落語 商店街育ち

北風 嵐

第1話 落語 商店街育ち

落語 商店街育ち


ええ~、ここに懐かしい市電の絵がおます。神戸の市電は東洋一やと云うのが神戸っ子の自慢でした。

なくなったのは何時でしたかいなぁ~、昭和46年、板宿線が最後やったと思います。よろしかったですあぁ~、時間がゆっくり流れていて、人生60年の時代でもきっちり60年おました。今は80ねんゆうても、その速さからゆうたら、半分の40年みたいなもんです。20年返して欲しいですわ?


あの市電の時代は商店街・市場は賑やかで、街は賑やかでした。水道筋商店街、六甲道、新開地に湊川市場、この長田もえろう賑やかでした、大正筋、本町筋、六軒道、ほんでこの丸五市場、全盛期には150店舗もおました。

高速が通って、地下鉄が通って、みんなモグラみたいに土の下通るようになって、便利になりましたがみな三宮に集まってもうて、垂水・板宿・長田・湊川・平野・六甲道みんなさびれてしまいました。昔こんな標語がおました。「狭い日本そんなない急いでどうする?」その日本より狭い神戸、そんなに急いでたら町は死んでしまいます。街を生き返らすにはもういっぺん市電通したらよろしい。神戸の詩人で、私かて詩ぐらい読みます。こんな詩があります。


一つの時代 さらに 一つの時代を くぐりぬける


なんでも思い通りになる力 そないなことが出来ますなら


神戸の街中の 市電の線路(レール)という線路


もういっぺん ごっそり持ってきて


一瞬のうちに 敷いてしもたりまんねん


一夜明けたら 神戸中のみなさん びっくりこきはりまっせ


朝から市電の音なんかして・・・


ええ詩ですなぁ~、私にもそんな力があったら、そないしたいですわ。じゃ~地下鉄の穴ぐらはどないしまんねん?になりますわね。それはこの後のトークで、皆で考えてもろうて。今日は商店街・市場の話をさせて貰います。。


商店街の両端には酒屋がありましたな、どうして両端?配達せんとあきまへんやろ、真ん中では邪魔になります。それぐらい昔はぎょうさん人が、お客さんがいてはりました。その酒屋の店の片側は立ち飲みになってまして、仕事終えた職人さんなんかがよう飲んでました。勿論商店街の連中もですが。商店街には名物親父とか、女将とかいてましてな、住み込みの若い女の子も男の子も居たりして、恋の話もあったりして、話題には事欠きませんでした。今でも、この市場の前にも酒屋の立ち飲みがあります。


「久しぶりやな、岡ちゃんやないか、なんでこんなとこに」

「こんなとこは、ないやろう。新長田迄来たら懐かしいて、つい足を延ばしてもうた」

「そうかいな、岡ちゃんもエロウ出世して、大学の教授になってこないだもTVで見ましたぜ、みんなに見て見みい~、こいつ偉そうにしてるけど女に手がはようて、わてが尻ぬぐい何回したか、ゆうたりましてん」

「そんないらんことゆわんでも」

「今は、なんちゃら名誉教授かなんかでっか」

「いや、肩書は一切外して、今では絵を描いてます」

「昔は恥かいて、今は絵でっか、ええなぁ~」

「ところで今やんは、今もここで?」

「そうや、ず~と昔の家で、昔の嫁はんと暮らしてま」

「それは結構や」

てな話から、昔の商店街の話になります。

「岡やん、それはないか、教授のとこな」

「肩書は全部外したゆうたやろう、岡やんで結構」

「岡やんとこの親父も変わってたなぁ~」

「せやなぁ~、あの親父のお陰で家出もして高校中退、行きなおして2年も遅れて」

「そうや、暫く見ないと思ってたら、俺が3年の時、1年生で又入って来たのにはびっくりしたわ」

「お前はせんでもええ苦労してると、親父には云われたけど、お前がさせてるんやんけと思ってた」

「あのな、今留守ですゆう話、もう一回聞かせてくれへんか?」

「ああ~、あの留守ですぅ~ゆう話か、あれは塩干もん売ってた時の話や、夫婦で一日中顔わせて仕事してたら、喧嘩ににもなる。ようやってました。喧嘩になったら母親は2階に上がってふて寝です。その日は、父親もよっぽで頭に来たんやろう、二階に上がるわけにもいかず、コの字になった通路の後ろにパッキンケース敷いてふて寝です。両サイドの通路には箒で通せんぼ。お客さんが『ここのお店の人留守ですかぁ~』と声出しはったら、『はい留守です』親父の返事でした」

「あの店番の話も面白い。今でもワイは思い出して笑うてしまう」

「よう、あれで、商売できたもんや。塩干もんやめて、母親が洋品を扱い出したころや」

「そうや、ステテコで頭にハチマキしてたお前の親父がズボンにワイシャツで店に立った時はびっくりしたわ」

「親父が店に立っても、ブラウススにワンピース、それを説明できるセンスもあらへん。『おじさん、これ皺よるぅー?』と訊かれたら、『人間かて、歳いったら皺がよります』『おっちゃん、この白汚れるやろーネ』と訊かれたら、『汚れるから白です』こんな調子やった」

