第10話 約束の海辺

 マンホールから這い出ると、大学の近くまで来ていた。

 時間帯も夕方になっており、下校する人たちが多かった。

 俺たちはグラウンドに向かった。グラウンドには水道があり、蛇口を捻って傷口を洗浄した。

 俺は、予備で準備しておいた絆創膏をS4に貼った。

 元々、ふくらはぎの傷口を抑えるために用意していたが、新しくできる傷口に使うとは思ってもいなかった。


 「追ってこないよね。」


 S4は周りを警戒している。


 「おそらく大丈夫だと思う。警察官が来ていたから、逮捕してくれたかも。」


 口では楽観的なことを言ったが、胸騒ぎがする。

 なぜか、あの二人は警察から逃げ、今もどこかでこちらを探しているのではないか。


 「おう!健太。」


 いきなり声をかけられた。

 不意を突かれたため、振り返りながら態勢を崩してしまった。

 顔を上げるとそこには柏木がいた。


 「おお、どうした。」


 柏木は俺を心配した。

 想像していたリアクションではなくびっくりしたのだろう。

 そのまま、S4にも軽く挨拶をしていた。 

 S4も柏木を真似して挨拶をし返した。


 「二人で何してるの?てか、お前ら傷だらけじゃない。ど、どんなプレイをしたらそんなことに・・・」


 「プレイとは?」


 S4は不思議そうな顔をした。

 柏木は和ませるためにギャグとしていったのだろうが、S4には通じなかった。

 俺ももちろん笑わない。

 気まずい空気が流れ、柏木は焦ったように話を続けた。


 「とりあえず、どっかで休むか?」


 そういうと、柏木は軽音部の部室に俺たちを連れて行った。

 軽音部は、練習スタジオと部室を大学からもらっていた。

 柏木が言うには部室は楽器を置く物置になっているようで、あまり人が来ないみたいだ。

 部室に到着すると俺とS4は座り込んだ。

 二人とも疲れ切っていたため何も話せずにいた。

 沈黙に耐えられなくなった柏木が口を開いた。


 「二人ともお疲れだね。何かあった?」


 柏木とは、もう2年以上の付き合いだ。だから、心の底から心配していることが分かる。

 しかし、簡単に情報を漏らしていいのだろうか。俺は考え込んでしまった。


 「大丈夫です。ありがとうございます。さっき危ない人に追われて。健太くんが守ってくれたんです。」


 「ふー!!やるねー」


 柏木は俺の肩を叩いた。

 S4も柏木のことは信頼してそうだ。

 肝心なことは伏せつつ、柏木に相談してみようか?


 「柏木に相談なんだけど。」


 「なになに、何でも言って。」


 柏木は俺の言葉を遮って食い気味に了承した。

 柏木は目を輝かせて、なぜか嬉しそうだった。


 「しーちゃんを友達に合わせたいんだ。彼女の小学校の時の友達で、今東京にいるらしいんだけど、連絡先が分からなくて会うことができないんだ。どうしたら良いと思う。」


 S3であったり、組織であったり、危険そうな単語はぼかして説明した。


 「他の友達とか、その友達の両親とかに連絡取れないの?」


 「残念ながら、それは出来ない。詳しいことは言えないけど、その友達は家出中なんだ。両親はおろか、知り合いに聞くことができない。」


 柏木は頭を押さえて一生懸命考えている。

 なぜ、ここまで真剣に考えてくれるのだろう?


 「そうだ、ネットで集合場所とか書いておいたら?何時にどこどこ集合とか。」


 「それって、知り合い以外にもばれちゃうんじゃ。」


 S4は心配の声を上げた。しかし、意外と悪くない方法かもしれない。


 「伝えたいことを暗号にすればいい。二人にしか分からない情報を入れる。そうだ、柏木。歌作ってくれないか。」


 「よく分からないけどいいぜ!歌詞はお前が考えろよ!」


 柏木はアコースティックギターを取り出した。

 すぐに乗り気になってくれてありがたい。


 「じゃあしーちゃん。二人にしかわからないエピソードとか教えて?」


 「うん分かった!集合場所はどこにする?」


 S4も少し元気を取り戻したようだ。


 「そうだな。一緒に行こうと言っていた、海にしよう。」

 

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