初めての決闘
転入生、
転入初日に決闘を申し込む。
何処から情報を嗅ぎ付けたのか、学内の新聞部が騒ぐせいであっという間に学内全域に話は広まってしまい、クラスメイトの他にも興味を持った生徒数人が見に来る事態となってしまった。
情報をリークした人物の内情は知らないが、どうも自分に注目を集めたいらしい事だけは、目を閉じている身にも伝わっていた。
「初日から大変な事になっちゃったね、愁思郎」
「確かに……でも、いつかは取り払わなきゃいけない壁……払える時に払うに限る」
「そうだね。で、どうするの? 誰が広めたか調べてみる?」
「それは一先ず……保留でいいかな……まずはこの決闘に、勝たないと……」
「藁垣、時間だ。行くぞ」
「はい、先生」
「ところで……今、誰かと喋っていたのか?」
「……さぁ。先生の聞き間違いでは?」
出たぞ出たぞと、目を塞いでいる代わりに鋭敏に働く耳に届いて来る。
珍獣が出た訳でもあるまいに、そこまで騒ぐ事かと溜息が出る。
確かに実力を示すための決闘ではあるが、見世物になるつもりなどない。
盛り上がるのは勝手だが、そこのところは理解して欲しいものだ。
「よぉ。逃げずに出て来たなぁ」
「この重厚な音……鎧を見に纏ってらっしゃる?」
「耳がいいな。そうだ。わざわざてめぇを倒すために準備してやったんだよ! バレルショット家が誇る対魔の鎧は、あらゆる魔法に対しての耐性を持っている! てめぇがどんな魔法を使おうと俺には通じねぇ!」
「なるほど……それは、困りました、ねぇ……」
「降参するなら――」
「そんな、もったいない。せっかく自分の力を試せる好機……逃すはずが、ありません」
「後悔するなよ、平民風情が」
煙草を燃やした担任が前に出る。
応じて、両者対峙する形で戦場中央に向かい合う。
「審判及び、この戦いの見届け人は、この私――アルベスタ・ティファノアが請け負う。この戦いにおける勝敗は、以降覆る事なく、誰の権限を以てしても変わる事はない。ギリル・バレルショット。藁垣愁思郎。双方、異論無ければ元の位置へ」
元の位置へ戻る中、愁思郎は自分の胸を、延いては心臓を押さえる。
初めて行なう、誰かとの決闘。
入学すればいつか来るだろうと思っていた時が、こんなにも早く来るだなんて。
胸が高鳴る。武者震いが止まらない。胸がザワついて落ち着かない。その他の言語では言い表せない緊張感。
「いつまで背中を向けてやがる。それとも、そのまま始める気か? てめぇ」
「すみません……ちょっと、ドキドキしてしまって」
「それは怯えか? それとも、高揚か?」
「おそらくは……双方共に、でしょう」
「そうかよ」
「では、いざ尋常に……
――“ファイアボール”!!!
下位の魔法を無詠唱で発現。
威力は劣るが、無詠唱で発現出来るため、無駄な間が生じない。
故に魔法拳銃を扱うギリルとは相性が良く、魔弾を駆使した短期決戦は、彼の十八番だった。
だが――
「えいっ」
剥き出しの頭部が叩かれる。
声の方向を振り返ると、愁思郎が無傷で立っていた。
最初の教室と、同じ状況。
高速移動をした形跡はなく、魔法を発動する際の魔力の動きも見られなかった。詠唱無しの下位魔法に、転移の類は存在しない。
今のギリルを含めた観客席の誰にも、愁思郎がどんな術を使ってギリルの背後を取ったのか、説明出来るだけの知識がなかった。
「愁思郎。今手加減したでしょ。決闘の相手はどうせ生き返るんだから、殺すつもりでやればいいのに」
「いや、さすがにそんな……幾ら復活するからと言って、殺生じみた事は……」
「何をゴチャゴチャ言ってやがる!」
――“ファイアボール”!
