第16話  ~僕と発明家の男シキ~

僕たち3人はシキという人の研究所の前にいる。


(どんな人なんだろう…)


インターホンを鳴らすと銀色のサンゴーグルに白衣を着た人が出てきた。

髪型は女性っぽいけど、体つきからして男なのはわかる。


「ハナビート、サーディン! 久しいな!」

「よぉ。元気か?」

「やあ、シキ。この子がキミの研究に興味があるそうなんだ」

「もちろん! 歓迎するよ!」

「わたしの名前はシキ。ハック=シキだ。よろしくな」

「レイジといいます。よろしくお願いします」


シキさんと軽く握手する。


「シキさんの発明品を見ました。すごいです。僕には魔法のように見えます」

「仕組みのわからない科学は魔法とおんなじ、ということさ」


サーディンはあまり面白くなさそうだ。

部屋の隅にあるランニングマシーンに乗りはじめた。

自分を『学のない人間』と言っていたけど、こういうのは興味がないのだろうか。


「あれも研究で使うんですか?」

「いや、あれは関係ないよ。あのマシンの運動エネルギーがそのまま電力に変換される仕組みになっているんだ。電気代の節約になるのさ」


一方でシキさんは続けて喋る。


「せっかくの客人だ。コーヒーでもご馳走しよう。私はそこにいるのと違って、おもてなしというものを知っているからねぇ」

「ああ、そうかいそうかい。じゃ、俺はコーヒー特盛大型サイズで頼むわ」

「ふふっ、まあそう怒るな…で?超高性能お洗濯マシンは役にたっているかね?

代金の支払いがまだだったと思うが…わたしの記憶ちがいか?」

「そ、それはまた、今度な…」

「ふふん、まあよかろう。コーヒーと…キミはトロピカルジュースでいいかな?」

「あ、ありがとうございます」


シキさんは自分の腕時計を2回押した。すると壁の中からカップが3つ出てきた。


「は、早い!」


ものの5秒で注文の飲み物が出てきた。家の中に自販機があるのか?

うらやましい…


「ふふ、私は効率重視だからな…」


そこは理科室のような部屋だった。いろんなものが置いてある。

奥の壁には黒板サイズの電子タブレットがかけてある。

難しい数式がたくさん書いてあり、時間が経つと別の数式や図式が出てきた。

他に目に着いたのは不思議な試験管だった。

試験管が5つあり、その中には紫や緑色の液体が入っている。

中には黒色のものあるが、なんとなく近づくのをためらってしまう…。


(これは…ジャイロスコープってやつかな…?)


同心円状の7つのリングがタテ、ヨコ、ナナメといろんな方向に

回っている。中央にはブーツのようなものがゆっくり回っていた。

他にも得体のしれないものがあった。いろんな研究を同時にしているようだ。

このタイプの人は研究対象に勝手に触ると怒る人っぽいので、なにも触れずにシキさんの後ろをついていった。


「いろんな研究をしているんですね」

「そうさ、私はいろんな研究を同時進行している。まれにではあるが…Aの研究をしているときに、Bの研究の仕組みが役立つことがある。新しい発明や発見につながるキッカケになることもあるのだよ。研究成果が遅れるという弱点もあるがね」

「まあ、そうですね。…ん? これは?」

「これは『サイズ変換装置(仮)』さ。私は人間を大きくしたり、小さくしたりできるように研究しているのだよ。特別に私の研究成果を教えてあげよう」


人差し指をおでこに当て、彼はとても上機嫌になった。


(完全に…酔っている…自分に…!)


研究について話を聞いてほしいんだろう。僕は黙って聞くことにした。


「これを見たまえ。概要をカンタンに説明するとだな…」


僕の目のまえに人体模型のホログラフィがあらわれた。


「人間の体は水35Ⅼ、炭素20㎏、アンモニア4L、石灰1.5㎏、リン800g、塩分250g、硝石100g、硫黄80g、フッ素7.5g、鉄5g、ケイ素3g、その他少量の15の元素、及びその個人の遺伝子の情報によって構成されているとのことだ。もちろんこの数字は単なる平均値だ」


モニターにいろんな数字が出てくる。


「早い話、この人体の構成元素を同じ比率だけ足し算引き算して、人間のサイズを変えてしまおうってわけさ。まだ安全性が確認されていないがね…」


彼の説明に合わせてモニターの人体模型は大きくなったり小さくなったりする。


「実用段階ではないが…これが実用化されれば、多方面で役立つと予想している。

医療現場では患者の体を大きくして脳外科の手術をやり易くするとか…」


「それだと手術室からハミ出るから、逆にお医者さんを小さくすればいいんじゃないの?」

「少年、キミの方がかしこい人間かもしれないね」


シキさんは、銀色のサンゴーグルをおでこに止め、手を顔で覆いながら恥ずかしそうに僕に言った。ハナビートは僕とは別にシキさんの研究をジロジロ見ている。


それにくらべて、サーディンはテーブルから動かない。


「サーディン、これだけオモシロいものがあるのに…なにも思わないのかな?」

「彼と学術は、水と油だからね。…話を続けようか」

「はい…」

「まあ他にも食糧問題も人間を小さくすれば、結果的に作物や海産物の乱獲を防げる…とか。最終的にはこんな大きな機材ではなく懐中電灯くらいのサイズで持ち運び出来るようにできたら…と考えているよ」

