第19話 JC6 中野
JC6 中野
その日集まったのは総勢十四人。予定人数は三十七人だから、半分にも達していない。
使用推奨人数二十七名の区民センターの音楽室は、だから、ちょうどいいくらいの空間だった。ピアノと姿見がある。
「おかあさんがいつもヨガで使っているから、かわりに予約入れてもらったら、五百円で済んだよ」
メガネの厚川くんがもっさりと言った。
中野駅からこの区民センターに歩いてくる途中のマンションに四人暮らし、と彼が話しているのを、ここなは背中で聞いていた。
区民センター北側の大きな病院は、ちょっとむかし、五千円札にもなった人と、もうひとり別の人が一緒に建てたもので、このあたりに「桃」の地名が多いのは、暴れん坊将軍が鷹狩りのときに、桃をやたら植えたからなんだってさ。桃の木のデザインのステンドグラスを指しながら、そう、厚川くんが説明してくれた。
「このへんに桃の木なんて、どこにあんの?」
サトチが質問している。
「ないよ」、と、厚川くんはあっさり答えていた。
ここなたちは三鷹で落ち合って、のぼりの特快で中野まで来た。
「中野駅の北口、家族でよくフリマに来るよ」
一年生の誰かが言っていた。それにこたえてほかの一年生が、「売るの? 買うの?」と、尋ねている。
「売ったけど家のいらないもんだったから、あんま売れなかった。隣のブースはすごかったよ。遺品整理で高そうな壺とか高級そうなティーセットとか、五百円や三百円で出してるから、外国人や転売ヤーが群がって、空の段ボールとかがうちのブースにまで飛んできたもん」
すさまじそう、などと感想を述べながら、有志で参加してくれるダンス部女子の四人ほどが、ケラケラ笑っている。
南口で待っていると、下り特快で来たという男子五人が下りてきた。ケータともうひとりはギター用の黒いソフトケースを肩にさげ、サトチは、ヨッ、と、挨拶らしき声を発したあと、同じくらい背の高い男子と、ダンス部女子たちをちらちらと盗み見しつつ、なにやらゲームの話の続きをしていた。
一番最後に、中野に住んでいる厚川くんが、みんなを迎えに「地上」からやってきた。昭和記念公園以来だった。
「うちらは八人中七人も来てるのに、あんたら少ない」
そう言ってのっちゃんは、あ、ゆかりん入れて八人、と訂正した。
ゆかりんは佐々木さんの愛称だ。のっちゃんはそう呼ぶ。でもあたしは、佐々木さん、って呼び方のほうが、なんか好きだ。ここなが佐々木さんのほうを振り向くと、ちょっと離れて座っていた彼女が、床をすりすりと這いながら、ここなの背後に近寄る。
ここなも、なにごとかと思い、上半身をななめにして佐々木さんに顔を近づけると、彼女は小声で言った。
「ペコちゃんのビーカー、ありがとう。すっごくうれしい。オレンジソーダとかカルピスソーダ入れて飲んでんの」
なんだ。そんなことか。そういえばあたし、電車のなかではダンス部の子たちと話してたから、佐々木さんとは会話できてなかったもんな。でも、佐々木さんが今日、メガネでなくってコンタクトっていうことには、いち早く気づいてたんだ、と心のなかで笑う。
「代表者でいいと思ったんだよ」
サトチが、花いけメンズとビッグバンド部の人数の少なさに、そう言い訳をする。
「だってまだ、詰めの時期じゃないし、申し送りすればいいと思ってさ」
「出ました、お得意の『代表者理論』! でももう残り三ヶ月、切ってるんだよ! 構成だってまだあやふやじゃん!」
のっちゃんが怒ったように返している。
確かにな。「シング、シング、シング」と「ドメニカ エ ルネディ」は固まってきたけど、と、ここなも雲行きを怪しむ。
「オープニングは『シング』で行けるよ。これ、難しくなかったし、あたしたちも振り決めて、けっこう練習すすんだし」
