図書室の番人だった僕の春
本だけが友達だった。
小学校も中学校も、高校にいってもそれは変わらなかった。
僕の居場所は図書室だった。
一日に数人しか訪れることのない部屋はとても静かで、落ち着ける場所だ。
図書室にある小説を読み尽くすことを目標に、ひたすらに本を読んでいた。
誰かが来て、たまに本を借りて、僕を横目に去っていく。
僕が図書室だったら少し悲しいと思うだろう。
もちろん図書室は本を借りる場所なのだが、そこで本を読む人は居ない。
椅子と机はあっても、その場に留まることはなかった。
そのため、いつも図書室には僕ひとりだけ。
自分で記入して本を借りる仕組みなので、担当の先生もたまに顔を出す程度だった。
そんな日常を送っているある時に転機が訪れた。
誰かが図書室で本を読んでいた。
それは以前にも見たことのある姿で、二回ほど本を借りている人だった。
座っている席は僕がいつも座っている場所で、声をかけようかと迷った。
けれどすぐに諦めて、その席から一番離れた場所に座り、本を読み始めた。
しかし、視界の隅にその人、彼女が写り込んでしまい集中できなかった。
すると突然声をかけられた。
「ねぇ、なんの本を読んでるの?」
思いがけない展開に、思わず情けのない声を出してしまい一人羞恥心に駆られる。
「し、思想家の本、読み始めたばかりだけど、」
と、段々と声が小さくなりながらも答えたら、また質問が飛んできて。
「それってさ、おもしろいの?そうゆうの好きなの?」
正直言って面白くはない、いろいろな本を読んできた僕にとっては、数ある中の一つでしかないのだから、関係なくただただ読む作業をしていたことに何も感じなかった。
「と、特に面白い訳じゃないよ、」
すると、こちらをまじまじと見つめたあとに、何かを呟いて席を立ってしまった。
なにか怒らせるようなことをしてしまったのかと頭を抱える。
いくら考えても無駄な思考を巡らせていると、目の前に一冊の本が置かれた。
「これ、恋愛小説なの。私のオススメ、読んでみて」
それは表紙から内容が読み取れるような本だった。
その本を手にとってページをめくり始めると、思っていたよりも内容が面白く、時間を忘れて読み込んでしまいそうだった。
プロローグと第一章を読み終えた所で再び声をかけられた。
「読み終わったら感想聞かせてね」
そういって彼女は帰ってしまった。
誰だったのだろうという疑問を残し、夕陽に照らされた外を見て僕も校舎をあとにした。
家に帰ってからも本を開き、日付が変わるタイミングで飲み終えることができた。
今までここまで熱中したことは無かったし、内容を楽しんで読んだことも久しぶりに感じていたため、少し鼓動は早くなっていた。
それと同時に、本の内容について色々と考える、感想を聞かせてねと言われていたので、なんて伝えようかと悩んでいると、気が付けば朝を迎えていた。
寝落ちしたのだ。
次の日の放課後、いつも通り図書室へと向かった。
なぜか少しだけドキドキしていて、扉を開けるのに時間を要した。
深呼吸をして扉を開け、いつもの席の方向に目をやる、そこには本を読んでいる彼女がいて、こちらに気づいて手招きをしてきた。
昨日と同じ席に座ろうすると、彼女は彼女の隣の席をぽんぽんと叩いて笑いかけてきた。
しばらくそれを見て固まっていると、次第に圧を感じ始めたので移動した。
「偉い偉い、それで、本の感想は?面白かった?」
目を輝かせて僕が話し出すのを待っている。
そこで僕は本の内容を思い出す。
本の内容は、とある高校生が図書室でヒロインと出会って恋愛に発展していくものだった。
主人公は明るいキャラでは無く、ヒロインはそんな彼に話しかけたのがきっかけで、おすすめの本を渡し合って読み、互いに感想を伝え合っていく内容を鮮明に覚えていた。
最終盤、ヒロインが主人公に「実は小学校が同じだった」ということを明かした。
小さい頃にヒロインは主人公に惚れていて二人は仲良く遊んでいた。
けれど小学校四年生の時にヒロインは親の都合で遠くへ引っ越してしまう、「また会ったら結婚しようね」なんてありがちな台詞を吐いて別れるシーンの回想のあと、主人公はそれを思い出し、「せめてお付き合いから」といって、彼女が喜んだ所で話は終わった。
これからの物語は描かれておらず、少し変だなとも感じていた。
しかし、それ以上の違和感を感じていた。
それは今の僕と彼女が物語の冒頭と酷似していることだった。
そしてなんとなく小学校の記憶を遡る、するとある一人の女の子のことを思い出した。
確かあの子も小学校の時に転校していった。
顔を思い出せないもどかしさで頭を抱えると、耳元で囁かれた。
「私のことは、もう好きじゃない?」
その声である出来事を思い出した。
とはいっても、それが物語の内容と似ているものであって。
僕はその子のお別れ会のあと、特に仲の良かったということもあって、平仮名ばかりの手紙を送った。
内容は思い出せないが、「大好き」と大きく書いたことを思い出した。
そして顔を上げると、彼女の顔がとても近くにあって、それを見つめていて、思い出した。
僕が彼女の名前を呼ぶと、彼女も僕の名前を呼んだ。
昨日の今日で、自己紹介どころか名前も名乗っていない二人。
しかし互いの名前を呼びあった。
その後、落ち着いて座ってから話を聞くと、どうやら引越し先からまたここへ戻ってくる事になり、つい先週転校してきたとの事だった。
「あの頃から本読むの好きだったもんね」
輝かしい笑顔のまま、二人で懐かしい話をした。
いつの間にか夕陽が沈みかけてきて、そろそろ帰ろうかと話を切り上げた。
図書室から出る直前に後ろから呼び止められた。
「それでさ、あの本のことなんだけど、あれを読んで私に伝えたい事はありませんか?」
そう言われて思い浮かぶのは一つしか無かった。
僕は深呼吸をして、彼女を見つめ...ようとしたが、恥ずかしくて目を逸らし、夕陽を見ながら言った。
「せめてお付き合いからお願いします」
すると彼女は、夕陽よりも眩しい笑顔で。
「よろしくね」
と言ってくれた。
これが図書室の番人である僕に突然現れた春の話である。
その後また呼び止められ、
「手紙には“結婚”なんて書かれてなかったよ」
といたずらに笑っていた。
真っ赤になった僕をからかいながら校舎をあとにする。
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それからは放課後に二人で図書室に集まって、オススメの本を互いに渡してそれを読む作業、いや、それを読む時間を過ごした。
何故か今までよりも楽しく感じていて、本の中に入ったように沢山読んだ。
もちろん今でもこの関係は続いている。
しかし最近できた悩みもある。
それは、彼女が「主人公とヒロインが結婚するまで」の物語の本を勧めてくることだ。
短編集こそ世界を救う 烏蝿 五月 @Iyou_Itsuki
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