第27話『夕方になると、空に誰かの落書きが浮かんでくる』
夕方になると、空に“何か”が見える。
最初に気づいたのは、たまたま雲を見上げたときだった。
薄く色づいた西の空。
そこに――落書きみたいな文字が、ふわっと浮かんでいた。
「ばーか」
って書いてあった。
***
最初は雲の形の偶然かと思ったけど、
日が傾くにつれて文字ははっきりと、筆跡のように現れていく。
次の日は、**「好き」**とだけ書かれていた。
その次の日は、「今日、あの子に言えなかった」。
まるで、誰かの気持ちが空ににじみ出てるみたいだった。
***
「これ……見えてるの、自分だけ?」って思って、
友達に言っても「え?何もないけど?」って返された。
僕だけが、空の“落書き”を読めるらしい。
***
しばらくすると、僕は毎日夕方、空を見上げるようになった。
今日の空はどんな気持ちだろう。
誰かの“心の落書き”が、浮かんでるかもしれない。
「やりなおしたい」
「怒ってごめん」
「明日、がんばる」
空は日替わりで、静かに誰かの声を映していた。
***
ある日、学校でクラスメイトが泣いていた。
何があったかは聞かなかったけど、その日、空にはこう書かれていた。
「わかってたけど、言えなかった」
なんとなく、その言葉が彼女のものな気がした。
***
そして今日の夕方。
空にはこんな言葉が浮かんでいた。
「いつも見てくれてありがとう」
それを見た瞬間――
僕はなぜか、涙がこぼれそうになった。
誰かの本音って、こんなに優しいんだ。
***
次の日から、空の落書きは見えなくなった。
でも、それはきっともう十分に、
僕の心のどこかに残ってしまったからだと思う。
***
完(空は、時々“心の黒板”になるらしい)
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