第3話 1人目の犠牲者
「鈴木、その手、一体どうしたんだ⁉」
鈴木の変わり果てた姿を見て、遊馬が目を見開いた。自分の席に座っていたしげるも、予想外の事態に後ろのあおを振り返る。あおは静かに事の次第を見守っていた。
鈴木は痛む両手を抑えながら語り出す。
「昨日家に帰る途中で、何者かに強く背中を押される感覚がして……。それで溝に落ちたんです」
「大丈夫かよ……。他に怪我は?」
「ないっすよ。咄嗟に両手をついたんで。ただ、両手はズタズタになっちまって」
鈴木が両手を見せる。真っ白な包帯には、じんわりと血が滲んでいた。遊馬はわなわなと肩を震わせると、クラスメイトを睨みつける。
「おい。誰だよ。昨日からふざけたことばっかしやがって‼ 名乗らないなら、てめえらもズタズタに──!」
「違うんすよ、アニキ」
「違うって何が⁉」
「誰も、いなかったんです」
言葉の意味を理解し、遊馬から「え?」と声が漏れる。教室中の温度が一気に下がったような心地がした。聞いているしげるの額からも汗が流れる。
「あの時、オレ以外に歩いているやつなんていませんでした。誰もいなかったはずなんです。でも、確かに、オレは背中を押されました」
鈴木が自分の手と遊馬を見比べる。遊馬が一歩後ずさった。
遊馬が怖がるのも無理はない。鈴木の言う「道」は、しげる含め多くの学生が登下校に使っている。あそこは道幅がかなり広く、溝に落ちるような事態にはまずならない。人が隠れるような場所もない。本当に、鈴木以外誰もいなかったのだ。でも、鈴木は誰かに背中を押された感触がした……。
遊馬の隣で、田中が丸々とした顔を青ざめる。遊馬の、しげるの、クラス全員の目が、ある一点に向けられた。それは田中の机の上に置かれた、1輪の白い百合。
「ア、 アニキ……。もしかして、今日はオレの身にも何か起きるんじゃ……」
「ば、馬鹿言え! んな事あってたまるか! おい、いい加減にしねえと、マジでぶっ殺すぞ‼」
「ぼ、僕は知らないよ! 他のみんなも‼」
田中を一喝すると、遊馬は適当な男子生徒の胸倉をつかむ。しかし、声にいつもの張りがない。虚勢を張っているのは誰の目にも明らかだった。
恐怖がピークに達したのだろう。田中が口元を抑えて座り込んだ。遊馬は胸倉から手を離すと、田中に肩を貸して保健室に連れていく。鈴木も後に続いた。
3人が出て行くと、教室のあちこちから戸惑いの声があがる。平然としているのは虎太郎だけだ。彼は田中の机の上にある百合を写真におさめると、ほくほく顔で席に着いた。
「この流れでよく通常運転でいられるよな、お前」
「大事な証拠は撮っておかなくちゃだからね! ほら、犯人が分かる手がかりになるかもしれないでしょ?」
あくまでもジャーナリズム精神の一環らしい。隣からカメラを渡され、しげるも写真を確認する。
机の上に置かれた百合の花。これが犯人からの犯行予告であるのは間違いない。田中が怯えたのも同じ考えに至ったからだ。では、どうやって犯人は鈴木に怪我を負わせたのだろうか。
「しげる」
沈黙を守っていたあおが口を開く。「そのまま聞いて」と言う声に、いつもの幼さはない。
「昔、この学校で何か物騒な事件がなかったか。調べてほしいの」
あおが耳元で囁いた。悪霊のしわざよ。
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