あやまちは2度目から

さわらに たの

第1話 あやまちは2度目から

 この頭痛は、過ぎた酒のせいか、それとも別の何かのせいか――。


 ずきずきと痛む頭を抱えながら、恋子(れんこ)はヒールを鳴らして家路を急いでいた。


 朝の薄汚い駅裏――いわゆるホテル街。

 ちらほらと人影はあるが、まばらだ。


 頭痛が痛い。


 ふとそんな言葉が浮かんだが、そう言おうものなら、あの嫌味ったらしい男はきっと笑うだろう。


『”頭痛”が”痛い”? 頭痛だけで痛いって意味入ってんのに?』 


 まったく恋ちゃんは。

 

 そんな風に自分につっかかる要素を探して、いつも笑顔で話しかけてくる男。

 そして、なぜかさっきまで一緒のベッドに裸で寝ていた男。

 

 同期の波瀬(はぜ)。

 

 顔だけは整っていて彫像のように端正で、髪の分け目もスーツのしわも、次いでいうなら脱いだワイシャツのしわまで計算づくかと思うほどに完璧な男。


 ついでに仕事もそこそこ……いや、だいぶ出来て、たまにセクハラすれすれのハートマークが語尾につくような言い寄り方をしてくるくせに、よく完全セクハラアウトな部長から華麗に助けてくれる気が付く男。


『しょうがないなぁ、一つ貸しだぜ?』


 そんなことを言いながら、アイドルばりのウインクをかましてくる、あの男の笑顔がなぜか浮かんで恋子は顔をしかめた。


 「……。最ッ悪……」


 つぶやいて、額に手を当てる。

 全く、覚えていない。


 昨日の会社の飲み会で何かがあった。

 それだけは確かだ。

 

 冷え切った朝の空気が徐々に熱を冷まし、記憶を呼び戻そうとする。


 恋する子、と書いて恋子。

 大恋愛の末結婚した両親がそんな浮かれた名前をつけたせいで、子供の頃から散々からかわれ続けた。

 恋なんて自分とは無縁と決めつけ、ひたすら勉強に、そして仕事に励んできたのに。

 それなのに、入社してからというもの、何かと突っかかってきては引っかき回していく波瀬に、少しずつ心を乱されていた。


だから、できるだけ関わらないようにしていたはずなのに。


 朝、目覚めたら、一緒にホテルのベッドにいたのだ。

 互いに一糸まとわぬ姿で。


 (ど、どっどどど、どうしよう!!!)


 酔いつぶれて介抱していたのか、されていたのか。うん、うん、きっとそうに違いない。

 そう考えようにも、ベッド周辺に散らばる自分と波瀬の衣服の重なり具合が、どう考えても“ソレ”の後を思わせた。


 慌てて服をひっつかみ、できるだけ音を立てずに身にまとい、ホテル代として自分の財布から適当な額を抜きぬいて、ベッドサイドに置く。

 そして、そのままホテルを飛び出したのだ。


 波瀬が起きる前に。


(一夜のあやまち、ってうん、よく聞くもの。大丈夫、大丈夫――)

 

 きっと、大丈夫。恋愛上級者然した波瀬の中では、きっと一夜の過ちだ。

 こちらが素知らぬ顔をしていれば――。



 恋愛経験ゼロの恋子は知らない。 

 波瀬が、しっかりと外堀を埋めてコトに及んでいた「一夜の過ち」では、ないということを。


 そしてそんな男に狙われれ、一夜で済むわけがない、ということを―――。


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