ジョーク

hiromin%2

 エイプリルフールは、どうやら午前中にしか嘘をついてはいけないらしい。

 青年はそのことを前々から知っていたので、午前中の間で言い逃さないよう、とびっきりの嘘を前日から用意していました。同棲しているガールフレンドを喜ばせるためでした。

――ライオンはイヌ科らしいよ!

――毎日キスをすると筋肉がムキムキになるらしいよ!

――どうやらコーラを飲むと歯が溶けるのはウソで、本当は新しい歯が生えてくるようになるらしいよ!

 面白いジョークがなかなか思いつきませんでした。ついにはそのことばかりを考えるようになって、皿を割ってしまい彼女に怒られてしまいました。しかし、その日の夜に、とてもおもしろいジョークを思いついたのです。その日は安心してぐっすり眠りました。


 さて、とうとう翌日を迎えました。が、青年が目を覚ましたとき、すでに時計は一時を回っていました。寝過ごしてしまったようです。ガールフレンドはすでに起きて活動していたので、なぜ起こしてくれなかったのか、彼女に問いただしました。

「だって、あまりにも幸せそうな顔で寝ていたから、起こすのに忍びなくて……」

 どうやら彼女は、青年に気をつかってくれたようです。悪気なんてなかったのに、ガールフレンドは目をウルウルさせ、悲しそうな表情をしました。青年は申し訳なくなりました。

「ごめんよ、せっかく気をつかってくれたのに怒ってしまって」

 青年はすぐさま誤りました。すると彼女もあっさりと許してくれました。

「別にいいのよ。でもね、せっかく朝食を作ったのに、あなたは寝ていたのよ」

「あら、それは悪いことをした」

「一人で食べたのよ、寂しかったわ」

「じゃあ、昼食は僕が作るよ」

「いいえ、一緒に作りましょう」

 彼女はいたずらっぽく笑い、青年も微笑みかけました。いつも通りの昼下がりでした。

「明日は朝食も一緒に食べようね」


 また翌日になりました。今度は青年の方がずいぶんと早起きしたので、まだ眠っているガールフレンドを、こっそり起こそうとしました。

 ダブルベッドの隅で眠る彼女は、寝顔を青年の方へ向けスヤスヤ寝息を立てていました。やはり無理やり起こすのは忍びなく思いました。しかし起こすことに決めました。

 スマートフォンを枕元から探りよせました。音楽アプリを起動させ、彼女が好きな「ラプソディーインブルー」を大音量で再生しました。

 クラリネットのソロパートが終わり、オーケストラの演奏が始まったところで、彼女は身体をビクリとさせ飛び起きました。

「えっ、えっ、何?」

「おはよう!」

「ちょっと、何なのよ」

 なんと、彼女の機嫌を損ねてしまいました。当然と言えば当然ですが、しかし青年にとっては想定外でした。いたずらが見つかって怒られる子供のように、ばつが悪くなりました。

「ごめんよ、せっかく気持ちよく寝ていたのに、無理やり起こしてしまって」

 青年はすぐさま謝りました。

「朝食を一緒に食べようって約束していたから、それでつい」

 青年は弁明まで子供のようでした。しかしそうな様子が、ガールフレンドにとってはおかしかったようです。

「やっぱり変ね。いたずらしてしょぼくれるなんて、立派な大人がやることじゃないわ」

 彼女は笑い出しました。青年もぎこちなく微笑みました。

「あなたにはいつも困らされているわ。でもあなたのおかげで、代わり映えのない毎日も、ずいぶんとましになるのよ……」


 キッチンで二人は並び、朝食の準備をしていました。小窓から日が差し込み、溶き卵を入れたボウルがキラキラと輝きました。

「今日はいい天気だね」

「うん、そうね」

「ああ、最高な四月二日の朝だ!」

 すると彼女は、驚いたように目を丸くしました。

「えっ、今あなたなんて言った?」

「最高な四月二日の朝だって」

 彼女はぷっと吹き出し、笑い出しました。

「やっぱりおかしな人ね、あなたは」

 青年はすっかり得意げになりました。ガールフレンドは包丁でにんじんを切るのも忘れ、いつまでも笑い続けました。

 四月一日を永遠に繰り返すこの世界にとっては、最高におかしなジョークでしょう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ジョーク hiromin%2 @AC112

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る