「でも、その通りと違うか?それからあの話は最高やったなぁ~。商店街中、いや、町内中が大騒ぎやった」

「角栄が町に来るゆう話か」

「せや、俺かて親父かて本気になったぜ。おかはんなんか、何着たらええねゆうて、お前とこでワンピース買うたぐらいや」

「あの話は親父の性格丸出しで、うちの母は『お父ちゃん阿保太郎やろう』ゆうて、俺が大学時代帰省した時に聞かせてくれた話や。今太閤と云われたあの角栄、小学校しか出てないのに首相になった。親父も小学校しか出てない、おまけに、田中という名前も一緒。いっぺんにファンになってもうた。新聞欄に首相の動向という小さな欄がある。親父は角栄になってそこを見るようになった。そこに『腰痛のため、1週間公務から離れる』とあったのや。親父も腰痛持ちで商店街の裏にあった鍼灸院、なんて云ったかな?」

「森本鍼灸院や」

「そうや、そこに通ってた。『あそこの先生の針は上手い、名医や』が口癖だった」

「うちの親父もそないゆうててわ」

「今みたいに秘密保護法なんてない時代、何処かで調べたんやろうなぁ~、官邸に電話したんや。『私の知ってる針医者は名医で腰痛なんて直ぐ治します』と、秘書は一応国民の一人が心配して電話を呉れているという応対をするわなぁ。『は~、ありがとうございます。角栄に伝手へておきます』と応じた。『伝えておきます』は親父にとっては『OKのサインや』。素直にものを捉える人やった。早速、針医者に行って、その話をした。『森本はん、かくかくしかじかで、角栄さんが来はります』『田中はん、あんたは嘘のつくような人でないのは、ようわかってます。でも何んでもそれは何かの間違いでっしゃろ』とは森本医院。会話にしたらこうなる」


「いいや、秘書はありがとうございますと感謝してはりました。間違いおまへん」「

「それでも、田中はん、一国の首相が私のとこに、考えられまへん」

「森本はん、あんたは常々、私の腕は大阪一やとゆうてはります。東京が一番としても大阪は2番です。日本で一番か、二番のとこに首相が来て、何がおかしいんです!」


こうまで言われると、先生も「ひょっとしたら」になって、

「森本はん、首相が来るのにあの引き戸の玄関構えはありまへん。建付けも悪いし、古うなってます。やり直さんとあきまへんなぁ~。それと玄関のこの絵もセンスが悪過ぎます」

「町内の人も、商店街の人もまさかと思っていたのが、医院が玄関を直しょった、絵は新しいのになった。本当に来はるんやになって、大騒ぎになったちゅうわけやったなぁ」。

「それからや、親父は外に出られんし、腰の調子が悪うても医院に行かれへん。布団しいて1カ月ほど寝てたわ。お陰で店の売り上げその月はようなってお袋喜んでたわ」

「日本の首相でもここまで心配してもうて角栄はんも幸せや。ええ親父やないか」

「せや、クソ親父と思ってたがチョット、親父が可愛くなったわ」

「お前は親父のことええように云わなんだが、塩干もんの時代、店頭で、『えーらっしゃい 安いよ 安いよ。安いよ。見てごらん このカレーのメリーちゃん、生まれは敦賀の若狭湾。3匹美人が980円ときたぁー!ええ~い、もう1匹付けて1000円や、もってけ泥棒って、頑張ってはった』

「よう覚えてるんやんや、俺以上や。繊維かて端切れを売ってた時代は、『サー奥さん。見てよこの柄。あじさいの花柄だ。まるでここにいてはる奥さん方のように綺麗だ。これでブラウス縫って、たまにゃ、ご主人と元町にお出かけだ。よその男が振り返る。ご主人、奥さんを惚れ直すよ!』と名調子をかましていたわ。誰かが一枚買うと『やっぱり、教養のある人は決めるのも早い。奥さん学習院でっしゃろ!』客はドット笑うって、笑い声につられて通行人が『なんやろ?』と覗く。人だかりは二重、三重にとなって、勇ましかったなぁ~」

「それや、うちのおかはんが、親父に『うち、学習院やろゆわれたわ』と自慢してた」

「せやけど、お前とこよう商売替えしてたなぁ~、そのたんびに、店が暫く閉まる。うちの親父なんか、やっぱり潰れたんやと心配してた」

「子供心に、俺も、次を考えててから、店を閉めるとゆうたんや」

「ほなら?」

「細々とでも食えている。そんな時に考えても碌な考えしか浮かばん。やめるのが先や。そしたら必死になって考える。必死になって考えた考えが答えや、ゆうてな。あの東北の原発事故の時親父の言葉を思い出したよ」

「せやのに、お前は後を継がんと農学部なんかに入って、親父さん、客を捕まえては、『うちの息子大学何処に行ってると思います?。農学部ですねん。大学で田植えやってますねん』とぼやいてはった。まー、大学の先生になったからええけど」

