第17話 ~僕と最新鋭の潜水艦~
「寝てるか…そっちの方が都合いいか…」
サーディンは部屋を出ていった。
(…………)
僕は音をたてずに玄関を出た。カギをかけなくても、大丈夫なんだろうか?
…と一瞬、脳裏をよぎったが、よく考えたら金目のものはなさそうな家だったので、電気の確認だけして家を出た。
(サーディンだけ乗るなんてズルい! あ、いた!)
あぶない、あぶない。あやうく見失うところだった。
でもこれ以上、近づくと気づかれそうだし…。
僕はまばたきを10秒に1回するくらいに眼を放さずついていった。
ボンヤリ灯った街灯の明かりの下をサーディンは歩いてゆく。
僕はあとをつけていった。彼はしばらく大通りを行ってから、やがて横の通りと入りこんでいった。通路の角を曲がり、うらびれた路地へと入っていった。
…しかし、彼は後ろを一度も振り向かない。
僕はコンテナがたくさんある場所を、ニンジャのように物音を立てずに歩いた。
サーディンはだれかと話している。服装からするに…
「よお、遅かったじゃねーか…ん? どうした?」
「なんか、だれかいそうな気がしたんだ…」
「航海前だから神経過敏になっているんだろ。まあ、いいさ。入れよ」
(ホッ…サーディンめ、カンが鋭いな…)
僕は胸をなで下ろした。あやうく見つかるところだった…。
「このコンテナを積み次第…出るぞ。すまんが急いでくれ」
「ハッ! ただちに!」
(まずい…。今出ていったらバレてしまう…)
僕はもう少し様子を見ることにした。スキを見て帰ろう。潜水艦の全体を見ることはできなかったけど、それよりもバレることが怖かった。それから30分くらいコンテナ内でコソコソしているけど、抜け出すタイミングがわからなかった…。
「ハック、報告を頼む」
「乗員のバイタル、外部水圧、艦内気圧、温度、湿度、酸素濃度、水深メーター、電気エネルギー系統、艦内カメラ、艦外カメラ、船底タンク給水…システム、オールグリーン」
「コンテナ…急げ!」
「はい!」
ガコン!
(………………え?)
僕が隠れて載っていたコンテナが床ごと急に動き出す。
(このまま載せるの? ちょっと待って!)
僕は勘違いをしていた。
コンテナを一つずつ運ぶものと思っていたが、床全体が動き出した。
この床そのものが潜水艦の一部だったのだ。かすかに話し声が聞こえる…。
「喫水線は?」
「お待ちください。…大丈夫です。艦長、いつでもいけます」
「よし、発進15秒前」
「スターゲイザー乗員、欠員なし」
「潜航準備完了」
「うむ」
艦長が艦内全員に伝えるように大きな声で号令をかける。
「スターゲイザー発進!」
そして、スターゲイザーといわれる潜水艦はゆっくりと動き出した。
とんでもないことになっちゃった…。
「…で? レイジくんだったかな…?事情を説明してもらおうか?」
艦長は青スジをたてながら、僕に視線を向けてくる。この艦長はカイゼル髭が特徴のシブい男だった。多くを語らないが貫禄のある人に見える…。あれからというものの、結局すぐに見つかってしまった。僕はかくれんぼがヘタだ。
「いえ、ちがうんです! そのコンテナと一緒に運ばれてしまって」
僕はあわてて言い訳をする。今の心境は職員室に呼び出された気分に似ている…。
「そうですね。コンテナと一緒に運ばれたみたいですし…我々にも落ち度がありますよ。だからそんなに目クジラをたてなくても…ね?」
まわりのクルーが艦長を落ち着かせようとする。
「誰だ? コンテナ見張る係は…まったくまぁ…キミの言い分ももっともだ」
しかし、艦長は困った顔で言う。先ほどよりも少し表情がやわらいだ。
「今から引き返すわけにもいかないし、やむをえん。キミにも手伝ってもらうよ。がんばりに応じて、スターゲイザーの秘密を教えてあげよう」
「やったあ! ありがとうございます!」
「喜んでいられるのも最初だけだったりしてな」
サーディンがとなりで肩をすくめる。
「まぁ、こんままじゃコンテナとは別の意味でお荷物だけどな」
