第4話 トランド
ハルとサキはトランドの町に入った。
最初に金100gを換金屋に持って行って金貨と銀貨に換金する。
手数料はとられるが、国が運営する機構であるため胡麻化される心配は不要らしい。
換金屋では金を水に沈めて純度を確認していた。これは金の比重を確認するための方法で、データさえあれば重さを計って判断できる。
もちろん、色でも判断していたが検査官は驚いた表情を見せてくれた。
「まさか、100gちょうどなのも驚きましたが、これほどの純度とは思いませんでした。」
「じゃあ、高いんだね。」
「国王の即位記念金貨にできるレベルですよ。」
「えっ?金貨って全部同じじゃないの?」
「わがヤットランド王国で流通している金貨は、およそ純度80%の金が使われています。」
「えっ、100%じゃないんだ……」
「100%まで純度をあげるには手間もかかりますし、柔らかすぎるんですよ。ほら、即位記念金貨はこんなふうに専用の箱に入れてあるでしょ。」
「……初めて見た……」
「商人が皮袋とかに入れて持ち歩いたら、あっという間に傷だらけになってしまいます。だから、銀や銅を混ぜて硬くしてあるんですよ。」
「ほえーっ、知らなかった。」
「国によって、金の含有量が違う事もあります。隣のガリウス帝国の金貨は含有量75%。だから、我が国の金貨と比べて価値が下がります。」
「いや、金貨なんて持ったことないし……」
「これからは金貨を持つ機会が増えるでしょうから、ちゃんと覚えておいた方がいいですよ。」
そういうと検査官は何種類かの金貨をサキに見せた。
「な、何で、こんな親切に教えてくれるんですか?」
「あはは、簡単な推測からですよ。」
「えっ?」
「100gの金を正確に測って切り分けるだけの技量がある。という事は、もっと多くの純金を持っている事になる。」
「あっ……」
「この純度と正確さなら、いつでもお持ちください。大歓迎ですよ。」
さすがは国の機関だけあって、聡明な検査官だとハルも感心した。
この国で流通している金貨は、ハルの知識にあった500円硬貨よりも一回り大きく、8gであった。
つまり、100gの純金は、12枚の金貨と同じサイズの5枚の銀貨に換金されたのだ。
普段サキが使っているのは、その半分の小銀貨で、価値は当然半分になる。
これを日本の価値で考えると、8gの金貨は金相場で12万円程度の価値があり、大銀貨10枚が金貨と同価値になるので1枚12,000円。
小銀貨は半分だから6,000円程度で、同じサイズの銅貨は600円。
鉄貨ならば1枚60円という事だ。
ただ、鉄火は錆びるために嫌われており、サキの知識によれば商店は銅貨1枚を基準に商品の量や質を調整しているようだ。
大量生産ではない世界で、鉄貨など余計なコストがかかるだけである。
国は既に鉄貨の製造を中止しており、廃止も検討されているという。
「ねえねえ、このお金で色々と買ってもいいかな?」
「好きにしろ。私は金に興味はない。」
「やった!新しいリュックに、暖かい毛布。新しい下着に、……あっ!身体強化や魔法障壁の腕輪も買えるじゃない!」
「待て、何だそれは?」
「えっ?」
「身体強化とか魔法障壁とは何だ?」
「そういうアクセサリーがあるんだよ。」
「身体強化?表皮が硬くなるのか?」
「あっ、そういうことじゃなくて、運動能力が高くなるんだってさ。」
「……どういう原理なのだ?」
「知らないよ、そんなの。」
「……本当に効果があるのか?」
「ギルドで噂になってて、持ってる冒険者も多いんだよ。」
運動能力を高めるというのは、確かに可能である。
興奮したときなどに副腎髄質よりアドレナリンというホルモンが分泌され、筋力の上昇や血管拡張などで運動能力が確かに向上する。
ただ、副反応として動悸・頭痛・高血圧等がおこり、心臓への負担が大きくなると同時に精神的な不安定さも懸念される。