「へえ、夢があるね」

「そう、夢だ。科学者ほどバカげた夢を見なくてはならない。そのバカげた夢を…いかにして理屈立てて可能にしていくか…それが科学者なのだよ。『戦争は発明の母』という言葉がランディアンにはあるらしいが…ナンセンスだよ。戦争をしなければ発明が出来ないのか…? 否、断じて否! 戦争がなくても、科学で人の暮らしを豊かにできることを証明して見せるさ。何年かかろうとも、ね」


そう言った彼はとても頼もしく見えた。


「これも研究の対象なの?」


コブシくらいの岩に小さな水滴が落ち続けるオブジェを見て言った。


「それは研究対象ではなく座右の銘だよ。『水滴は岩をも穿つ』という言葉がランディアンにはあるだろう?」

「ごめん、わかりません…」

「要するに『水滴が長い年月をかけて岩に穴をあける』という意味だ」

「小さな努力も続けることで成功につながるってことだね?」

「そうだ。ふふ。なんとも安上がりなオブジェだろ?小さな理論の積み重ねが不可能という大岩に穴をあける…いつの日か、ね。水道代が高くなるのが難点だがね」


意外だった。自分の研究成果をこんな小さい水滴にたとえるとは思わなかった。

最初は『変な人』と思っていたけど、それは偏見だった。自分の心の中にある信念に沿って生きているんだと感心したのだった。彼の説明は長かったが…それも熱意からくるものだろうと思う。僕は少しも不快にならなかった。


「すまない。ついつい、熱弁してしまったよ」

「全然、知識以外にも学ぶことがあったよ」

「そうかい?それは良かった。もっと学びたいなら…港に行くといい。最新鋭の潜水艦を間近で見れるよ」

「お、おい…シキ…それは……」


サーディンが困っていた。


(…なんだろう? なにか困るのかな?)


「へえ、面白そう。行ってみるよ。ありがとう」

「運が良ければ、中も見せてくれるかもしれんよ。ダメもとで行ってみたまえ」

「あの~よければ…また今度見学を…」

「また来たまえ。私もときには、知識をだれかにひけらかしたいのだ」

「うん、それじゃ」


僕は彼に手を振ってその場を後にした。人が人に学ぶものは知識だけじゃない。

物事に対する姿勢、信念。大事なものを彼の背中から学んだような気がした。


ひととおり見てまわったら天井の色が

さっきよりもオレンジがかっていることに気が付いた。


(もう夕方か…不思議だ)


海の底というのに地上の世界と似ている部分が多い。違うところといえば、建物の階層が3、4階くらいまでしかないのが特徴だろうか。地上から来た僕からしたら少し狭く感じられた。


「なんだか不思議だね。海底だというのに、天井は時間によって色が変わるんだもん。地上にいるときとそんなに変わらないよ」

「あ~それはな。生物の体内時計が狂わないようにとお偉いさんの配慮らしい。

あの人工太陽もそうだ。人間いつも明るいもとで生活していたらいろんな感覚がバグってしまうらしいからな。本意ではないにせよ、ランディアンの日常生活をモデルにしてるんだと」

「本意では…なかった…?」

「マリーシアンにも偏見まみれの奴がいるのさ」

「そっか…サーディンって物知りだね」

「そりゃ詳しくもなるさ。ここに30年近くも住んでりゃ、な」


結構…歳いってたんだな、この人。でも若く見える…。

さっきのお店のドリンクが関係しているのかな? 

あのドリンクを買いだめしとこうかな…。


「じゃ、サーディン。レイジくんをヨロシクね。僕はお暇するよ」

「おう! じゃな、ハナビート!」


そういってハナビートは去っていった。


「最新鋭の潜水艦かぁ…」

「水を差すようで悪いが…おまえはお留守番だぞ? 明日からは別行動だ」

「なんで?」

「そりゃそうだろ? 最新鋭の潜水艦だぞ? 知られちゃマズいものとかあるし。

キケンも伴うからだよ」

「別行動って…サーディンはそれに乗るの?」

「まぁな。俺はクルーだからな」

「いいなぁ!」

「いいなぁって…俺は仕事で乗るの。遊びじゃねぇの」

「……ちぇ」

「オルテンシアには観光できているワケじゃねえだろ?」

「そうだけど…」

「薬が手に入っても、おまえが死んだら本末転倒だろ? 大人しくしてな」

「明日から僕一人ぼっち?」

「おまえの面倒はハナビートが見てくれるさ」

「そ、そんなぁ…」


暗くなるまえに僕らはサーディンの家に帰り、晩御飯を食べて、お風呂に入った。

僕がお風呂に入っている間に、ベッドを用意してくれていた。

泊めてもらっていうのもなんだけど…ホントに何もないなあ。

これはもう、早く寝るしかないな。


「僕もう寝るね」

「おう。子どもは早く寝な。お土産を楽しみにしてな」

「おやすみなさい…」


そういって僕は、サーディンより早く床についたのだった。


(くそ~…最新鋭の潜水艦…気になるなぁ…)

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