お手軽チャーハン……?

 帰り道、商店街の八百屋で安売りの卵を見つけて、つい買いすぎた。

 特に必要だったわけではないが、「卵はあっても困らないしな」とリョウがカゴに入れ、カズも「お、じゃあ俺も」と何となく追加する。

 結局、二人合わせて二パックの卵を持って帰ることになった。

 手に持った袋の中には、卵と、ついでに買った長ネギ。

 商店街を抜け、マンションまでの道を歩いていると、カズがふと思い出したように口を開いた。


「そういえば、昼どうする?」


 午前中から買い物をしていたせいで、気づけばもう昼時。

 リョウはエレベーターのボタンを押しながら少し考える。


「手軽にチャーハンとか?」

「お、いいじゃん。卵もあるしな」


 冷蔵庫にあるもので済ませるなら、それが一番早い。カズも軽く頷く。

 部屋に戻ると、二人は買ってきた食材をキッチンへ運び、それぞれ袋の中身を確認する。

 カズは卵のパックを冷蔵庫にしまいながら、リョウが先に買ったパックと並べて苦笑した。


「……めっちゃ卵あるな」

「まあ、すぐなくなるだろ」

「そうか?」


 カズは冷蔵庫の扉を閉め、リョウは炊飯器の蓋を開ける。

 中には朝の残りご飯がちょうどいい量で残っていた。


「よし、チャーハン決定」


 リョウはさっそく準備に取りかかろうとしたが、ふとフライパンを手に取った瞬間、ある記憶がよみがえった。何度も作ってきたチャーハン。どんな作り方をしてもそれなりに美味しくはなる。

 けれど——


「……なんか、毎回しっとりしちゃうんだよな……」

「え、なになに?」


 リョウの呟きに、カズが興味を引かれたように近づいてくる。


「チャーハンってさ、どう作ってもうまいのに、なんでだか理想のパラパラにならないんだよな」


 リョウは炊飯器のご飯を見つめながら、小さくため息をつく。

 これまでに何度も試してきたが、「プロのようなパラパラの仕上がり」にはならず、どうしても少ししっとりしてしまう。

 家庭用コンロの火力のせいなのか、炒め方の問題なのか——理由はよくわからないが、どうしても納得がいかない仕上がりになる。

 すると、カズが適当に腕を組み、すっかり評論家の顔になって言った。


「鍋振りすぎなんじゃね?」

「いや、逆にちゃんと混ざってないとか?」

「水分のせいじゃね?」


 思いついたことを適当に並べるカズに、リョウは少しだけ睨むような視線を向けた。


「お前、ぜんぶ適当だろ」

「いや、実際そういうのが原因かもしれんし」


 カズはスマホを取り出し、「チャーハン パラパラ」と検索してみる。

 すると、料理研究家やプロのシェフによる解説動画がずらりと並んだ。


「お、動画あるじゃん。見てみるか」


 二人は並んでスマホの画面を覗き込む。

 動画の中では、中華鍋を豪快に振りながら、プロの料理人がパラパラのチャーハンを作っていた。

 白飯を卵に絡めていたり、油を先に多めに入れていたり、強火で一気に仕上げたり——さまざまな方法が紹介されている。


「プロの鍋さばきすげぇ!」

「これはマネできないな……」


 フライパンの中で米がふわっと宙を舞い、鍋の中へきれいに収まる。

 カズは「おおっ」と感嘆の声を漏らし、リョウは腕を組んでうんうんと考え込んだ。


「……やっぱりシンプルに火力が違うのでは?」


 そう呟いたリョウに、カズが即座に同意する。


「それだよ!やっぱ弱いんだよ!」

「やっぱ超強火で一気に仕上げるのが正解か」


 動画を見ながら気分が乗ってきた二人は、完全に研究モードに入った。

 本来なら「簡単に済ませよう」と思っていた昼ご飯が、いつの間にか実験的な料理へと変わっていく。


「よし、最大火力でいくぞ」


 リョウが気合いを入れて、フライパンに油を多めに注ぐ。

 カズは「おーし、やるぞ!」と、なぜか助手のようなテンションで腕まくりをした。



 フライパンをしっかり温めると、リョウは溶き卵を勢いよく流し込み、その上から冷や飯をどさっと入れる。

 ジュワッという豪快な音とともに、湯気が立ちのぼる。


「いけるか?」

「いくぞ!」


 リョウがフライパンを軽く振る。

 しかし、いつもよりかなり強火にしているせいか、思った以上に早く鍋肌に米がくっつきはじめる。


「ヤバい、これ焦げる......助手!」

「助手?あ、俺!?」

「お前以外誰がいるんだ!」

「ちょちょちょ、貸して貸して!」


 木べらで慌てて米を崩そうとするが、火が強すぎて一瞬のうちに焦げそうになる。リョウは若干パニックだ。

 カズが横から「いったん火を弱めたほうが……」と言いかけた瞬間——

 パチンッ!

