第14話 毛深いのだね

 地震から1か月後、リュカは夫と子供の墓を前にして一人で泣いた。


 自分だけ生き残ってしまったという後悔もある。

 

「ごめんね……産んであげられなかった……」


 だが、多くのケガ人を見捨てて、身の安全をはかるという選択肢は彼女にはなかった。

 なぜ、二人と一緒に死なせてくれなかったのだろうか……

 その思いだけが彼女の全身を満たしていた。


 生前、夫と二人で、子供の名前は決めていた。

 それが墓に刻まれている。

 男の子でも女の子でも、この名前にしようと夫と決めた名前、ラナ……墓石に刻まれた、彼女が存在したという証。

 リュカには、それがとても尊いものだと感じられていた。


 王妃の元を辞したリュカは、二人の墓に花を供え、手をあわせていた。

 王都を出て以来、16年ぶりになる。

 これが、今回王都への同行を願い出た一番の理由だった。


「忘れていた訳じゃないの……、でも寂しかった?……ゴメンね……」


 墓には、二人の亡骸と共に、腰まであった彼女の髪も眠っている。

 

「でも、あなた達は二人一緒でしょ……私は、一人なのよ……」


 彼女の頬を涙が流れる。

 今でも、大声をあげて泣き叫びたい。

 あの夜、彼女を突き飛ばした貴族を罵倒したい。

 だが、両親は他界したものの、長兄は今も彼女を気遣ってくれる。

 兄の立場を考えれば、自分が波風をたてる訳にはいかない。


「うふふっ、今のご主人様は素敵な方なのよ。二人に会わせてあげたいくらいなの。」


 地震のあと、現地で活躍した少女たちは脚光を浴びた。

 皇子が王妃を見染めたのも、それがあったからだ。

 あの時の9人の少女たちは、皆将来性のある貴族の嫁になっている。

 リュカにも再婚の話しがいくつも来ていたのだが、長兄のオシロがそれを頑なに断っていた。

 ファンタン家にしてみれば、上級貴族との縁談など大歓迎なのだが、本人がそれ望んでいないのだ。


 そして3年を夫の実家であるタータン伯爵家で過ごした後で王都を離れ、メイドとして暮らしてきたのだ。

 伯爵家ではメイドとしていた訳ではなかったが、自然と家事を手伝っていた。

 その時にメイドとしての基礎を習ったのだ。

 リュカが笑顔を取り戻すまでの3年間、タータン家は彼女を守り抜きそして地方に赴任していた当主の弟の家で正式にメイドとしての活動をスタートした。

 

 彼女の人気は高かったが、半面反発も大きかった。

 特に、彼女に治療を拒否された高飛車な貴族たちは何年経っても彼女の功績を認めようとはせず、ファンタン家への嫌がらせも続いていた。

 国務大臣のオーギュスト侯爵家などは、その最たる例だ。

 

 王都から姿を消したことで、いつしかリュカの記憶は人々の間から薄れていった。

 16年もの間墓参りにすら訪れなかったのは、そうした理由からだった。


 おそらく、高慢な貴族たちはハルのことなど認めないだろう。

 その時は、自分が防波堤になればいい。

 自分が姿を見せれば、両方の実家や、うまくすれば顔見知りだった王妃も味方についてくれる。


 奇しくも、再び王都を襲った厄災の最中にリュカはその姿を現わした。

 少女だった彼女は、40代に差し掛かろうとしていたが、その栗色の髪と名声は色あせていない。


 リュカは、墓参りの後で義実家を訪問した。

 16年ぶりだが、半分は見知った顔だ。


「ご無沙汰しております、お義父様。」


「リュカ、まだ俺を父と呼んでくれるのかい……」


 病で寝たきりの老人は、嬉しそうにリュカの手をとった。


「私はライド・タータンの嫁です。当然ではないですか。」


「そうかそうか……。それにしても、新しい旦那はとても毛深いのだね。」


 同行したハルを見て、前侯爵はクスリと笑った。


「あら、手触りならばライド様に負けておりませんわよ。」


 そして、ハルの提案を受けて、屋敷に水道と2口のコンロが設置される。

 作業の間、リュカはメイドたちに、持参したピーラーやミスリル針・糸通しの説明をしていた。

 

