やっぱり酷いね 君は。

三愛紫月

なかったことにして

「ごめん、忘れて」


 昨夜の夢のようなひとときを思い出しながら彼の顔を見つめていた私。

 ずっと願っていたことが叶うなんて夢にも思わなかった。

 なのに、目を開けて私を見て驚いた彼の口から出た言葉はこれだ。



「付き合ってくれるって言ったよね」

「ごめん、覚えてない」

「酔って覚えてなかったなら、今、付き合うって言ってくれたらいいよね」

「ごめん、君をそんな風に見た事は一度もない。だから昨日のことは、忘れて欲しい」


 そこまでハッキリと言われるなんて思わなかった。

 「付き合う」って言葉に有頂天になり、一枚一枚服を脱ぎ、彼を受け入れた昨日の私はいったい何だったのだ。


「それに、軽い女の子は嫌いなんだよ。君は、酔ったら誰とでもそうなる人間だったんだろ?」


 「忘れて」だけでも酷いのに「酔ったら誰とでもそうなる」なんて言葉はさらに酷い。

 私は、彼とだからそうなったわけで。

 誰にでもそんな事はしないのだ。

 

 あーー、こんな事なら友達のままでいればよかった。

 昨日流されてするんじゃなかった。

 後悔しても、後悔しても、取り返しがつかないのはわかっている。



「そんな子を彼女にするのは嫌なんだよ」

「そうだと思った。わかるよ。あっ、私も忘れて欲しいなーーって思ってたからちょうどよかった。バイトだから着替えて行くね」


 話をしていたくなくて。

 その場から逃げたくて。

 私は、嘘をつく。

 中学で出会って、彼を好きになって8年。

 ようやく報われたと思っていたのに……。


「わかった。俺は、シャワー浴びてくるから。鍵開けたまま帰って」

「うん、じゃあね」

「じゃあ、また明日からは今のままでよろしく」

「わかってるって」


 彼がいなくなったのを確認して、私は服を着る。

 今のままでっていうのは、仲のいい友人達に何かあったと思われたくないからなのがわかる。


 ずるいよ。

 

「じゃあ、また学校で」


 玄関に乱雑に並んだ靴が、昨日の行為を物語っている。

 わざとらしく整えてから、家を出た。

 

「玄関の靴をさりげなく整えてくれる子って何かいいよなーー」


 いつかの彼が言っていた言葉。

 誰でもよかったわけじゃない。

 君だからよかったのに……。

 ずっと、ずっと。

 君を待っていた。

 ようやく君とそうなれた。

 

 ちゃんと確かめなかった私も悪いよ。

 悪いんだけどさ。

 でも、嬉しかった。

 ようやく、この日がきたんだって嬉しくて。

 確かめられなかった。


 それは、きっと。

 という魔法がとけたら。

 私を想ってくれないってわかってたからだと思う。

 本当は、ちゃんとわかっていた。

 この関係は、朝になれば終わるって。


 それでも、それでも。

 遮光カーテンの部屋の中にいた私の目は、朝の光にクラクラしていた。

 

 あのプリンセスが、とけるとわかっていながら王子様とダンスを躍り続けたように……。

 私も、わかっていながら受け入れたのだ。


 だけど。

 やっぱり。

 悲しい。


 わかっていても悲しいのは、彼を本気で好きだったからだ。


「バイバイ、昨日の私」


 太陽に向かって手を振って歩き出す。

 彼にとって一夜の過ちだったとしても。

 私にとっては最高の時間だった。

 偽物の恋人だったけれど。

 1日でも、彼の彼女になれてよかった。


 涙を拭いながら歩く。

 今までだって振られてきたのに……。

 失恋がこんなにも痛いなんて。

 忘れてた。

 ううん。

 初めてかも。

 初めての痛み。

 

 この痛みを抱えて、私は歩いていく。

 今日も、明日も、明後日も。


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

やっぱり酷いね 君は。 三愛紫月 @shizuki-r

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る