 フライパンの端から、勢いよく弾けた米粒が飛び散った。


「ギャーッ!?」

「ちょっ……米とんだ!」


 さらに、勢いよく木べらを振ったせいで、数粒の米がカウンターの上に飛び出す。


「リョウ!木べらじゃ間に合わん!もっと豪快にいけ!振り回せ!」

「デカく振ったらフライパンが冷めるからダメなんだよ!」


 ひたすら米をほぐすように木べらで混ぜ合わせる。

 だが、焦った手つきのせいで、米は鍋の中で舞うどころか、あちこちに散らばりはじめた。


「いやこれ、思ったより…怖っ、ちょっとカズ、代われ!」

「大丈夫大丈夫!今いい感じだから!水分飛んでるから!」


 結果——

 カウンターには米が散乱し、コンロ周りは細かい油の飛び散りでギトギトになっていた。

 フライパンの中のチャーハンは、部分的にカリカリに焦げた米が混在している。なんとも言えない仕上がりだ。

 リョウはフライパンを見下ろし、カズはカウンターの米を見下ろす。

 二人はしばらく沈黙した。


「……とりあえず食おう」


 リョウの一言で、ようやく事態が収束した。



 皿に盛りつけられたチャーハンは、意外としっかりパラパラした出来栄えだった。

 炒めるうちに崩れた米粒もあったが、ひと粒ひと粒がベタつかずにほぐれていて、これまで作ってきたものよりも確実に仕上がりがいい。

 表面にはほんのりと油の照りがあり、炒めた卵と長ネギがところどころに良い感じに混ざっている。


「さて、どんなもんかな……」


 カズが慎重にスプーンをすくい、恐る恐る口へ運ぶ。

 噛んだ瞬間、ふわりと広がる香ばしさ。


「あれ……普通にうまい!」

「パラパラだ……」


 想像以上の仕上がりに、二人は目を見合わせた。

 パラリとほぐれた米は、しっとりとしすぎず、かといってパサつきもない。適度な弾力を残しつつ、口の中でさらっとほどけていく。

 リョウもスプーンを口に運び、ゆっくりと噛んでみる。いつもより油がしっかり回っているせいか、舌触りが軽く、余計な水分が飛んでいるのがわかる。

 火の通った長ネギの甘みがほんのりと立ち上がり、卵がまろやかに米を包み込む。熱々の米が口の中でほどけ、後味が軽やかに残る。

 塩気と旨味のバランスもほどよく、ところどころにあるカリッと焼けた米がアクセントになって、噛むたびに違う表情を見せる。

 カズはもう一口、今度は具材をバランスよくすくって頬張る。


 「これ、今までで一番いい感じじゃね!?」


 そう言いながら、スプーンを止めることなく食べ進めていく。リョウも頷き、スプーンを動かし続ける。


 ただ、コンロ周りの惨状を見ると、どうにも手放しでは喜べなかった。

 フライパンの中で跳ねた米粒が点々と落ち、コンロには油の細かい飛び散りが見える。

 あちこちに散乱したネギの切れ端や卵の焼きついた跡が、さっきまでの奮闘を物語っていた。


「次は、もうちょっと穏やかに作ろう」


 カズがスプーンをくるくると回しながら、苦笑いする。

 リョウは苦笑し、視線をフライパンの焦げ跡に向けた。

 鍋を振る勢いに任せていたせいで、キッチン全体に余計なダメージが蓄積されている。 コンロの上に飛び散った米粒は、ある程度拾い集めたが、火の熱で軽く焦げついてしまったものもある。拭き取るのもひと苦労になりそうだった。


「手軽にチャーハンって言ったの、なんだったんだ……」


リョウがぼそっと呟くと、カズもじわじわとそれを実感し、思わず吹き出した。

 目が合った瞬間、二人ともおかしさが込み上げてきて、肩を揺らしながら笑い出す。

 結果はどうあれ、試行錯誤の甲斐はあった……たぶん。

 ただ次こそは、もう少し落ち着いて作るべきだと、二人は静かに心に決めた。





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※実際は中火がいいらしいです(諸説あり)

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