さくらの散る前に
LIE0
第一話
「さよなら」
やる気のない挨拶で中学生として最後のショートホームルームが終わった。みんなで書いた卒業までのカウントダウンカレンダーも残すところ一枚となった。挨拶が終わって騒がしくなった部屋で彼女に近づく。
「突然ごめん、この後写真撮らせてくれない?」
話しかけた相手は、ポニーテールで小柄な彼女。たまに話すけど遊びに行くような関係ではないあの子。実際、彼女も驚いたらしく僅かに目を見開いた様子でこちらを窺う。
「ほんとに突然じゃん。……まぁ写真くらいならかまわないけど」
驚いた様子は残しながらも嫌がるような素振りを見せず、乗り気なようで時間と場所を伝える。
すると「おっけー」と言って、教室を出ていこうとする。鞄を背負ったところで思い出したかのように
「着替えた方がいい?」
「いや、そのままがいいんだ」
──それちょっと気持ち悪いよ。彼女は軽く口角をあげて軽口を叩いて、教室から出ていった。
***
一度家に帰り、必要なものを持って家を出た。急いだつもりだったがあと10分もしないうちに、約束の時間になってしまう。
せっかく彼女を誘えたというのに、時間を一秒でも無駄にするなど認められない。なにより彼女を写すことができるのは人生で最後の機会になるかもしれないのだから。
なんとか約束の3分前に着いたが、待ち合わせの公園には既に彼女がいた。
「ちょっと遅くなったかな、ごめん」
「まだ時間になってないよ」
荒れた呼吸を整えながら伝えた言葉を、彼女は言外に大丈夫と教えてくれた。
「それで、どこで撮るん?」
「あそこのベンチで撮る予定」
桜の木陰になっているベンチを指さして教える。一昨日に下見しに来たときは、まだ満開だったが、ほのかに吹く風に揺られる木を見ると散りはじめかそれにかなり近く見える。
「もう散りはじめてる、かな」
同じことを考えていた様子の彼女は先程と同じような笑みを見せながらも愁いのような、口惜しさのような、なんとも言えない表情を微かに表に出していた。
どうかしたのかと問いかけると、彼女は答えてくれた。
「この先は散っていくしかないじゃん。だから八分咲きくらいが一番好き」
そう言いきった彼女。こうして少し聞くだけで答えてくれるような彼女のことを知らない自分に落胆する思いが彼女に知られないように、並んで咲き誇る他の桜に視線を移して自分も知らないフリをする。余所見をしていた自分を散っていく花弁が責め立てているように感じた。
そんな僕に気づかなかったのだろうか、ベンチへ早足で向かって、こちらへ振り返る。振り返った勢いで靡く髪に差す木漏れ日が、宝石箱に一際輝く金剛石のようで、全身の細胞が感嘆の息を吐いたのを感じる。
「ほら、はやくはやく」
その言葉にハッとして、呼吸することを思い出す。心臓がバクバクと大きく音を立てて、鼓動する。
そして遅れて訪れる無念の思い。今の瞬間を切り取って写真として残したかった。その後悔と同時に最高の思いだった。写真として残しても、これほどの感動をもたらすことはなかっただろう。一切をこの瞳に焼き付けられたこと。それは人生最大の幸運といって不足なく、むしろあまりあるほどだっただろう。
いつまでも呆けている訳にはいかない。時間は有限だ。そう思った頃には彼女はベンチに座り、自分は彼女を撮れる位置に立っていた。
「わかってる、わかってる」
そう言いながら、愛用の一眼レフを取り出して、レンズカバーを外す。そしてファインダーと呼ばれる部分を覗きこむ。
そこに写った彼女はこれ以上ないほどに美しく、可愛らしく、なによりも鮮烈に輝いていた。しかし、拙い自分の腕前では彼女の魅力を十分に引き出せない。それでも、できる限りの力と知識を振り絞ってカメラを握る。
撮る角度を変えたり、彼女の視線の向きを変えたり、指を少し変えるだけでも、彼女の写りはまるきり違う被写体を写しているのではないかと錯覚するほどに様変わりする。
「どんな感じ?」
シャッターを切る音が聞こえなくなったからか、撮った写真を確認しにこちらへ寄ってくる。
「こんな感じ……これとかは花弁が顔と被ったけど、こっちとかは花弁がいい味だしてる」
彼女は写真を見るために僕の手に持つカメラを覗きこんできた。桜の香りでは無い彼女自身の花のような香りがした。撮れた写真はというと、木の下で写真を撮っているので仕方の無いことだが、いくつかの写真は花弁が顔と重なってしまった。
「これとかめっちゃいいじゃん」
彼女の見ていたものは、偶然写りこんだ蝶が彼女の片目を隠した写真だった。
「キチョウかな。まだちょっと寒かったりするし」
「モンキチョウじゃないの?」
ちょっとした呟きに反応して彼女が質問してくる。
「似てるけどね、それにモンキチョウには白い紋が翅にあるんだよ」
「へぇ、さすがの知識量だね」
「なんか、いつのまにか虫の話になってるし」
そんな中途半端なツッコミに彼女は口を開けて元気に笑う。開いた口に桃色の唇と彼女の白い肌と調和していて、自然と視線が引き寄せられる。
「そうだ、良かったらでいいんだけど、このあとご飯でもどう?」
写真を撮り終わったなら、もう彼女がここに残ることは必要は無い。少しでも引き留めようと食事に誘ってみる。
「うーん悪いけどこの後、塾行かなきゃだから。ごめん」
さくらの散る前に LIE0 @KALIEO
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