機罡戦隊ーきこうせんたいー3 女王エリザベスと獅子の試練

あおくび大根

はじまりの機罡戦隊

序章

行く手にあるは魔王の居城 

 かつては風に揺れる草が大地を覆い、鳥たちの歌声が空に響いていた。だが、今そこにあるのは灰色の荒れ地。焼け焦げた大地はひび割れ、草一本すら生えず、空には常に黒い雲が渦巻いている。

 稲妻が奔り、遠雷が唸りを上げるたびに、勇者たちの影が震えた。


「……あれがハジュンの居城だ。歓迎の準備は万端らしいぜ。こいつは骨が折れるぞぉ」


 黄金の獅子を従えた金髪碧眼の戦士がそう呟く。彼の持つ剛槍が穿つ先には黒く尖った塔が、地平線の彼方に不気味に突き立っていた。まるでこの腐り果てた世界の心臓のように。獅子が仲間を鼓舞して吠えた。


「よくもまあ、ここまで来られたものだな」


 豪胆な声とともに笑い声が響く。大戦槌を背負った大柄な黒人戦士の後ろには、巨象が戦いを前に興奮した様子で長い鼻をうならせていた。


「途中、何度も死ぬかと思ったわ……。ほんとに生きているのが不思議なくらい」


 軽やかに言ったのは少し茶色を含んだ黒い髪を緩やかに伸ばした少女。だが、その目に浮かぶのは戦いの記憶に焼き付いた仲間たちの影。そしてそんな彼女の周囲を極端に単純化された姿のクジラが緊張感のない様子でぷかぷかと浮かんでいる。


「不思議だ。これから向かうのは紛れもない地獄だというのに、こうも怖れを感じぬとは」


 その声には強い意志があった。東方世界オリエントの極東から来た男は天然の波状毛で、東方鎧に太刀をき、弓と矢筒を背負っている。彼の頭上には長大な体を持った龍が神秘的な姿を泳がせていた。


「色々なことがあった。多くの者が志半ばで倒れた。だが、おれ達はここまで来た。勝つためだ」


 最後に口を開いたのは腰の両側に短剣を提げた男。その瞳には、迷いも、怯えも、何も映しておらず、ただ前を見据えていた。彼の肩口には額に赤い宝石を付けた不思議な鳥が止まっていて、おもむろに人の言葉を発した。


「ボク達だって同じ思いさ。最高の仲間達と一緒に魔王の企みを阻止するんだ」


 五人の若者がそれぞれに従える獣。それらは天から遣わされた五体の機罡獣きこうじゅう。勇敢な獅子、大地の巨象、いしずえなる大鯨たいげい蒼穹そうきゅう覇龍はりゅう、そして不思議な鳥。この世を闇に飲み込まんとする魔王の野望を止める人類の希望。

 彼らこそ機罡戦隊きこうせんたい。長き旅路を共にし、幾多の死線を越えてきた。もはや家族よりも深く結びついた絆が、彼らを繋いでいる。


 敵の居城を遙かに見据えて立つ彼らの背を見守る影があった。魔王の瘴気に汚染された死の大地にあって彼女の立つ場所だけは生命の彩りが感じられた。天界を荒らし、地上へ逃れた魔王ハジュンを追って人間界に転生し、今日まで機罡戦隊を率いて戦った正義の女神(天部)。


 天界十王のひとり平等王にして観自在天カノンであった。


 彼女が一歩踏み出す気配を感じた戦士と機罡獣は、号令もないまま自然と親愛なる女神へ向き直った。


「ヒュー」


「おう」


 答える戦士は長大な槍をぐるんと回してみせた。西方社会オクシデント、グランドン王国の王子。皮肉屋なところもあるが、情に厚くて涙もろい熱血漢。従える機罡獣は勇敢な獅子レオンハルト。


「ベルドラ」


「あいよ」


 巨躯が居並ぶ機罡戦隊の中でも頭一つ抜けて大きい黒人はプルーア大陸出身の戦士でランス王国の傭兵をしていた。その巨体からは想像が出来ぬほど手先が器用であり、工兵としての技術も超一流。従える機罡獣、大地の巨象ベヒーモスとの相性はばっちりだった。


「イスマ」


「はいはい」


 五人の中では最も年下でありながら、時には男たちの尻を叩いて自ら先頭に立って戦う勇敢な少女。中つ国ミディウムアルビーク領主の娘で大魔法使い。カノンとはいろいろと複雑な関係を構築する時もあったが、それも昔の話。従える機罡獣は礎なる大鯨バハムート。


「ノリ」


「ん……」


 東方世界、大和日ノ本国やまとひのもとのくにの武者。武芸十八般に長けるが、中でも長弓の腕前は天下一品。仏頂面で口数の少ない男だったが、笑い上戸ゲラがばれてからは一気に仲間と打ち解けた。従える機罡獣は蒼穹の覇龍鋼玉こうぎょく。ちなみに本名は南条教経なんじょうのりつね


「そして、ライディン……」


「カノン」


 少し照れた様子の青年はカノンの視線を思わず避けて横を向く。それを見逃す仲間達ではない。ヒューは口笛を鳴らし、ベルドラは歯を見せてにやにやとしている。ノリは男なら逃げるな、とでも言いたそうな視線を飛ばす。


「ほら、こんな時くらいちゃんと目を見て話しなさいな」


 一番若いイスマに言われてライディンは覚悟を決めたようにカノンへ向き直ると、女神ははにかむ青年の頬に手を伸ばす。元々二人は婚約者同士で夫婦になるはずだったのだが、魔王軍の侵略で引き裂かれた。その後に運命的な再会を果たすが、戦いに追われてお互いゆっくりと話をする暇がなかったのは不思議だった。

 やっと落ち着いたかと思った矢先、ライディンの中に入り込んだ魔王に意識を乗っ取られ、カノンを手にかけるというような事件まで起こった。そんなことが数えきれないほど繰り返され、離散集合を繰り返しながら迎えた今日だ。


 その時、見つめ合う二人と見守る仲間達の間を突風が吹き荒れて砂塵を巻き上げ、黒雲から放たれた雷が丁度彼らのいる場所に落とされた。まるで魔王の怒りを伝えるかのように、稲妻は大地を震わせ、強烈な土煙を上げた。

 ほんの一瞬、カノンとライディンの顔が近づき、離れた。


「おい、カーバンクル! 思わず目をつむっちまったが、あの二人はどうなったんだ」


「おれもだ。まったく無粋な雷め」


「わたしも見逃したわ。砂が目に入っちゃって!」


「右に同じ」


「秘密」


 仲間に詰め寄られ、両羽を上げて固まるカーバンクルだ。レオンハルトがうなり、ベヒーモスは長い鼻をくるりと上げて吠えた。鋼玉が龍の力を用いて雲を薙ぎ払うと、晴れ渡った青い空に向かってバハムートが潮を吹き上げた。


「……行こうか」


 そそくさと歩きながら発したライディンの言葉に、誰も返事はしなかった。けれど全員が、一歩、また一歩と、彼の後について魔王の居城へと足を踏み出す。


 背負うは世界の希望。各々のその胸には、決して折れぬ意志が燃えていた。


 終わらせるために。そして始めるために。


 機罡戦隊は最後の戦いへと歩み始めた。



『機罡創世譚~暁の五星~』(原題Chroniqueクロニーク de laドゥ ラ Genèseジェネシーズ deドゥ Gōngāngゴウガン: Les Cinqサンク Étoilesエトワール deドゥ l'Aubeローブ)より



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