 水道とコンロは、リュカの実家にも設置された。

 

「我が家にまでこのような魔道具を……すまんな。ハル殿感謝いたします。」


「それから、ご主人様がピーラーや糸通しの権利を、全てお兄様に譲渡いただけるそうです。」


「そ、それは有難いのだが、私にはよく分からんのだけれど……」


 そこへ、メイドが口を挟む。


「これは革命的なツールですよ。全国の家庭で間違いなく購入されます。」


「メイドである私が保証します。市場に出せば間違いなくヒットする道具ですわ。」


「製造と販売は商業ギルドにやらせればいいでしょう。伝手がありますから、私の方で手を打っておきます。」


「わ、私は何をすれば……」


「ファンタン家の名前を全面的に使わせていただくのと、契約書のサインだけですわ。」


 そのまま商業ギルドを訪れたハルたちは、ギルド長同席の元で商談を行った。


「こちらのツールは、確かに大ヒットするでしょう。しかし、このステンレスというのはどういう金属なのでしょうか?」


「一言で言えば、錆びない鉄です。」


「錆びない……確かにそのような金属も存在しますが、多くは柔らかくて道具には適さないものばかり。」


「鉄の強度をもちながら、錆びない……まあ例外もありますが、確実に耐久性は向上しますね。」


「それが、このクロムという金属を12%以上混ぜた金属だと……」


「剣や鎧などの武具だけでなく、鍛冶職人のハンマーや斧など、広い分野で活用できます。」


「クロムは、この地図にある二つの山で採掘できるのですな。」


「その通りです。この配合比もファンタン男爵名義でお売りします。価値を決めるのは、実用化できて真価が確認された時点で結構ですよ。」


「それで、ここにあるピーラーやナイフ・包丁も、そのステンレスという金属で出来ていると……」


「そうだ、鉄の板とかありませんか?」


「倉庫にありますが。」


 ハルは、商業ギルドの用意した鉄と、持参したステンレス両方にやすりをかけて水を入れた桶に漬けた。


「まあ、一晩あれば錆びてきますよね。」


「それは当然……」



 オシロ男爵の捜してくれた資料に、面白い記録があった。

 それは、古い人形に妖精が宿ったという記録だった。

 数分間の出来事だったらしいが、その妖精は村が水に呑まれると予言し消えてしまったらしい。

 村は数日後、川の反乱で水に呑まれてしまったが、半数以上の村人が予言を信じ避難したおかげで記録者を含めて命を救われたという。 


「予言なんていう能力が……」


「一概に予言とは言い切れませんね。堤防の状況や気象条件。特に熟練の漁師は、天気を予測できると言いますからね。」


「ハル殿ならば、予測も可能なのですね。」


「いきなりはムリですよ。何年もの観測結果があれば、季節ごとの天気の特徴が分かりますし、広い範囲の情報を集めればその精度は高まります。」


「なるほど。そのほかにも、人形に妖精が宿ったという記録はいくつも残っています。これなんかは、数年前に死んだ母親と話したという記録ですね。」


「という事は、妖精は死んだ人間のタマシイみたいなものの可能性もあるという事ですか……」


「人間だけではなく、動物のタマシイという可能性もありそうですよ。ほら、こっちの記録では、飼っていたペットと思われる事例も紹介されていますから。」


「でも、どれも短時間の事例ばかりですよね。」


「あっ、こちらの事例では、ミスリルの塊にタマシイを憑依させた実験も載っていますよ。」


「えっ!そんな実験があったんですか!」


「ただ、本人は成功したと主張しているようなんですが、声を出せる訳じゃないので第三者による確認はできなかったそうです。」



【あとがき】

 義実家の「新しい旦那はとても毛深いのだね」というシーンが気に入っています。

 まさかの、オバさんヒロインという新境地開拓?

 いや、そういえば、これまでにもそういう展開があったな……

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