「おれらはこれ、何度も演奏してんの。だから今は、ドメぇニカ、を猛練習中。ちょっと今日、ピアノとあわせるわ」
そうケータが言った。ここなには意外だったけど、ケータはベースを弾けた。ビッグバンド部のベースを担当してるなんて、なかなかやるじゃん。うちのおとうさんも、バンドマンだよ。だけど、よっぽどの決意と才能がなければ、まわりを不幸にするだけだけどね。なぁんて、佐々木さんがどう思うかは知らないけれど、ここなは、声に出して賞賛と助言を伝えたい気分になる。
「佐々木さんの先生のおかげ」
急にケータに名指しされて、佐々木さんはちょっとたじろぎつつ、照れながら小声で説明した。
「ピアノのね、長谷川先生にメールで相談したら、バンドとピアノ譜におこしてあげますって。具合がいいので、なんとかできそうですって。それで、楽譜ソフトでやり取りして、十月初めにできあがった。ほんと…」
そう言いながら佐々木さんは少し複雑な笑い方をして、「良かった」、と続けた。
「だけどさ、残りの一曲なんだよ!」
と、のっちゃんが、鋭い声で空気をピリピリさせる。ほかの女の子たちは、ひざをかかえながら、先輩のひとことを待っている。
「あたしたちはさ、デヴィッド・ゲッタとリアーナの『フーズ・ザット・チック?』がいいなあ、って思ってたの。だけど、バンド部、無理っていうじゃん?」
ベースのケータと、ギターの男子と、サックス担当らしき子が三人とも、あたまを垂れて口を結ぶ。「難しすぎるよ」。ケータがぼそっとつぶやいている。
「野村先輩、録音で踊りだけはどうですかって言いました、あたしたち」
「でも、有志参加が八人だけなんだよ。弱くない? あたしたちだけで」
「それは…」
「踊りの質」次第ですよね、と一年生女子は言いたかったのだろうが、そこまで自信が持てないように見えた。
「それで、『
もめてもよくないと思い、ここなが大声で仕切る。
そのことばにみんなハッとして、それからプッという笑い顔になった。
「サトチが、おれら、ロックソーランなら踊れる、って言うんだもん」
女子たちに注目を浴びたサトチは、横に長いくちびるのはしを上にあげ、ちょっとだけ舌を出し、えへっ、という調子でペコちゃんフェイスをした。おもしろくねーっっっ。ここなは右腕を肩からぶん回してやろうか、と思う。
「クリスマスにっ! サンマ漁っ! あるかっ? それっ」
「ニシン漁じゃないですか? 野村先輩」
「だっておれら、全員踊れるぜ。高校の体育でやったから」
「小学生じゃないのっ? ふつう小学校だよね、やるの」
「でも…」
いけるかも、という空気になる。
「おれら、花いけ部十五人、ビッグバンド部十三人で、ええと…」
「花いけるのどうするの」
サトチとゲームのはなしをしていた男子が言った。
うーん、と考えてサトチは、構成を語りだした。
ステージの最終演目は、おれら。中島先生枠。持ち時間二十分。花いけ部の花は、いつも、卒業生の実家の花屋さんが持ってきてくれるの。で、今考えているのは、中央にレンタルのもみの木。大きいやつ。根っこついてるやつ。終わったら返すんだ。そんで、両側には竹。たぶん本数多いよ。山で伸びちゃって困ってる竹、切り出してもらうから。それ、終わったら竹チップにするんだって。
ダンス部がわからないといけないと思ったのか、サトチは身ぶり手ぶりを加えて説明しだす。
「真ん中のもみの木は『洋』で、白が基調。クリスマスだから。綿花と、バラ、ユリ、白いアマリリスとか。花屋さんと相談してんの。それで、両側に並んだ竹の筒には、松とかツバキとか、ポンマム。白ポン、赤ポン、緑、ポン、ポンッ。あと千両?」
