魔法世界の百鬼夜行
七四六明
魔法世界の百鬼夜行
転入生
転入生 藁垣愁思郎
秋。
未だ残暑厳しく、熱中症で倒れる者も多いと聞かれる中、青年は牛歩で進んでいた。
好きで牛歩で進んでいる訳ではない。
ただ青年が生まれ育った田舎と比べ、都会は人が多過ぎる。
それこそ目の不自由な青年には、白杖無しではまともに進む事が出来ない程である。
しかしそれでも青年は、何とか指定時刻以内にに辿り着いた。
今日は転校初日。転入生たる青年は、どうしても遅刻する訳にはいかなかった。
「出席ぃ。五秒以内に席に着け。殺すぞ」
担任教師の物騒な物言いに怖気づきながら、生徒達は急ぎ自分の席に座る。
すると全員座っても未だ空席がある事に気付き、誰がいないのかと皆が視線を送り合う中、担任教師がクラス名簿で教卓を叩いた。
「静かにしろ。今日からこのクラスに新しいお友達が加わる事になった。腐れ縁同士、仲良くする事。面倒事を起こさない事。良い歳して問題を起こさない事。そう言う訳だぁ、入って来い」
一年生で、夏季休暇が終わったと同時に現れる転入生。
男か女かどんな奴かと皆が期待を寄せる中、青年は皆の期待通りに期待を裏切った。
白状を突き、牛歩で前に進む青年は、ゆっくりと教壇に歩を進める。
教壇に上がった青年の肩に担任が触れると、担任の促す方を向いて微笑を称える青年の双眸は、黒い布を巻かれて隠されていた。
痩身の体躯には贅肉も無ければ筋肉も見られず、感じられる魔力量は多く見積もっても下の上程度。おまけに目が不自由というデメリットを持ちながら、五つのクラスでも入学試験で成績が優秀だった上位二五人が集まるクラスに何故青年が入れたのか。不思議でならない。
「自己紹介だ。張り切れ」
担任に肩を叩かれ、青年は深々と頭を下げる。
微笑を称える彼に対し、彼を迎える体勢にいる者は一人としていない。
「
「……ってな訳だぁ。全員――、面倒事を起こすなと言ったよな、バレルショット」
担任が握り潰した魔弾が砕けて落ちる。
魔弾を撃った生徒は悪びれる様子も無く、飄々とした様子だった。
「嫌々、納得出来ませんよ先生。どうして転入して来たのか知りませんが、そいつ、ネームプレートから見て一般市民でしょう? とても、俺達と釣り合うとは思えません」
「あぁ、そういえばおまえは有権主義者だったな。だが言っておくが、ここにいる藁垣はおまえより格上だぞ」
「は? 冗談でしょ? 魔力も下の上クラス。おまえに目も見えない様子ですし、このクラスでも十位に入る俺が、そんな奴に劣る? 幾らあんたでも容赦しねぇぞ、先生」
「容赦しない? それは実力で潰すと言う事か。それとも、権力で潰すと言う事か。まぁ、言われるまでもなく後者だよなぁ。前者はどう考えても、おまえ程度には出来っこない」
「んのクソババァ……教師だからって大人しくしてたら偉そうに! 誰がてめぇに勝てねぇって?!」
「まぁまぁ、御二人共……落ち着いて」
二人を含め、教室にいた全員が驚く。
今の今まで担任の後ろにいたはずの愁思郎が、二人の間に立っていたのだから。
魔法を使った素振りは一瞬もなかった。
無詠唱でも発動出来る下位の魔法でも、発動の瞬間は感じ取れる。
だが今、愁思郎は何の前触れもなく二人の間に現れた。誰にも、その場にいる二六人全員の意識に気付かれる事なく。
そんな事が可能なのか。
「バレルショットさん、と仰る……初めまして、藁垣愁思郎と申します……」
「それは聞いたよ! てめぇ、今どうやって――」
「それは置いておくとして」
「聞けよ!」
「どうです? 僕と勝負してみませんか?」
まさかの展開。
誰も予想していなかった。
喧嘩を先に売ったのはバレルショットだったとはいえ、まさか彼の方から誘って来るとは。
だがその場にいた皆が思った。
勝てるはずがない、と。
「勝負だぁ? てめぇ。ここでの勝負といやぁ決闘だぜ? それをわかった上で言ってやがるのか? あ?」
「無論……承知していますよ? でもきっと、僕の力を見たいのは、あなただけではないはず。ならばここで僕の力を見せ付けて、お仲間と認めて頂こうかと」
「今のは何だ、聞き間違いか? それとも俺の解釈違いか? 今の言い方だと、まるでてめぇが俺に勝つと言ったように聞こえたんだが」
「そのようなつもりはありません。ただ仮に、結果的に勝ってしまったとしても、皆さんにお仲間と認めて頂かねば、意味がありませんので……そう言う訳で先生。転入初日でこのような申し出は烏滸がましいと思うのですが、決闘場を貸しては頂けませんか?」
面倒事になったと頭を掻く担任は、大きな溜め息を
胸ポケットから取り出した煙草を銜えると、一応子供達に対して背中を向けて煙を吐いた。
「いいだろう。私もおまえの力が見たいと思ってたところだ。藁垣、見せてみろ。おまえの実力。このクラスの連中に、認めさせてみろ」
「ありがとうございます」
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