第4話 依り代

 放課後。いつもなら真っ直ぐ家に帰るところを、しげるはあおを連れて図書室に来ていた。普段はオカルト本を借りる時以外に来ないため、中々お目当ての資料が見つからない。


「どうしたの、久語くん。何かお探し物?」

「森本! 助かった‼」


 図書委員として放っておけなかったのだろう。同じクラスの森本聡が声をかけてきた。救世主の登場に、しげるは両手を合わせて感謝する。


 聡は茶色がかったボブヘアに眼鏡が特徴的な男子だ。勉強熱心な優等生で、図書委員でも後輩から頼られていると聞く。


「実は今、この学校の歴史について興味があってさ。何か資料とか知らないか?」

「何か、オカルトマニアのしげるが言うと、別の意味に聞こえるわね」


 あおが白けた目でツッコミを入れる。しげるは聡に気づかれないよう、斜め後ろを見やった。あおはペロッと舌を出し、器用に「ごめん」のウインクをする。可愛いけど可愛くない。


「学校の歴史か……。それなら、新聞のスクラップブックがあるよ。この学校が地域の新聞に載った時の記事がまとめてあるんだ。よければ案内するよ」

「いいのか?」

「資料の案内も図書委員の仕事だからね。任せてよ」

「ありがとな。恩に着る」

「大袈裟だなあ」


 クスクスと笑いながら、聡が先導する。


 スクラップブックは、図書室の隣にある書庫に保管されていた。聡は鍵を開けると、中に手招きする。


 書庫は壁一面にスチールラックが置かれていた。貴重な資料が上から下までぎっしり収められている。


「スクラップブックはこの棚だよ。見終わったら鍵をかけるから、また僕に教えてほしいな」

「ありがとう。しばらく見させてもらうよ」

「ゆっくりでいいからね。僕、今日はずっと図書室にいるから」


 言い終えると、聡はゆっくりとドアを閉める。


 2人きりになったところで、あおが行燈から床に降り立った。神妙な面持ちで膨大な数のファイルを眺めている。しげるは「さて」と仕切り直した。


「このとんでもない数のファイルの中から、お目当ての事件を探すわけだが……。どうする? 手分けして探していくか?」

「その必要はないわ」


 しげるが聞き返すよりも早く、あおは目をつぶり、右手を棚にかざす。すると、一冊のスクラップブックが飛び出した。スクラップブックはゆっくりと下降し、あおの両手に収まる。


 しげるは「すげえ」と感嘆を漏らした。あおが得意げに胸を張る。


「すごいでしょ。本に宿る怨念を辿ったの。同じやり方で記事も辿れば……。ほらね」


 あおの言葉に呼応するかのように、スクラップブックのページが、ひとりでにめくれていく。


 日付が今から10年前に差しかかったところで、ページをめくる速度が遅くなった。しげるとあおは顔を見合わせる。


 ページはゆっくりとめくられていき、やがてある記事で止まった。大きく書かれた見出しは、「男子高校生、屋上から飛び降り自殺‼ 原因はいじめか⁉」。


 しげるは記事に一通り目を通した。胸糞の悪い事件に、顔が険しくなるのが自分でも分かる。


「……どうやら、10年前に当時高校2年生の木内崇って男子学生が、屋上から飛び降り自殺をしたらしいな。10年前なら、今俺達がいる新校舎じゃなくて、旧校舎の方か」

「旧校舎? そんなのあった?」

「この裏にあるんだよ。尤も、老朽化が進んでいるから、そのうち取り壊されるって話だけど……」


 図書室があるのは学校の3号館だ。3号館の影に隠れるように、旧校舎はひっそりと佇んでいる。確か、今は立ち入り禁止のテープが張り巡らされているはずだ。単に安全上の問題からだと思っていたけれど、こんな事情があったとは。


「いじめの詳細は?」

「分からない。けど、クラスの不良に目をつけられたのがきっかけとは書いてある。何をされたかまでは、流石に書いてないが」

「──その子で間違いないわ」


 あおは断言し、指で文字をなぞる。細い指が通った跡には、インクが血のように蠢く。


「とても強い怨念が宿っているもの。しかも、この念が宿ったのはつい最近」

「つまり、この木内って学生が悪霊と化したってことか⁉」

「恐らくね」


 怒涛の展開に脳みそが追い付かない。混乱しながらも、しげるはある疑問を口にする。


「待てよ。でも、幽霊って基本的に決まった場所にしか出られないんじゃないか? こいつが犯人なら、どうやって俺達の教室まで来てるんだ?」


 幽霊の出没する場所には、大まかに分けて2つのパターンがある。


 1つは生前に命を落とした場所。番町皿屋敷のお菊が井戸に出るのも、彼女が主人の皿を割ったのを妻に責められ、耐えかねて自ら井戸に身を投げたからだ。木内崇の場合、旧校舎の屋上がこれに該当する。


 もう1つは生前に執着していた場所。死んだ妻が幽霊になって夫を尋ねる怪談は多い。夫、ひいては彼と共に暮らしてきた家に執着があるのだろう。


「しげるの指摘は尤もだわ」

「だよな。だったら、犯人は別に」

「でも、もしも依り代がいたら?」


 依り代。その言葉にしげるは続きを飲み込む。意味は知っている。霊が地上に現れる際の媒体となる存在だ。


 嫌な予感に肌が粟立つ。あおの言わんとするところが分かった。でも、もしもクラスメイトの中に、木内崇の依り代がいたら?


「依り代さえいれば、霊も自由に動けるようになる。それどころか、依り代を通じて、霊力を使うことだってできるはずよ」

「その、目的は?」


 しげるは唾を飲みこみ、尋ねる。あおは悲しげに目を伏せた。薄い唇が予想しうる限り最悪の言葉を紡ぐ。


「時を超えた復讐」


 あおの言葉の正しさはすぐさま証明された。この日の午後、田中は事故に遭い、両足を骨折して入院することになったからである。

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