見たことないイケメンが来ました
次の朝、向井は電車には乗っておらず、蜂谷と二人、平和に通勤した。
相変わらず、とりとめのない話をして、笑いながら会社に着く。
十時過ぎ、コピーした書類をステープラーで止めていると、後ろを通った向井が、
「小会議室に珈琲三つ持ってこい」
と言ってきた。
はい、と返事をして振り返ると、廊下で部長が誰かに頭を下げているのが見えた。
「あらー、イケメンじゃない」
とたまたま用事で来ていた他の部署の先輩がそちらを振り返り、言っていた。
なるほど。
確かに、すっきりとした育ちの良さそうなイケメンだ。
部長がその若造に腰低く挨拶しているのが不思議だった。
ノックをすると、
「どうぞ」
と向井の声がした。
ドアを開け、軽く頭を下げる。
これでたまに珈琲こぼすんだよなー、と思ってると、案の定、不安そうに、向井がこちらを見ていた。
隅の台にお盆を置いていると、向井がテーブルの上の書類を一部片付けてくれる。
空いたそのスペースに珈琲を置けと言っているようだった。
話の邪魔をしないように、そっと三人分の珈琲を置くと、その若いイケメンはわざわざ顔を上げて、
「ありがとう」
と微笑んできた。
……愛想のいい人だな、と思いながら、頭を下げる。
お盆を手に、頭を下げて小会議室を出た。
給湯室の後片付けをしていると、向井がやってくる。
「お前にしては上出来だな」
と言うので、
「なに言ってるんですか。
お茶を出すくらい私にだって出来ますよ」
と言うと、
「往々にして、子供にも出来るはずのことでやらかすから言ってるんだ」
と渋い顔をしていた。
そのまま、向井は小会議室に戻っていった。
書類を取りに出たついでにわざわざ言いに来たようだ。
どんだけ信用がないんだ、と自分で思ってしまう。
お茶を出しただけで褒められるとか。
給湯室を出ると、向井が戻ったのと入れ違いに、部長が出てきたようだった。
一度、部署に引っ込んでまた出てくると、廊下に居た杏に、
「鷹村くん、これを中に」
とファイルを渡してくる。
「向井課長に渡して」
はい、と頷いたときにはもう、部長は、忙しげにエレベーターに乗っていた。
上に上がっていったようなので、社長のところにでも行くのかな、と思う。
ノックして、失礼します、と入り、向井に渡して、部屋を出た。
ようし、今日のところはなにも失態してないぞ、と、当たり前だろ。ファイル渡しただけだろうが、莫迦か、と向井にも蜂谷にも罵られそうなことを思う。
よしよし、今日はおかしなことはしないな、と頷きながら、向井はファイルを渡し、杏が出て行ったドアを見ていた。
振り向いて見ていた相澤が笑い、こちらが心配そうだったからか、杏がぎこちなかったからか、
「新入社員さんですか?」
と訊いてくる。
「……新入社員じゃないんですよ」
あれで、と思いながら言うと、
「ああ、そうなんですか。
なにかこう、初々しいから」
と言われたので、ほっとした。
すべてにおいて、頼りなげだったからかと思った。
あれで仕事は結構できるんだがな。
いかんせん、それ以外のところで、頓狂というか、と思ったとき、
「可愛い人ですね」
とまだ杏が出て行ったドアを見ながら、相澤が言ってくる。
「……何処も可愛くないですよ」
と思わず言っていた。
相澤社長、目がお悪いですか、と訊きそうになる。
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