「――?!」
背後に気配を感じて腕だけ回し、ノールックで銃撃。
後れて振り返ると、愁思郎の姿はなく、真上に跳び上がった彼の影を見て、見上げた顔面にまた白杖を叩き落された。
鼻がへし折れる嫌な音が、会場に響く。
「ご、ごめんなさい……! やり過ぎました……!」
「だから殺しちゃっても大丈夫だって」
「でも、さすがにこれはやり過ぎ……」
「てめぇ……さっきから誰と喋ってやがる」
愁思郎の近くには誰もいない。
が、突っ込まれた愁思郎はちょっと焦った様子。
何か不正でもしているのかと審判を務める担任に視線で問うが、闘技場に配置されている魔法も何も感知していないらしい。
「友達がいねぇのか? イマジナリーフレンドは幼少期に現れると言うが、まだ卒業出来てねぇお子様か? それとも……そういう風に振舞って、俺をおちょっくてるのか」
愁思郎は答えない。
彼の無言の返答に対して、ギリルもまた返答した。
腰に下げていたもう一丁の銃を持ち、両手に拳銃を握り締める。
――“ファイアボール”、“エアバレット”!!!
二つの魔法を、左右に分けて同時射出。
風で火力を増した火炎弾が、愁思郎を襲う。
爆炎で戦場が包まれる中、愁思郎はまたギリルの背後を取る。
だが既に三度、教室でも見ている手を何度も使われれば、ギリルとて見切る。
気配を感じた瞬間に胸座を蹴り、風の弾で狙撃。蹴りで体勢を崩したものの、魔弾は白杖に受けられ凌がれた。
が、白杖は砕け散った。
今の愁思郎には、武器がない。
「いい加減真面目にやれよ。後ろに飛ぶだけで他の魔法も使わない。試合中にペラペラと虚言を吐く。いい加減、うんざりだ」
「……確かに、これ以上このままは難しい。なのでこちらも、次の一手と参りましょう」
炎が晴れた皆が見たのは、愁思郎の背後に現れる巨大な陣。
ただし、描かれたのは魔法陣ではなく、宙に切り取られた巨大な障子。
やがて本物の障子となって現界した障子の奥から感じられる気配に、生徒の大多数が気圧される。
「『道迷う、若き女を乗せたなら、どうか後ろに気を付けて。もしも門を潜るなら、上から何も出ぬよう祈れ。血塗れの恋文を渡してはならぬ。その腕斬って落としてはならぬ。もしも出会いたくなくば、どうか、女の涙に気を付けて――』……さぁおいで、
障子が左右に開くと、闇の中から一塊の火炎が現れる。
戦場を駆けまわる炎は愁思郎の前で止まると、炎に隠していた姿を表に晒した。
見た目は十五かそこらの子供。
だが左側頭部から枝のような角が生えており、真紅色の髪と真白の着物は絶えず燃え続けている。
エルフ、ドワーフ、リザードマン。その他一切の種族とも似ない姿は、まさしく魔性。
「おまえ、まさか魔物を召喚したのか?!」
魔物、と聞いて女が犬歯を剥き出しにして唸る。
だが彼女の頭に愁思郎の手が置かれると静まり、代わりに愁思郎が怒りを孕んだ微笑を向けた。
「魔物とは人聞きの悪い。この子は茨木童子。三〇〇〇年前、魔物と魔族によって居場所を奪われた妖怪の一族。その昔は鬼と呼ばれ、恐れられていたのですが……残念ながら、当世の記録にはあまり残っていない」
「よ、ようかい? 何だそりゃあ! そんなの、見た事も聞いた事もねぇぞ!」
「そりゃそうだ。あなたが魔物と見間違えたように、ほとんどの人には魔物と妖怪の判別が出来ない。悲しい事に、それが理由で魔物と間違われ、殺される妖怪達も少なからずいる。僕の魔法は彼らと
「彼ら……?」
