第2章 浮島の謎
1話 冒頭
2035年4月9日。放課後の教室に夕陽が差し込み、丘菟は机に頬杖をついて窓の外を見つめる。文芸部の活動は短めに終わり、美奈ねぇさんが「明日は部誌の案をまとめるからね」と笑顔で帰っていった。アソンは新アバターの調整で忙しいようで部活をサボったようで居なかった。丘菟は鞄を手に立ち上がり、静かな廊下を抜けて校門へ向かう。空は薄紫に染まり、春風が制服の裾を軽く揺らす。学校のすぐ隣には、今時珍しい24時間営業ではないコンビニエンスストア「Fivetwenty-one」が建っている。看板の文字が少し色褪せていて、夜の21時に閉まる昔ながらの雰囲気だ。丘菟はふと思い立ち、店の方へ足を向ける。朝、炊飯器を予約せずに慌てて出かけたせいで、家にまともな食料がないことを思い出したのだ。
自動ドアがカタカタと開き、店内に入ると、「イラッシャーマセー!」と野球部のような野太い声が出迎える。カウンターには誰もおらず、奥で品出しをしている店員が振り返る。背が高く、短髪でがっしりした体格の男だ。エプロンの下に運動着らしきものが見え、確かに部活帰りの雰囲気がある。丘菟は棚を眺め、菓子パンと惣菜パンを手に取る。チョココロネとツナマヨのパン、少し迷ってカレーパンもカゴに入れた。今夜はこれで済ませよう、と決める。品出し中の店員に気づかれず、レジに立つが反応がない。丘菟は珍しく少し声を張り上げ、「すみませーん」と呼ぶ。店員が「あっ!」と慌てて立ち上がり、「オマタセシマシタ!」と野球部調の口調でカウンターに駆け込んでくる。
丘菟はブレザーの胸元を軽く整え、商品を差し出す。店員はバーコードをスキャンしながら、丘菟の男性ブレザーに一瞬首を傾げる。名前や見た目でよく誤解されるが、説明するのも面倒で黙っている。会計を済ませ、千円札を渡すと、お釣りとして510円が返ってくる。その中にギザギザの十円玉――通称ギザ十――があり、丘菟は懐かしさから少しハニカム。子供の頃、母が「珍しいね」と笑った記憶が蘇る。店員がその笑みに再度首を傾げるが、丘菟は特に気にせずパンを袋に詰める。店を出ようとすると、背中に「アリガトウゴザイマシタァ!」と野球部調の声が響き、少しだけ肩が震える。振り返らずに手を軽く上げ、帰路につく。
家に着くと、いつもの暗さが待っている。玄関の電灯をつけ、靴を脱いでキッチンへ。冷蔵庫から牛乳パックを取り出し、コップに注いで一口飲む。冷たい液体が喉を通り、少しだけ気持ちが落ち着く。買ってきたパンをテーブルに並べ、晩御飯とする。チョココロネを齧りつつ、ツナマヨパンを頬張る。カレーパンは最後にとっておこう、と決める。両親がいた頃は賑やかな食卓だったが、今は静寂の中でパンの包装音だけが響く。お風呂を済ませ、タオルで髪を拭きながら自室へ。机の上のヘッドギアが静かに光を反射している。「よし、行こう」と呟き、装着する。「コンタクト・スタート!」と唱えると、光が視界を包み、エアルーン平原の夜が広がる。
星空の下、風がマントをはためかせ、剣の重みが手に馴染む。リルが隣にふわりと現れ、「丘菟、おかえり!今夜は何か面白いことあるかな?」と桜色の髪を揺らして笑う。「そうだな、アソンが来る前に少し探索しようか」と返すと、リルが「賛成!」と目を輝かせる。丘菟は端末を操作し、ガルドのログイン状況を確認するが、やはりオフラインだ。「ガルドさん、また会いたいね」とリルが少し寂しそうに言う。丘菟は「一昨日助けてくれたからな。また会えるさ」と笑い、草原を歩き出す。夜のエアルーン平原は昼とは違い、草むらから微かな物音が聞こえ、遠くで狼の遠吠えが響く。リルが「ねえ、丘菟。浮島の遺跡クリアしたから、次は何があると思う?」と聞く。丘菟は剣を手に持ったまま、「何か新しい試練か、隠された場所かな」と答える。
すると、リルが「実はね、ママ達が『トランジット・コア』の話を準備してるって噂を聞いたよ!」と少し興奮気味に言う。「トランジット・コア?」と丘菟が首をかしげると、リルが「うん、浮島を繋ぐ鍵みたいなもの!それがあれば、もっとすごい場所に行けるんだって!」とタクトワンドを振り回す。丘菟は顎に指を当て、「それってどこにあるんだ?」と聞くが、リルが「さあ?私もそこまでは知らないよ。探索してみよう!」と笑う。夜空に浮かぶ浮島が、星明かりにぼんやりと浮かび上がり、何か秘密を隠しているように見える。丘菟は剣を握り直し、「よし、リル。前回行った浮島へ」と提案する。リルが「トランジット!」と唱えると、光の粒子が二人を包み、次の瞬間、前回行った遺跡のある浮島の入口に立っていた。そこには、苔むした石碑が佇み、かすかに光る文字が浮かんでいる。
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