両手でパントマイムのようにピンポンマムの位置を想像して確認するサトチに、なに遊んでんだよっ、とここなは突っ込みたくてしょうがない。
「要するに『和』」
厚川くんが下を向きながら付け加える。
「それで最後、募金してくれた人たちに配るの、その花」
「えー、たりないっしょ、きっと。代々木公園だもん」
「そうなんだよ。いつも花屋さんの厚意だし、予算も少ないし。でも、あるだけでいいじゃん、と思って」
だから、とサトチは言う。
「だからこそ最後、ダンスで盛り上げたいと思ってさ」
一曲目 ルイ・プリマのシング・シング・シング
二曲目 アンジェロ・ブランドワルディのドメニカ エ ルネディ
三曲目 伊藤多喜雄の南中ソーラン
「一曲目と二曲目は、佐々木さんにピアノで入ってもらうビッグバンド部の生演奏で、バンドの位置としては、最後列になっちゃうかもしれないけど、大丈夫かな?」
サトチの説明に、みんなは野外ステージの構造がわからない、といった雰囲気だ。
「ステージ上の位置は、現地を見に行って、練るわ。んで…」
前面にダンスだろ、と、これも、頭の中で空間を想像している顔つきで、サトチは手ぶりを加える。
「前面、とくにツリーの前でダンス。そのうしろで花いけ部が花をいける。両脇の竹筒の花いけは、観客から見えるほうがいいかなと思ってるけど。で、二曲目の終わりごろまでにはほぼ、活けおわりに近い状態にしたいな。そんで、三曲目に花いけメンズとバンド部がダンスに乱入」
サトチはそう、構想を語る。
「踊れないよ、ぼく」
厚川くんが言った。
「わたしも踊れない」
佐々木さんが続いた。
「ゆかりん!」。「佐々木さん!」。と、のっちゃんとここなの声がシンクロして、「踊れるよっ!」、とハモった。
「最後、ダンスがはけるまで、もみの木にくっついて、回転させるやつら配置しないといけないから、あっかわとか、部長かな。二、三人、そういう役、しなくちゃいけないんじゃない? 副部長のおまえ、やる?」
サトチがゲームの男子に問うていた。その子はうーん、と考えている。
「なんか、ソーランだけなら、ほかの人、参加してくれそうだね」
「動画見たけど、水平方向の姿勢おおいから、もう少し縦に振り入るといいかもねー」
「がっつり練習って、キツくない?」
「衣装どうするんですか?」
「それ、問題!」
「試験、いつだっけぇ」
「おれら、試験勉強したことない」
「うっそ…」
佐々木さんとバンド部代表三名がセッションしてみた。合わなかった。佐々木さんが
動画に撮るための女子たちのダンスを、サトチもゲーム男子も、直視できない、といった感じで下を向きながら、それでもときどき目をあげて、ふたりでニヤつきながら眺めていたのを、ここなは踊りながらしっかりと確認する。
ガールズはセクシーさも出すけど、今回は控えめだぜ。それに今日はみんな、ほぼジャージだし。ここなは腰を左右に振る動きをしながら、でも実は、可愛っぽい一年生に目ぇつけてたりして、なんて思ってみる。
ところで、デモダンスをガン見していたのは、厚川くんだった。
のっちゃんが、「仕上がりごとに、また動画とって『中島先生あて』に送るわ」と、サトチに伝える。先生に情報管理をお願いしたいらしかった。
「ぜったい盛り上げたい」
「キレッ、キレに踊りたい」
驚いたことに佐々木さんが、遠慮がちに、とっても厳しいことを言った。
「音がズレるの嫌だから、もしヘタだったらわたし、指導に行く」
そのことばを耳にして、のっちゃんも続ける。
「踊りがズレてんの嫌だから、あたしも指導に行く!」
千代田にか? ここなはあきれた。
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