『働かざる者食うべからず』はどこの世界も一緒か…
「あ~つっかれた~」
さっきまでは中身がわからない重たいものを、あっちへこっちへ運んでいた。
それがやっと今終わったのだ。ヘトヘトになった僕は艦長室へ行く。
「カルセドニー艦長! 失礼します! 艦内のお手伝い、終わりました」
「…うむ。ご苦労。少し休んでいたまえ」
「でも、僕、もうちょっと動けます!」
「それは頼もしいな…。だが、やはり休んでいたまえ。長年、現場にいるわたしでも…海では何が起こるが予想がつかんのだ。休めるときに休む、というのも仕事のうちなのだ。有事の際にはまた動いてもらうよ」
「…はい。休んどきます」
僕は納得し、艦長がいるブリッジをあとにした。
「ロイジー・ヴィブよ。よろしく」
彼女と軽く握手をする。
赤ぶちメガネが似合う30歳くらいの彼女はとても知的に見える。
「では…約束通り、この艦のヒミツをお教えしましょう」
「よろしくお願いします!」
「初歩的なとこから…このスターゲイザー、電気で動いているわ」
「ふ~ん…。でも電気で動いているのなら、長時間は使えないってことですか?」
「心配ご無用。この艦は海の恵みで動いているの。基本的には海流とスーパーキャビテーションの併用でエネルギー消費を抑えているわ。電気エネルギーがある程度減ってきたら、エネルギー供給を行います。海水から塩化ナトリウムやマグネシウムなど必要な成分を取り出し、電気エネルギーに組みかえます。3Dバブルシアターを見たかしら? 我々は海流発電を使っているの。いくつか休憩所があって、そこで電力供給を行うの」
(高速道路のパーキングエリアみたいな場所がいくつもあるってことかな…?)
「足りないときは、浮上して太陽光をエネルギーに変換するわ。この艦の上の部分はソーラーパネルになっているの。浮上したついでに、換気、海水の入れ替えなどをしているの」
ロイジーさんは目を輝かせて語る。
(オルテンシアの人って…話したがり屋が多いのかな…?)
「…ということは、僕らが海で見るクジラの潮吹きとかサメの背ヒレの中には…」
「その通りよ。われわれが浮上して休憩しているときかもしれないわね」
彼女はニヤリと八重歯を見せる。
「そして、海中パトロールのついでに生物の遺伝情報の採取・保存もしているわ。
スターゲイザーは現代版ノアの箱舟といってもいいくらいね」
「そもそも、なんで海中をパトロールしているんですか?」
「治安維持、生態系の経過観察、地殻変動、水質の調査、人命救助など…わたしたちのやるべきことはたくさんあるわ」
「人命救助? ランディアンを?」
「そう、海難事故で行方不明になった人たちの中には、我々の救助によって、オルテンシアで第2の人生を歩んでいるわ。そして、ランディアンの文化や世界情勢を教えてもらう…我々がランディアンに詳しい理由がこれでわかったかしら?」
「はい。その人たちは…地上には戻れないんですか?」
「機密保持のためよ」
「あの…僕は大丈夫なんですか?」
「その件に関しては、検討中よ…」
(でも、希望が見えてきた。じいちゃんはどこかで生きているかもしれない…)
「機密保持か…そういえば…マリーシアンってどうやって海底に来たんですか?」
「それはね…我々もわからないのよ」
「……え?」
「もしかしたら、上層部が隠しているかもしれないけどね…。我々は知らされていないの」
「そうなんですか…」
「ロイジー、交代だ」
男がロイジーさんに話しかけた。。
「オーケイ。今行くわ。じゃあね、レイジくん」
男はパッと見、40代半ば…。黒いアゴヒゲはモミアゲとつながっている。
ラグビー選手のような体つきで…少々お腹が出ている。
「ハック=ガークだ。弟にあったそうだね?」
「ハック? シキさんのお兄さん?」
「そうだ。特技は専門分野の解説だ。何時間でも喋れるよ。よろしくな」
軽く握手をする。それから、ガークさんとは世間話をして楽しんだ。
海の色と言えば、たいていの人は『青』を連想するだろう。