「それは、危険ではないのか?」
「前は、そういう薬が流行ったらしいんだけど、暴走して人を殺しちゃったり、無謀に魔物の群れに突撃する人が増えたせいで禁止されちゃったみたい。」
「それで、腕輪の方はどうなんだ?」
「安いのは効果が感じられないとか言われてるんだけど、高いのは大丈夫だって聞くんだよね。」
「どこで買えるんだ?」
「えっとね、南西の方向にある、城壁にくっついて建てられた工房らしいんだよね。」
「工房?店とかでなく?」
「うん。扱ってる店はないらしい。」
「もう一つの魔法障壁ってのは?」
「その腕輪をつけていれば、魔法を撥ね返したり。威力を弱めてくれるって聞いた。」
「魔法を撥ね返す……」
ファントムとの遭遇で、魔法というものは紫外線を伴って魔力が押し寄せるものだと推測できる。
魔力には何らかの方法で、作用内容が指定されているものだとして……、仮に紫外線を鏡で反射させたり、霧で拡散させた時に、魔力はどうなるのだろうか。
雨の場合は? 水の中では? ハルは色々な可能性を思考していく。
「それって、シールドの魔法に近いのかもしれないけどさ。」
ハルはサキの思考から、そのシールドという魔法について情報を得た。
この世界には、魔法師という職業があり、魔法師の使う”魔法や物理攻撃を防ぐ”魔法があるらしい。
ただ、ソロで活動するサキは、実際に見たことがある訳ではない。
そして、魔法障壁の腕輪というものも、別の工房で作られているらしい。
どちらにしても、魔法というものをもっと研究する必要があった。
「サキには、魔法師の知り合いはいないのか?」
「知り合いというか、時々ギルドで話す子はいるよ。」
「それと一緒に行動する事はできないの?」
「パーティー?ムリだよ、その子はもう別のパーティーに入ってるから。」
パーティー……、冒険者同士でチームを組んで一緒に依頼を受けたりする事だと理解した。
治療師(ヒーラー)や魔法師は数が少ないので、パーティーに誘われる事があるらしいのだが、サキには特別な技術などない。
同じ戦闘職なら、力が強く体力のある男が優遇される。
そして、外見的に特徴があればパーティーに勧誘される事もあるらしい。
例えば、胸が魅力的とか男が好きな顔だったりした場合だ。
サキには豊かな胸はなく、ソバカス顔の赤茶っぽいショートカットはコンプレックスになっているようだ。
当然だが、ハルはそういう個人的事情に興味はない。
ギルドには翌朝行く事になり、サキは宿で食事をして寝る事になる。
ハルは単独で町の探索に出た。
目的地は、身体強化の腕輪を作っているという工房だ。
この世界の建物は半分が平屋だった。
宿屋とかそれなりの規模の建物は2階建てになっている。
民家の屋根から屋根に飛び移り、ハルは南西を目指す。
高所から探った限り、町の建物はおよそ1万軒だった。
1件に4人住んでいるとして、4万人規模の町になる。
周囲は高さ5m程の城壁に囲まれており、石組で作られた城壁の上を歩いて移動する事もできる。
城壁があるという事は、攻めてくる敵がいるという事になる。
それが人間相手なのか、魔物が相手なのかはまだ分からないものの、城壁の上では篝火が焚かれ二人組の兵士が巡回していた。
目的の工房はすぐに見つかった。
城壁に接触して建てられた建物は多くないからだ。
問題の工房は既に照明を落としており、工房の者が数人で酒を飲んでいる。
ハルは工房に触手を伸ばして、完成品らしい腕輪を引き寄せた。
外見的には金属製の腕輪で、厚さ1mm幅12mmの板状になっており、完全なリングではなく隙間が空いている。
つまり、全体を曲げてフィットさせるのだろう。
【あとがき】
身体強化とはどういう事なのか。
作者なりの解釈です。
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