方が良いかもしれんな…」
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