第3話 人を穢すもの

「呆れた女か……」


 エリザベートは微かなため息と肩の竦めすくめでその言葉を流し、死者の襟元を整えた。


「明日、人をやって埋葬させるが、そなたも検分なされるか?」


 従士は歩みって死者の口元に顔を寄せ、そのにおいを確かめ、エリザベートを振り返った。


「“姫”に害を及ぼすかもしれません。どうかお下がり下さい」


 エリザベートは自分の身なりを示し従士に命じる。


「私は“姫”などという者では無い。いちいち構うな!」


「さすれば!」

 と、従士はビュレットベルトから緋色の液体が入ったアンプルを2本抜いてパキリ!と折り、その1本をエリザベートへもう1本を自分に振り掛けた後、死者を一刀両断にした。


 途端に、沼に藻の様な淀んだ緑色の液体が割られたむくろから飛び出し二人に襲い掛かろうとしたが、その先端が二人に張られた“結界”に触れるやいなや黄色い煙となって消え去っていった。


「これは……蠱毒か?」


「いかにも!この者達の体にこれを巣くわせた者こそ黒幕でありましょう」


「そなたには心当たりがあるのだな?」


 従士は頷いた。


「私はただの従士ゆえ、その御名は口にはできませぬが、そのお方はチャックマの徒と通じ王国を我が物にしようと暗躍されているとか。ヴァレ男爵がお亡くなりになられた今、男爵家の血筋は姫様ただお一人です。当然その血筋を絶やそうとなさるはず!」


「ゆえに国王はに“種付け”せよと命じたのだな?」


「そんな身も蓋もない言い方をなさっては、そのお言葉で御身を穢されます!」


 エリザベートはその言葉に吹き出し、カラカラと笑った。


「そんな心配は無用だ。穢すと言うのなら私は我が身から出た物で我が身を穢している。畑への肥えやりのたびにな! そなたは、こんな私にそなたの主人が穢されない様、心配すべきだろう」


 従士はゆっくりとかぶりを振り、答えた。

「“彼の地の神の子”の教えにこういう言葉がございます『口に入るものは人を穢さない。口から出る物が人を穢す』と」


 この“思っても見ない”言葉にエリザベートを不意をつかれた


「ご教示をいただきかたじけない」


 微笑みながら嫋やかたおやかに会釈したエリザベートの……“泥パックがなされたままの”頬が薔薇に染まっているのを従士は垣間見た。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る