神人大戦

フェニックス太郎

第1話 白狼の咆哮

帝紀2680年——帝都東京。


この都市は、古き街の名残を留めながらも、今や異形の美を纏った帝都へと変貌していた。


摩天楼が林立する中心街は、眩いネオンとホログラム広告に覆われ、夜空さえも塗り潰すかのように輝いている。

大通りを走る高架軌道車が発する人工音、雑踏を埋め尽くす人の声、ビルの壁面に映し出される神々の神話映像

——文明が生み出した光の奔流が、都市を煌々と照らしていた。


しかし、その輝きの裏には、深い闇があった。


光が強いほど影は濃くなる。

ネオンの届かぬ裏路地では、古びた社の鳥居が朽ち果て、祀るべき神を失ったまま静かに崩れている。

道端には見捨てられた神具や、お供えの残骸が転がり、そこに足を踏み入れる者はほとんどいない。


「信仰なき都市」——それが帝都・東京の現実だった。


人々は科学技術を信じ、機械に頼り、かつて繁栄をもたらした神々を忘れていった。

その結果、信仰を失った神は歪み、禍神マガミへと堕ちていったのだ。

摩天楼の合間を縫うように黒き瘴気が流れ、ビルの壁面に不吉な影を投げかける。

繁華街を彩るネオンが、一瞬だけチカチカと瞬き、そして——ざわり、と。


都市の空気が震えた。

異変に気づいた者は、何も言わずに歩みを早める。

気づかなかった者は、次の瞬間、消え去る。


帝都の夜が、わざわいに染まりはじめた。


夜の帳が降りる帝都を、濁流のようなネオンが染め上げる。その喧騒の只中、異形の影が蠢いた。


高さ十メートルを超える巨大な蛇。

その青い瞳は爛々と輝き、理性の欠片すら感じさせない。かつては清流を司り、水の恵みをもたらした神。

しかし今、それはもはや「神」ではなかった。


禍神マガミ——

信仰を失い、神性を喪失し、理の外へと堕ちた存在。

飢えに狂い、歪んだその躰が、夜の都市に瘴気を放つ。


「アァ……タリナイ……モット……ミズ……」

喉奥から漏れ出す異質な音。それは言葉の形を成しながらも、決定的に何かが欠けている。やがて、その青い瞳が街に彷徨う人々を捉えた。

「……ヨゴレ……キエロ……ミズ……ヨゴス……モノ……!」

瞬間、地面が震える。

アスファルトに亀裂が走り、地下から黒き奔流が溢れ出した。腐敗した穢れを孕んだその水流は、ビルの壁を抉り、街を呑み込まんとする。

そして——その顎が開いた。

虚無が広がる闇の口が、世界を喰らわんと唸りを上げる。



「……やれやれ、今夜も地獄か」

帝都防衛部隊隊員・神守かみもりカズマは、運河沿いのビルの屋上から禍神を見下ろした。

その腕には、小さな白い毛玉。

「フン……夜風ガ不味クナル……アノ穢レガ原因カ」

不機嫌そうに鼻を鳴らすそれは、カズマの“神”。

大口真神オオクチノマカミ——全てを喰らい尽くす白狼。

普段はポメラニアンの姿をしているが、本質は違う。

「頼む、シロ。行くぞ」

カズマがビルの縁から飛び降りる。


同時に——

白い毛玉が、膨張した。

白銀の毛が夜に舞い、可愛らしい犬のシルエットが、一瞬にして獣の王へと変貌する。


——ガゥオオオオオオオオオオオオ!!


都市全域に響く咆哮。

禍神が首をもたげ、圧倒的な殺気を放つ。水流が爆ぜ、巨大な蛇が疾走する。狙いはカズマ——否、大口真神の神性。


「アァ……シンコウ……トリモド……ス……!」

「——来い!!」

カズマが地を蹴る。

白狼が夜を裂く。

一閃——牙が空を断つ。


しかし——禍神は水の如き動きでそれを躱し、背後へと回り込んだ。

「アァァ……ミズ……カエセ……!」

禍神が口を開く。

ドバァッ!!

黒き水流が、圧縮された砲弾のごとく炸裂。

ビルを貫き、窓ガラスが砕け散る。カズマの体が宙を舞った。


「ちっ——!」

激突する寸前、影のように跳び込む白狼。

牙がカズマの襟首を捉え、間一髪で救出した。

屋上へと着地した白狼の背で、カズマは息を整える。

「……ヤバいな、さすが元・神様ってところか」

「ナラバ、問ウ……我ヲ縛ルカ?ソレトモ、解キ放ツカ?」

シロの声が響く。


“顕現”は完全ではない。神の力を解放するには、“人”の意志が必要だ。

神を縛るか、解き放つか。

その選択こそが、「神守」の力の本質。


カズマは静かに息を整え、低く囁く。

「『頼む』、シロ……全部喰らえ」

白狼の金色の瞳がギラリと光る。

「クク……望ンダナ?ナラバ、貴様ノ信仰ニ応エテヤロウ」


次の瞬間——

白狼の顎が裂けた。

裂けた、という表現では生ぬるい。

その口が異次元の闇へと変貌し、世界が”喰われる”感覚が帝都全域を包む。

禍神が怯んだ。

「ア……ガァ……?」


その瞬間——

白狼が跳ぶ。

牙が、神の顎を捕らえる。


「喰ワレロ、“堕チタ神”ヨ」


刹那、轟音とともに白狼の顎が禍神の首を噛み砕いた。

青い瞳が驚愕に揺れ、巨躯が仰け反る。

禍神は、丸ごと喰われた。

白狼が咀嚼し、ゴクリと喉を鳴らす。


神が、神を喰らった。


カズマは息を整え、白狼の背から降りる。そして、問いかけた。

「なあシロ……“神を喰う神”って、お前は一体なんなんだ?」

ポメラニアンに戻った白狼は、静かに答える。

「ソレヲ知ッテ、ドウスル?」

「……わからない。ただ、知るべきな気がしてな」

「ナラバ、イツカ答エテヤロウ。ソノ時、貴様ガ“信仰”ノ意味ヲ理解シタナラナ」


静寂が訪れる。

だが、それは長くは続かない。

人々が神を忘れた時、神はその形を歪め、禍となる。


信仰なき時代に、神々は牙を剥き——人類は今、選択を迫られている。


「科学の光は、神々の影を濃くした。さあ、人の子よ——貴様は何を信じる?」

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神人大戦 フェニックス太郎 @yuzu1023

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