第4話 薔薇と珊瑚
ぱさり
薄い紙のようなものが机に落ちた音と、衝撃というより落ち着いたというような感覚が同時に来た。
落下しながらわたしは目をつぶってしまっていた。おそるおそる目を開けて状況確認をした。
わたしの身体は、水上に顔を出していた長い髪と朱色のくちびるの持ち主が、水面に広げていた両手の掌に受け止められていた。
水の中の女が左右の手を合わせたその窪みにわたしは腰を落とした格好でいた。怖かったのと驚き過ぎとで、腰を抜かした状態に近かったかもしれない。
この女が巨人でないのなら。普通の人間サイズなら、今のわたしはフェアリー・テールに登場する妖精くらいしか身長がない? 後者のような気がした。すごくした。
なぜなら
頭上に張りだした枝先から、はらはらひらひら、弱い風に吹かれて降り落ちてくる花びら、枝垂れ桜の花びらがどう見ても今のわたしの顔くらいあるから……。
それに——
「ふふっ…」
(膜がある。手の間の膜って……あれ?)
好きでときどき読む妖怪漫画、大御所・水沼鬼八郎先生のメジャー作に「魚の眼小僧」というのがある。昔の農村で口べらしのため川に流された少年が半魚人に似た妖怪になってしまう物語。人としては死を迎えているので、主人公は「死んだ魚のような眼」をしている。かれは村人が水難事故に遭いそうになると現れ助けるのだがさっぱり感謝されない。気味悪がられるだけ。逆に何か悪心があって村の子供たちに近づくんだろうと石を投げられたり、ひどい時は追いまわされ大魚を突いて獲るヤスで傷つけられそうになる。なかなか不条理な、ホラーだと思うが主人公の表情がとぼけているため、怖くもなりきれず、さりとて水沼先生の鬼の画力がものをいって、読者は微妙な同情心と口減しをした少年の親とその時代とに憤りを覚えるというストーリーだ。
その微妙な物語の主人公である、半魚人になった少年の手の指にあるものと同じような膜が——水かきがこの女の指にもある。
(妖怪……? そうでないなら
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