しかし、海の世界は青一色ではなかった。そこには青を背景に緑の海藻をはじめ、赤色カメ、黄色のサンゴ、オレンジ色のクマノミ、紫色のイソギンチャク、黒色のガンガゼ、ピンク色の小魚、黄金色のコンブ、銀色に光るタチウオ、いろんな生物が生きていて海の中を彩っていた。リュウグウノツカイは真っ赤な背びれをユラユラと揺らめかせ静かに泳いでいた。上からの光で銀の体に反射してキラキラと光っている。自分が思っていたよりも薄っぺらい体をしていた。ボーっと見ていると銀色のトイレットペーパーが揺らめいているように見える。スターゲイザーは海流に乗り、海の中を上へ下へ巡行している。徐々に深海へ降りていく…。そしてまた真っ暗闇になってしまった。途端に、部屋が薄暗くなった。
「窓の外を見てみろよ」
サーディンが窓を指差した。
(うわあ…ってか、サーディンいたんだ…)
窓の外はどこまでも続く漆黒…。そんな中で…ポッと小さな燐光が灯る。
その光は一つまた一つと増えていった。それは満天の星空のようだった。
窓の外にある天の川は、次々と現れて流れるように視界の隅へと消えていった。
ときに弱く、ときに強く点滅しながら闇の中をスイ~と泳いでいた。
「……………はぁ」
感嘆の声が出た。目のまえの光景はあまりにも…。
神秘的で幻想的で現実からかけ離れていたように思えた。
「ヒカリキンメダイだ。目の下に発光バクテリアを飼っていてその発光で仲間同志でのコミュニケーション、餌を探すためといわれている」
ガークさんは横で解説してくれた。
「ヒカリキンメダイって、こんなに綺麗な生き物だったんだ…」
「ヒカリキンメダイは、光に沿って動くから我々の光が、ジャマかと思って」
「だから、部屋を暗くしたんだね…」
やがて、僕らはまた闇に包まれた。ときおり、赤い光を放つ生き物が泳いでいるのが見える。アカチョウチンクラゲというらしい。その名の通り、提灯みたいな姿だ。大きさは掌に載ってしまうサイズだ。泳いでいるというより浮遊している。
そこへ別の生き物が現われた。
「うわあ! びっくりした!」
「デメニギス。グリーンの眼球に頭がスケルトン…。オモシロイだろう?この目には2つの機能があってね。一つはエサを探す探索機能なんだ」
ヒレが大きな団扇のようだ…。そのおかげなのか、安定した泳ぎをしている。
「もう一つは追尾しながら観察する捕獲機能。この仕様なら、視野が広いからね」
「なるほど…。コイツは探すことに長けているんだ…」
「そう、深海の生物は過酷な環境で生き残るために、いろんな技を身に着ける…」
「僕らは命の安全は保証されるけど…こいつらは毎日が命がけなんだ」
つくづく、人間に生まれてよかったと思う。
「大概の生き物はこのカメラ図鑑にデータが入っているから、対象に当てるだけで説明してくれるよ」
「…ん? じゃ、最初からコレを使えばよかったんじゃないですか?」
「ヤレヤレ、これだから…たくさんの知識を持つ人間というものは、それを披露したがるものなのさ。体を鍛えている人は、自分の体を見せたがるものだろう?」
「ああ、そう…です…ね…」
(似ているな…あの人に…)
僕は他の生物も見たくて、窓の外にカメラを向けた。潜水艦は先ほどのライトとは違う薄赤色の光をいろんな場所へ当てている。
「あれは何をしているんですか」
「ああやって、地形を計っているのさ」
「病院のレントゲンみたいなものか…」
「定期的にデータを取ることで地殻変動や海底火山の噴火、生態系の流れなどを
予想するのさ。人工AIやカメラと併用しているが…人間の目も必要だよ」
なにやらクルーと艦長が話し込んでいる…。
「艦長、この海域なんですが…どうも最近、地殻変動があったみたいですね」
「なんとも微妙なラインだな…正常とも異常とも言い難い…」
「小さな地震も何回か起きているみたいですね…」
「一応、報告書にまとめておいてくれ」
「了解っス!」
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