2 生きた影

 遠隔透視リモート・ビューイングをはじめて、二日目――


 わたし(マララ)は、今日も遠隔透視の練習に励んでいる。


 昨日はナイアの姿を追いきれず、途中で幻視が途切れてしまった。何度かやり直してみたんだけど、魔力切れで断念……。くやしい。


 蝶になって異世界に降りたナイアは、どうなっただろう?


 水晶玉に集中すると、やがて新しい映像が見えてきた。




  ☪ ⋆ ⋆




 ナイアはもう別世界にいて、明るい草原に寝転がっていた。体の下で草が潰れ、青い匂いを放っているようだ。背中の蝶の羽根は、すでに役目を終えて消えていた。


 目を覚ましたナイアは、ゆっくりと体を起こした。


 頭の上には太陽が輝いていた。


「まぶしー……」


 ナイアは目をこすると、すぐに相棒の名前を呼んだ。


「チャル」


 ナイアの隣に、ぶんっと、空気をふるわせ、黒い影が現れた。


「よう、ナイア、ひさしぶりだな」


「おう」


 ふたりはパチンと、片手でハイタッチした。


 チャルは、ナイアと背格好はまったく同じだけど、全身真っ黒。目鼻立ちもよくわからない。一見、黒い人形に見える。『生きた影』と呼ばれ、ノクターナルの住人はみんな、こんなふうに生命いのちある影を持ってる。


「次元転移、成功だな」


 と、チャルが少し低い、女の子の声で言った。チャルもナイアと同じ、男の子っぽい女の子なのだ。


「うん。早いとこ、助けを求めてきたエルフを探そう」


 この世には、たくさんの異世界が平行して存在している。その異世界で同族のエルフが苦境に立たされ、救いを求めてきたとき、ノクターナルのエルフたちは戦士を派遣する。


 今回はナイアが、その任務に選ばれたのだ。


「ここへの滞在時間は十二日が限度。それ以上になると、ノクターナルに帰れなくなる……って、長老たちが言ってた」と、ナイア。


「十二日か。よし急ごう」


「おっと、その前にもうひとり……スーメ!」


 ナイアが剣に呼びかけると、すぐに剣のなかから、小さな妖精の少女が現れた。


 『剣の精霊』だ。


 年月をた剣は霊剣となり、魂を持つようになる。その魂は、妖精の形で現れる。


 身長は、人間の握りこぶしくらい。背中に蝶の羽根。エルフのように、細長く尖った耳。赤い頭巾カーチフをかぶってる。両方のほっぺが丸くて、林檎みたく赤らんで、かわいらしい。


(……にこにこ……)


 口数は少なくて、いつもにこにこ笑ってる。


 エルフの聖剣スカーレットメテオは、ほとんどの成分が隕鉄いんてつ……つまり、隕石で造られている。その魂であるスーメは、星の世界からやってきた不思議ちゃんだった。


「ああ、いつ見ても、スーメちゃんには癒されるなぁ」と、ナイア。


「剣の精霊とは思えないよ」と、チャル。


「ほんと、平和な気持ちになるよなぁ……。ほっぺ押しちゃうぞ」


 ナイアは人差し指で、スーメのやわらかいほっぺを押した。


「ボクも押したい」


 チャルも反対側から、スーメのほっぺを押す。


「やわけー」


「お餅みたいだ」


 ぷにぷに。両方からほっぺをサンドイッチされたスーメは、


(やめてー)


 と拳をにぎり、体をふるわせて、いやいやをした。


「「かわいいー!!」」


 あんまりにもチャーミングな仕草に、ナイアとチャルは声を合わせて叫んだ。


「よし、スーメちゃんが元気なのも確認できたし、そろそろ行くか」


「うん」


「チャル。スーメ。俺たちはひとつのチームだ。みんなで助け合って、この世界で苦しんでるエルフを救い出そう!」


 わたしはエルフの祭祀長さいしちょうが『三人』と言った意味がわかった。ナイア、チャル、スーメで、三人一組スリーマンセルなのだ。


「……と、出発の前にもう一回、スーメちゃんのほっぺを押そう」


「ボクも!」


 ナイアとチャルはそっとやさしく、スーメのほっぺをサンドした。


(やめてー)……ふるふる


「「かわいいー!!」」


「ほっぺ!」


「サンド!」


(やめてー)……ふるふる


「「かわいいー!!」」


「ほっぺ!」


「サンド!」


(やめてー)……ふるふる


「「かわいいー!!」」


 エンドレス!?


 遊んでないで、はやくエルフを助けに行きなさ~~い!


 わたしは姉か母親のような気持ちで、水晶玉にむかって叫んだ。声は届かないけど……。



  ☪ ⋆ ⋆



 異世界の言葉は、テレパシーで助けを求めてきたエルフの思念に、『種』となって含まれている。この言葉の種は、『さなぎ』のなかで、ナイアの脳にすべて伝達される。


 だから、さなぎから蝶になった時にはもう、ナイアは不自由なく、その世界の言葉を操れるようになっている。



 次に繰り広げられた場面に、わたしは息を飲んだ。


 暗雲に覆われた空、うす暗い石畳いしだたみの路地で、ナイアはたくさんの人間に追われていた。


「エルフだ! つかまえろー!」


「そっちにいったぞ!」


「逃がすな! 追いつめろ!」


 ナイアは逃げながら、ぺっとツバを吐いた。


「ちぃっ、なんて世界だ。エルフってだけで、捕まっちまうのか!」


「行き止まりだ!」と、チャルが叫んだ。


「なんてこった」


「まかせろ!」


 チャルは黒い腕をぎゅんと伸ばし、はるか上の木の枝につかまり、灰色の壁によじ登った。影の身体は伸縮自在なのだ。


 ふり返ったチャルは腕をさしのべ、ナイアを助け、壁を登らせた。


「サンキュー、チャル!」


 塀の上を伝って、しばらく行ったところで、ふたりは家の屋根に飛び移った。


 下の方から男たちの叫び声が聞こえた。「いたぞ! 屋根の上だ!」


「ちぃっ、もう見つかった!」


 青ざめたテラコッタの古瓦ふるがわらをガチャガチャ言わせながら、ナイアは必死に走った。


 ぽつり、ぽつりと雨が降りだして、頬を軽く打つ。


 小屋根のついたドーマー窓に、ナイアが手をかけた途端、両びらきの鎧戸がバンとひらかれた。


「うわっ!?」


 危うく屋根から転がり落ちるところだった。


 ひらいた窓の中に、皺だらけの老婆の顔が見えた。


「こっちだよ! おいで!」


 押し殺した声で、老婆はナイアに向かって叫んだ。




✱.˚‧º‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧º·˚.✱


 助けてくれた老婆は、味方!?

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