「喧嘩ゆうたら、あの魚常の若夫婦も派でやったなぁ~」

「ああ、朝帰りの常さんか、あの二人仲がええときは、店先でもいちゃいちゃして、熱々で、魚が腐ると思ったぐらいが、一旦喧嘩になると派手、派手」

「刺身のケンは飛ぶ、魚も飛び交う、これが本当の「飛び魚」とかゆうて。どっちも両手に包丁を持っているもんやから客も青ざめる、止める方も大変やった」

「常さんが福原で馴染みが出来て朝帰りが多くなったとか、中学生のわいは朝早くから仕入れで大変やと思ってた。それに比べて嫁さんの照子さんは遅い。それもそのはずや、中央市場で仕入れで遅くなるのは照子さんの方で、朝早くと朝帰りとは違うという事を知ったわけや」



私は中学校時代野球に熱中、プロゆうたら、プロレス、相撲、野球とかだけで、今みたいにサッカー、Jリーグなんてのうて、長島とか王なんかに憧れて、プロは無理でも甲子園には出たいと思ったものでした。市場には肝っ玉女将がおったりしましたなぁ~。食い盛りの頃です、よう学校帰りに買い食いしたもんですが、ある肉屋の女将さん、コロッケ1個買うたら、1個おまけです。「おばちゃん、これでは儲けないやろう」ゆうたら、「あなんたらに1個オマケしたぐらいでうちは潰れへん、これから日本をしょっていくあんたらが元気してくれると思たら安いもんや」、泣けるおばちゃんがいました。



世の中ほんまかいなぁ~というびっくりするような話もあります。向かい同士の店の嫁さんが入れ替わったと云う話です。八百屋の「バナナ」と、果物屋の「トマト」は向かい同士でした。八百屋がトマトで、果物屋がバナナと思われるかもしれまへんが、嫁さんの名前を屋号にしたのやから仕方がないのです。その八百屋のバナナさんが果物屋の嫁さんになって、果物屋のトマトさんが八百屋になったのだから、元の鞘に収まったという訳には人間の世界ではそうはいけまへん。バナナのトマトと、トマトのバナナが場所を変えて立ったのです。ああ~ややこし。そらぁ~お客もびっくりします。何より商店街の連中何が起こったのか驚きより興味津々です。

「どないなってん?」

「八百屋の亭主は女に手を挙げる悪く癖がある。トマトはんが目の上を腫らしたり、青あざを顔にするときもあった。それに八百屋の亭主が同情した。同情がいつしか愛情になった。ようある話や。それに頭にきたバナナはんが当てつけに向かいの果物屋の嫁さんになったという訳や」

「そないゆうても、バナナとトマトあの二人は姉妹やないかい」

「せやから、よけいややこしい。あの店の間通ったら火花で火傷するちゅう話や」

「バナナにはお男の子が、トマトには女の子がおったやないか」

「そうや、どっちも小学校5年生や。それも同じクラスで仲もええ」

「いとこ同士しやし、それで子供はどうなった。母親の方に行ったのか?」

「バナナはんが男の子にうちにおいでとゆうたんや。そしたら、その男の子、毎日向かいで見えてるからええとゆうたらしい。親は親、僕らは僕らと答えたらしい」

最後にあのコロッケの肉屋の女将が中に入って「あんたら恥ずかしないか、子供らを見習い」ゆうて、

八百屋と果物屋は反省して仲直り、最もバナナは果物屋で、トマトは八百屋のままやけど」

「それで真ん中を通っても火傷しなくてようなった。めでたしめでたしの話やなぁ~」


最後にこの丸五市場のお話にお付き合い願って、終わりとさせて頂きます。ここの市場には5つの入り口があります。なぜそうなったのか市場の生き字引入りちゃんに訊いて下さい。何せ「入りちゃんです」。出口も5つあります。入って来た方から出れば問題がないのですが、違う方から出ると、方向感覚が狂うのです。で、ここに買い物来て、家に帰るのに5年かかったと云う話です。それでも行方不明ではなく無事帰れたのですから、めでたい話なのです。

「あんた、市場に買い物頼んだら、何でこんなにもかかるのさ」

「イヤー、あそこは迷路みたいだろう、出口も5つもあって、出てもどっちがどっちだかわからなくて、そのうちある路地裏の居酒屋の女将と親しくなって、でもやっぱりお前のことを思うと、又市場の入り口に帰って、また別の出口に出てね」

「また何処かの居酒屋かい?」

「イヤ、違うんだ。出口で帰る家が分からなくなったと泣く子供がいてね、一緒に家を探しているうちに…」

「それでどうなったのさ」

「それがやっとわかってね、もう神隠しにあって戻らないものと諦めていたのに、何と嬉しいこと、貴方様は神様ですとか、泣かれててね。そこで1年、それでもやっぱりお前がね」

「入口にまた帰ったわけ」

「そう」

「で又同じようなことが起きたのかい」

「申し訳ない」

「申し訳ないで済まないよ。それから」

「面目ない」

「なんで市場に買い物に行って5年もかかるのさぁ~!」

「そりゃぁ~、お前、丸五だもん」

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落語 商店街育ち 北風 嵐 @masaru2355

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