第9話
『すまない、友くん。騙すつもりなんてなかったんだ』
めろりんのブログのコメント欄には謝罪が先ず書いてあった。
『何から書いたらいいのやら、オレにも整理する時間が必要なのかも知れないが、誠意を示したい。ありのままを書こうと思う』
放心状態のままの僕はただただノートPCのスライドパッドを二本の指で擦って、めろりんの書いた文章を目で追う。
『オレは休職中ではあったけれど、ひきこもり歴は一年に満たないし、親の金で遊んでいた訳じゃないんだ』
『オレの生業は小説家なんだ』
『それなりにヒット作も出したし、そのおかげで働かなくとも妻子を養う事も出来るし、ニートになりきっているオレの世話をしてくれる家政婦を雇う事も出来た。床ドンという暴君の振る舞いをただの呼び鈴のように受け止めてくれるありがたい人だったよ』
『オレがどうして引きこもりニートの生活にどっぷりと浸かる事になったか。それは社会問題となっている高齢引きこもりニートの実態に、オレ自身の精神を近づけたかったからなんだ』
『高齢引きこもりニートをテーマにした小説を書く為に用意した舞台装置、それが友くんが見てきたオレの部屋、オレの生活なんだ』
『友くんが絡んできたあのブログ記事、アレは中卒の高齢引きこもりニートが嘘で自分を飾ったらどんな文章を書くだろうと、役に入り込んだ役者のように書いたものなんだ』
『心を
『高齢引きこもりニートになりきりたいという願いが通じたのかと思ったよ。友くんと夢を通じて人生を共有するようになって』
『誰も読む訳がないと思い込んでいたから、芳江の名前はそのままに出してしまったし、出会いのエピソードも実際にあった事だ。今、読み返すと酷いものだね。小説家が書いた文章だなんてまるで思えない』
『当初のオレの目論見はあの時点で七割くらいは達していたのかも知れない』
『なりきれていたと思うんだ、あの時点でも』
『だけど、友くんとの稀有な出会いが、オレの引きこもりニートへの理解をずっと深めたように思うんだよ』
『だから、本当にありがとう』
『あの日、別れ際に友くんに渡した封筒は謝罪の意味もあるけれど、オレからのエールでもあるんだ』
『あの金を原資に、友くんが社会復帰してくれる事を切に願う』
『ありがとう、友くん。少しずつでも頑張って欲しい』
この一文を最後に、以降、めろりんがコメントを書き込む事はなかった。スライドパッドをどれだけ擦っても、何日経っても、新たなコメントが書き込まれる事はなかった。
それから、
どれだけ眠っても、
どんな時間に目を瞑っても、
もう、
僕はめろりんの夢を見る事が出来なくなった。
そして、めろりんのブログもいつしか消された。
なんだよ、めろりんめろんって。
なんだよ、そのハンドルネーム。
そして、結局、本名も出した小説のタイトルも、あるならペンネームも、
僕は知らないままだよ。
なんだよ、この喪失感。
こんな喪失感を抱えて社会復帰しろって?
こんな状態で前へ歩き出せって?
そんなの無理に決まってるじゃないか。
本当にそう思うなら、僕をこんな気持ちにさせた責任をとれよ。
バーカ。
―― 終 ――
NEET'n NEET ハヤシダノリカズ @norikyo
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