「あぁあ、愁思郎言っちゃった。黙ってれば、もっと楽に勝てたのに」
いつの間にか、愁思郎の背後に何者かが現れた。
愁思郎の両肩に手を当てて、半分爛れた顔を彼の肩越しに覗かせる女が。
その他にも、会場の至る所に異形、亜種。様々な者達が現れる。
突如として現れた妖怪達に対してパニックを起こした生徒の何人かが彼らに魔法を繰り出そうとしたが、愁思郎の放つ圧に止められた。
「ご心配なく。彼らは僕の家族です。今日は転入初日とあって、心配で見に来たらしいのですが……あまり、手荒な真似をしないで頂きたい。今は僕のお願いで動かないで頂いてますが、もしも開戦の狼煙を上げると言うのなら、容赦なく相手させて頂きます」
殺気。
今まで微笑を湛え、一生懸命に戦っていた青年から放たれているとは思えぬ殺気が、戦場を満たす。
殺気に当てられたギリルは自然と自分の胸を押さえ、乱れる息を整えようとしていた。
「因みにただ今の決闘は、僕の後ろにいます彼女の力のみで戦っておりました。周りの皆はただ見ていただけなので、そこは御理解下さい。ただしここからは彼女、茨木童子の力を借りて戦いたく……おや。驚かせてしまいましたか? 緊張なさっている? でしたら少しだけ休息を――」
「な、舐めるなぁ!!!」
銃口を向けたと同時、茨木童子が動いた。
両手の拳銃が彼女の爪と炎によって両断され、中で練られていた魔力が爆ぜる。
衝撃で両手が変形し、火傷を負ったギリルは声を押し殺して痛がったが、すぐさま、弱みを見せまいとして立ち上がった。
「コラ、茨木。あくまで僕が戦うと言っていたのに」
「だって、だって……」
「てめぇ……魔物と仲良く共闘だなんて、イカレてやがるのか!」
「魔物ではなく、妖怪です。今後そのような事を言い続けるのであれば、彼らが牙を剥いた時、止めて差し上げませんよ? 三〇〇〇年も前、魔物と呼ばれる存在が誕生するまで、この世界を支配していた一族を相手に、あなたは何処まで戦えますか」
愁思郎の右腕が燃える。
真っ赤に染まった右腕は袖を燃やし、激しい熱波を放って大気を震撼させる。
ゆっくりと迫り来る愁思郎相手に、ギリルは逃げない。
逃げられないというのが正しいが、だがどうしても、愁思郎を相手に逃げたくないという気持ちが勝っていた。
「その腕で殴るか。だが、俺の鎧は全ての魔法に対する抵抗を――」
「残念ながら、妖怪はこの世界で唯一魔力を持たない種族。故に、彼らの力に、魔力などという力は存在しない。魔力でない力に対して、その鎧はあまりにも……無力だ」
腹を抉る右ストレート。
鎧は木っ端微塵に粉砕され、壁に叩き付けられたギリルはそのまま意識を途絶。
それでも尚生きていたが、腹には真っ赤な火傷痕が、拳の形で残っていた。
「そこまで! 勝者、藁垣愁思郎!!!」
ザワつく会場の中、愁思郎は戦場中央に立って両腕を広げる。
決闘の結界が消え去り、周囲で戦いを見守っていた妖怪達が、彼の元に集結した。
「僕の夢は! 妖怪達がまた健やかに暮らせる場所を作る事! そして妖怪達の悲願! 百鬼夜行を完遂する事! 転入初日にお騒がせしましたが、この藁垣愁思郎! 皆様と是非仲良くさせて頂きたく! 何卒、何卒よろしくお願い申し上げます……!」
こうして、勝利しながらも低姿勢を貫いた勝者の挨拶で以て、藁垣愁思郎最初の決闘は幕を閉じたのだった。
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