第10話


小説「針と糸と夢」


第九章:故郷の調べ


ぎこちない笑顔と、無理に作った話題で、なんとかその日の仕事を終えた菜々美。しかし、次の日からの仕事も、相変わらず手探り状態だった。派手なメイクも、着慣れないドレスも、菜々美の心には馴染まなかった。


そんなある日、菜々美が接客についたお客様は、少し年配の男性だった。


「初めまして、片岡菜々美です。今日は、よろしくお願いします」


菜々美は、いつものように挨拶をした。


「ああ、どうも」


お客様は、菜々美をじっと見つめた。


「…おや、君。どこか訛りがあるね」


お客様は、突然、そう言った。


菜々美は、ドキッとした。普段は標準語を意識しているつもりだったが、やはり、隠しきれないものがあるらしい。


「あ…はい。実は、青森出身なんです」


菜々美は、正直に答えた。


すると、お客様の顔が、ぱっと明るくなった。


「なんだ、そうか!オレも青森出身なんだよ!」


お客様は、興奮気味に言った。


菜々美は、驚いた。まさか、こんな場所で、同じ故郷の人に出会うとは。


「え!本当ですか!?奇遇ですね!」


菜々美は、思わず、訛り混じりの言葉で返してしまった。


「んだんだ!オレは、弘前さ!君は、どこだい?」


お客様も、嬉しそうに、訛りで話しかけてきた。


「私、八戸なんです!あ、もしかして、ねぷた祭り、見に行ったことあります?」


菜々美も、訛りで話し始めた。


そこから、二人の会話は、一気にヒートアップした。青森の祭り、食べ物、方言…共通の話題は尽きなかった。


「へばな!んだら、けっぱれ!」


「んだ!お互い、頑張りましょうね!」


二人は、青森弁でエールを交換し合った。


その夜、菜々美は、初めて、心から楽しいと思える時間を過ごした。無理に笑顔を作ったり、話題を探したりする必要はなかった。ただ、故郷の話をするだけで、心が温かくなった。


そのお客様は、その後、何度も店に通ってくれるようになった。そして、菜々美のことを、他の青森出身のお客様にも紹介してくれた。


いつの間にか、菜々美は、店で「青森弁の可愛い子」として、有名になっていた。そして、菜々美を目当てに、店に通う常連客が増えていった。


派手なメイクやドレスは、相変わらず似合わなかったけれど、菜々美は、自分の訛りを隠すことをやめた。ありのままの自分でいることが、一番心地良いと気づいたからだ。


菜々美は、お店で人気者になり、指名も増えていった。生活費も安定し、少しずつ、貯金もできるようになった。


しかし、菜々美の心の中には、どこか満たされない思いがあった。


「私は、本当に、このままでいいんだろうか…」


菜々美は、夜空を見上げながら、自問自答した。煌びやかなネオンに照らされた街で、菜々美は、再び、自分の夢について考え始めた。


(第十章へ続く)

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