魔法の手紙

佐海美佳

魔法の手紙

 今日の優衣ちゃんも可愛い。

 殺風景な教室が、優衣ちゃんが居るだけで華やかな空気になっている。僕は遠くから見守っているので何を喋っているかわからないけれど、人垣の中央にいる優衣ちゃんから放出される何かが、キラキラ輝いているのはわかった。


「今日もモテモテだな」

 教室の入り口から入ってきた裕樹が、優衣ちゃんの横を黙ってすり抜け、僕の前の席に座りながら言った。

「まぁ、僕らには関係ないけど」

 色んな人から声をかけられたり「付き合ってください!」と言われているんだろう。あんなに可愛くて優しい女の子なんだから。

「なぁ、知ってる?」

 得意げな顔の裕樹にやや不快感を感じながら、顔を上げた。

「優衣ちゃんって付き合ってる人いないんだって。さっき話してた」

「お前盗み聞きしながら歩いてたのかよ。悪趣味なやつ」

「聞こうと思って聞いたんじゃねーよ。みんなが騒いでたから聞こえてきたんだよ」

 付き合ってる人がいないだなんて、何かの間違いだろうと思う。

 あるいは嘘をついて何かを隠しているんじゃないかと疑う。騒ぐのも当然だ。

「俺たちにも可能性があるってことだ」

 意味ありげに前髪を掻き上げながら裕樹は言った。可能性は限りなくゼロに近いが、ゼロではない。かもしれない。

「お前なにしてんの?」

 裕樹は、サッカーの試合を観戦する時ぐらい真剣な顔でスマホにメッセージを打ち込んでいる。

「DM送る」

「優衣ちゃんのアカウント知ってるのか?」

「Instagramに写真あげてたの、俺見たんだ」

 その写真も滅茶苦茶可愛いんだろうなぁ、と妄想している間に裕樹はDMを送ったらしい。僕の方を見てニヤリと笑った。

「俺と付き合うことになったらごめんな」

「ねぇよ」

 サッカー部のエースストライカーとして学校内で有名な裕樹の横顔は、満足げだった。

「可能性があるならやってみなきゃな」

 目の前にボールが転がってきたら、ゴール目がけて蹴ってみる。そういうところが、エースという肩書きを持っている理由なのだろう。

「どんなメッセージ送ったの?」

「教えねー。教えるわけねー。俺が国語のテスト何点とったか知ってるだろ?」

 部活ばっかりの裕樹が、どれぐらいの点数かは簡単に想像できるけど。

「参考にしたいから教えてよ」

「なんだよ、お前もコクってみるのか?」

「…できるならそうしたい」

 超前向き&超積極的な裕樹に感化されている自覚はある。

「俺のは参考にならないから、ググってみれば?」


 学校が終わって急いで家に帰った。僕の部屋にあるパソコンで早速検索する。

 絶対に上手くいく告白の言葉、女性が思わずOKしてしまう告白十選、成功する効果的なタイミング。

 インターネットの叡智、万歳。

「告白はDMよりも対面がいいです。手紙で伝えるのも効果的…そうなのか」

 DMよりも手紙が効果的だとは知らなかった。国語のテストでいい順位を取ったこともある。もしかしたら裕樹を出し抜けるかもしれない、そんな希望が僕の背中を後押ししてくれている気がした。

 まずは手紙の下書きをしてみようと、授業で使っているルーズリーフを一枚取り出す。そして、インターネットの叡智に助けられながら文面を書いていく。

 あなたのことが好きです。

 付き合ってください。

 急にこんなことを書いてごめんなさい。

 パソコン画面とルーズリーフを交互に見ていたからか、文字がふにゃふにゃしていて読み難い。恥ずかしさもあって見返すこともできず、薄目で見ていたら顔のように見えてきた。

「ここが目で…この辺が口、かな?」

 ルーズリーフの顔を指でなぞる。ツルっとした紙の感触はいつもと変わりないのに、その時何かが動いたような気がした。

「えっ?」

 本当に動いていた。僕が書いた文字が、ゆっくりと。夢でも見ているのだろうか。

 ルーズリーフのふにゃふにゃ文字が動いたと認識した後で、声が聞こえてきた。

『こんな手紙で本当に上手くいくと思っているのか』

「うわぁ!!」

 椅子から落ちるぐらい驚いた。いや、実際に落ちた。

『自分の気持ちばかり押しつけて、相手が喜ぶとでも思ってるのか』

 転げ落ちた時にぶつけた腰を撫でながら、確かにそれはそうだと思った。手紙が喋るという非常識な出来事が巻き起こっているのに、言っていることは常識的だ。でも、僕が書いた文字に説教されるのはなんとなく癪で、つい口答えをしてしまった。

「急にこんなこと書いてごめんなさい、ってこの辺に書いてあるだろ!」

 ルーズリーフの顔の顎のあたりを指で示した。

『謝れば気持ちを押しつけてもいいのか?』

 ぐぅ、と息を飲む。

「好きな気持ちを伝えたいんだから細かいこと言うな、僕が書いた手紙のくせに」

 ベリっ。

 カッとなった僕は、ルーズリーフを破いてゴミ箱に捨てた。静かになった部屋で、僕はもう一度パソコンの画面を覗く。そして決心をした。


「優衣ちゃん」

 登校してすぐに見つけた優衣ちゃんに声を掛けた。周りに僕たち以外の人間が居ないことを確認して、昨日から決めていた言葉を口から吐き出す。

「好きです。付き合ってください」

 大きな目がパチパチと何度か瞬きをし、僕をまっすぐ見つめる。

「はい」

「え?」

 信じられない言葉が耳に届いて思わず聞き返す。

「本当に?」

「うん。私ね、直接告白してくれる人を待ってたの」

 ルーズリーフに書いた手紙がしゃべったことは夢だったのかもしれない。けれど、そのおかげで告白が上手くいったことにはとても感謝している。

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