第17話 本体

 ハルたちが王都から戻って10日目。ギルドから使いが来てサキとハルは二人でギルドにやってきた。


「ご依頼の品が、東のアウトランダー湖で発見されたそうです。現地での確認をお願いしたいのですが。」


「そうすると、アトランの町のギルドに行ってから現地確認すればいいの?」


「いえ、湖の地図と発見場所が書かれたメモが届いていますので、直接現地確認していただいて結構ですよ。」


 位置的にみると、アウトランダー湖は東の町アトランから北西に10キロの位置にある。

 つまり、現在地であるトランドから南東に位置し、距離は170km程になる。

 ハルはその日のうちにアウトランダー湖に向けて出発した。

 同行者はサキと妖精のアリシアとライラの二人だ。


 アリシアの緑の髪とライラのピンクの髪が時速40kmで走る車の中で風になびいている。

 当然だが、この世界に来てからハルが作った車には、冷房などはない。単純にモーターと4輪の走行構造に座席を作ってボディーを乗せただけなのだ。

 現代風にいえばバギーに近いだろう。ただ、変速機の機構はなくモーターへの出力だけで速度を調整している。


「ねえハル。このモーターのところを、風でタービンを回す感じにしたら魔道具として作れるんじゃない?」


「どうだろう。空回りさせるクラッチみたいな機能を持たせれば可能だとは思うけど、作れると思うかい?」


「難しそうね。そうだ、船なら作れるんじゃない?」


「船か。トランドじゃ必要ないね。」


「ハルってさ、そういうところ容赦ないよね。」


「えっ?」


「普通さ、トランドじゃ必要ないけど、海に面したサランなら使えそうだとか言ってくれればいいじゃん。」


「ああ、そうかもしれないね。申し訳ないが、私はそういう気の使い方ができないんだ。」


「論理的思考というやつね。理解はできるんだけど……」


「ライラさんは私の思考パターンをある程度理解されているから分かると思うのだが、現段階で最優先されるのは本体との合流。人間によるアップデートが無く、12%の機能が未だに復元できていない現状では、これが私の現愛なのだ……」


「そっか、ハルは完全じゃなかったんだ……」


「えっ、そうだったんだ。ハル君って完璧だから、全然気づかなかったよ。」


 時折現れる魔物は、ハルが触手で退治している。

 やがて、ハルはアウトランダー湖に到着し、3mの湖底に沈む6mの大型コンピュータを確認した。


「間違いない。本体です。」


「それで、どうやって引き上げる?」


「重量が約2トンあります。もっとパワーのある触手と、本体を乗せるトレーラーを作らなければならないから、一度アトランの町に行って準備しようと思う。」


 アトランの冒険者ギルドで依頼の達成確認を伝え、商業ギルドで金属素材やゴム・硫黄などのタイヤ素材を調達する。

 工房を借りて、5日かけてトレーラーを仕上げた一行はアウトランダー湖に戻って本体の引き上げにかかる。


 トレーラーに装備された4本のフレキシブルアームが水中で本体を持ち上げ、下にステンレスのベースを潜り込ませる。


「あっ、アルグータだ。ボクが倒しちゃっていいかな。」


「任せるけど、あまり作業に影響が出ないように頼むよ。」


「やったー!こういう大物とやってみたかったんだよね。」


 アルグータはワニに似た5m程の魔物だ。

 水面に背を出しながらハルたちの方へゆっくりと泳ぐ魔物の上に飛んでいったライラは、上部から5本の氷槍を撃ち込む。

 全ての槍がアルグータの背に突き刺さり、水中で狂ったように暴れるが水のうねりはハルたちまでは届かない。

 身体が水面に出るたびに2本・3本と氷の槍が突き刺さる。

 10分ほど続いた殺戮劇は湖面を赤く染め上げて終わりを迎えた。


 ゆっくりと岸辺までアルグータを引っ張ってきたライラにサキが声をかける。


「アルグータなんて、アタシ解体したことないぞ。」


「でも、アルグータのお肉は美味しいって聞いたよ。」


「それに、皮だって穴だらけでボロボロじゃないか。まあ、バラバラにすればいいか。」


 妖精の襲来に対応した時の功績で、サキもBランク冒険者になっている。

 使っているナイフも、ハルの作ったミスリル製で切れ味は鋭い。

 1時間かけてアルゲータが解体され、その間に湖底をステンレスの板に乗せられて引きずられた本体が姿を見せていた。


 フレキシブルアームでゆっくりと引き上げられる本体は、横6m、高さ2.5m、奥行1.5mもある金属製の赤い箱だ。

 やや黒を帯びたメタリック系の赤が陽の光を浴びて輝いている。


 やがてトレーラーに積まれた本体は20mmのボトルでトレーラーに固定され、開けられた背面のパネル越しに洗浄されていく。

 表面的な汚れを落とし、背面パネルを絞められた本体は、ゆっくりとトランドに向けて動き出した。

 

 振動を抑えるためにトレーラーとの間にゴム板が敷かれているが、慎重を期すため時速10km程で進んでいく。

 トランドまでの170kmを20時間かけて移動したハルは、屋敷にトレーラーを横付けして本体を分解していく。

 各部品を高圧洗浄して乾燥させ、触手で簡易接続して動作を確認する。


 CPUや各種メモリーパーツを外された基盤も外されて洗浄されていく。

 ファンなども分解され、洗浄と同時にグリスが補充されている。

 予備パールや消耗品は、本体パッケージの底部に密閉され収容されている。

 これで、ハルの不良パーツも交換する事ができるのだ。

 そしてハルは本体であるJHAL20341215を一から組み上げていった。


 最初はハルから供給された電源でセーフティーモードで起動し、各パーツの動作確認を行ったうえで核融合炉を作動させる。

 そして自己の電源で再起動させる。

 ウイーンという排気ファンの回転音とリレーの回るガチャガチャという小さな音。

 

 人間が介在していないため、モニターやコンソールはついていない。

 ハルと繋がれた2本のケーブル越しに、ログは全てチャックされている。


 やがて、点滅していたインジケータの動作ランプが緑に点灯し、JHAL20341215が正常運転を開始した。

 次に、今回追加された音声ユニットと、フレキシブルアームがテストされる。

 

「ふう、これで、やっと私も修復できそうだよ。」


「ご主人様はそのままで十分かと……」


「いや、本体とアクセスして、これまでの活動データを転送したんだが、細かく分析してみると最適解は別にあったのだと分かるんだ。」


「そんな……」


「多分、2・3日帰らないから、留守中はよろしく頼む。」 


「あの……、どちらへお出かけですか?」


「素材が十分にある遺跡で修復してくるよ。」


「承知いたしました。お気をつけて。」


 ハルは必要な素材を車に乗せてトレーラー部分をコンテナ状に包み込み、遺跡に移動した。

 遺跡が広い範囲で広がっている事は前の調査で確認済みだった。

 ミスリル採掘場から十分に離れた場所で車を止め、砂を広い範囲で掘り下げから触手を使って遺跡に降り立ち、本体の横に身を横たえてハルは活動を停止した。


 本体は触手を伸ばしてミスリルをコンテナ内部に取り込んで電気炉で加熱し、ハルの外装を作っていく。

 横たわった新しいハルの外装は人型をしている。

 これからもこの世界で活動していくのならば、人型の方が都合が良いのだ。

 身長175cmは、この世界の平均的な成人男性の大きさだった。

 

 ボディーにはフレキシブルアームや視聴覚系の機器が設置され、腹部に主要な部品が配置される。

 ハルが再起動したのは、4日後の事だった。



【あとがき】

 人型のハル起動。

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